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四日目⑦ 感動の再会

「ここが出口……! でも、高い……! それに角度も急過ぎる……!」


 人間の私にこの壁をよじ登るのは絶対不可能だ。私は微かに見える赤紫色の空を見上げながら、ガクンとその場に膝をつく。


「みさきしゃん、諦めるのはまだ早いデシよ」

「……へぃ……?」

「ここからはぼくの出番デシ! みさきしゃん、飛ぶ準備はいいデシか?!」


 モップちゃんは得意気にそう言うと、しゃがみ込んでいる私の両わきに腕を通して翼をバサバサと動かし始める。


「……飛ぶ準備……?! いや、モップちゃんの体格で私を持ち上げるのは無理があると思うぅぅ浮いてるぅう~~~?!」

「みさきしゃん、心配しなくても大丈夫デシよ! 人間一人くらいならぼくでも運べるデシから! さあ、一緒に脱出デシ!」

「……うんっ……!!――」


 ――こうして、私達は出口に向かって真っすぐ飛び上がり、無事洞窟から脱出することに成功したのだった。


 その後の流れはお決まりコースで、監視塔へ戻る途中にショタから着信が入って叱られたり、ビビやアサコからの不在着信のお知らせが届いて折り返したりと、誠心誠意な謝罪の繰り返しである。そんな私を隣で見ていたモップちゃんはクスクスと笑いながら、少し羨ましそうな顔だ。


「心配してくれる人がいるのはいいことデシね。みさきしゃんが嬉しそうで、ぼくも嬉しいデシ」

「……! そんな顔に出てる……?」

「ふふ。それはもうばっちりデシ!」


 それはまずい。もうすぐショタ達と待ち合わせの監視塔へ着いてしまう。その前に顔をなんとかせねば――と、私はなんとか反省している風の顔を作り上げる。


 でも、そんな準備は必要なかった。なぜなら――。


「おっそーーーい!!! 心配かけさせてっ!! こっちはあんたが吸血木にズタズタにされてるんじゃないかって冷や冷やだったよ!!」

「美咲!! 本当に無事で良かった……!!」

「マジごめん。次からは命綱ありで覗きに行こう」


 ――と口々にそう言ったみんなの顔を見た瞬間、私はホッとしたせいか目頭が熱くなってしまったからだ。


「……みんな……ホントにごめんなさっ……」

「泣きたいのはこっちの方なんだけど?!」

「よしよし……心細かったわよね。もう大丈夫よ」

「自分の意志でなる孤独とそうじゃない孤独は全く別モノだからネ~」


 ビビが優しく私の頭を撫で、アサコが私の背中を励ますようにバシッと叩く。その手は少しひんやりしていて、日が暮れて肌寒い中、私を待っていてくれたということに他ならない。


 私はもう一度二人に謝り、そして何度も感謝を伝えた。もちろん、大変キュートなしかめ面でこちらを見ているショタにも忘れずに。


「……ショタも本当にごめんなさい。それと、ありがとう」

「フンッ……まあ俺の監督不行き届きでもあるしね……ってそれはおいといて! もう一通り再会の儀式は済んだんでしょ?! だったらさっさと命綱つけて帰るよ!!――」


 ショタは左手に持っていた命綱を掲げ、こっちに来いと合図する。


「――あ、あんたらは俺らを待たなくていいから。今すぐ帰っていいよ!」

「……わかりました。お先に失礼します。じゃあ美咲、また連絡するわね」

「お先に失礼します。美咲、またね~」

「うん! ビビ、アサコ、今日は本当にありがとう!! じゃあ、またー!――」


 ――絶対会おうね! と、私は心の中で付け加えながら、二人の姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。その直後である。


「――行ったね……で、そこに隠れてる奴、そろそろ出てきてもいーんじゃない?」


 ショタは私が来た道の草むらに向かって、確信を持った声でそう言い放ったのだ。


「……バレていたデシか」

「当たり前でしょ。こっちは元大天使の堕天使だよ。天使がこんな至近距離にいて気配に気付かないとかあり得ないから」

「ま、そーデシね」


 モップちゃんはそう言うと、ガサリと草むらから姿を現し、私のそばまでやって来た。弓矢は構えていないので、ショタはモップちゃんを閉じ込めた堕天使ではないようだ。


「美咲の言う脱出の謎が解けたよ。あそこは飛べないと出られない構造だし。あんたが美咲を助けたってわけね」

「……正解と不正解の間、とだけ答えておくデシ」

「いや、答え方うっざ! ってか、どう考えてもそれしかないから」

「そんなことより、みさきしゃんを保護してる堕天使はお前デシか?」

「は? 急になんなの?」

「もしそうなら、ぼくも一緒に滞在する許可が欲しいデシ」


 その言葉に、私とショタは「滞在する許可?」と声をハモらせる。


「そうデシ。天使のぼくがいる以上、大天使様のお迎えが来るまでみさきしゃんをそばで見守るのは当然の流れデシ」

「あーはいはい。天使お得意のお節介ね」

「なんとでも言えばいいデシ」

「ふんっ。まー美咲がいいなら勝手にすれば?」

「……私としてはモップちゃんが居てくれたら心強いけど――」


 ――モップちゃんには優先してやるべきことがあるし、モップちゃん自身もなるべく早く天界に帰りたいのではないだろうか。


 私はモップちゃんにだけ聞こえる声でそう伝えると、モップちゃんはニコッと笑い、


「ぼくを絶望の淵から助けてくれたお礼がしたいんデシ。それに元々犬っころへの仕返しのためにしばらく滞在する予定だったんデシよ。だからみさきしゃんはなんにも気にする必要はないデシ」


 と、負担でもなんでもないという風に私の耳元で囁いた。


「……その顔を見る限り、交渉は成立したっぽいね。あ、言っとくけど正式な保護者は別の堕天使だから。館への滞在の許可はそいつからもらうんだね」

「わかったデシ――」


 ということで、私はモップちゃんを連れてグラスの館へ帰ることになったのだが、そこには予想だにしなかった展開が待ち受けていたのである――。



「――美咲、天使を連れて帰宅とはいったい何事だ?!」


 時刻は夜の八時半ちょっと前。私とモップちゃんが玄関扉の前に着いたタイミングで扉が自動で開き、グラスが先ほどの台詞と一緒に顔を覗かせたその瞬間――私以外の二人が驚きの声を上げたのだ。


「グラスしゃま?!」

「モップ?!」


 それは完全にお互いを知っており、かつ呼びなれているトーンで、浅い関係ではないことが窺える。


「それにそのお姿は大天使さま?! ま、まさか、またそのお姿を拝見出来るとは夢にも思わなかったデシ……!!」

「……いや、これは完全に戻ったわけではないんだが……私もまたモップに会えるとは思わなかったぞ」

「ふっ……! ぐっ……グラスしゃまぁ……!!」


 モップちゃんは嗚咽を漏らしながらグラスの胸に飛び込んでいく。その様子を見て私は色々察してしまった。モップちゃんが言っていた『顔見知り』はグラスのことで、しかもそれは顔見知りなんかではなく、モップちゃんにとって『大切な人』だったのだ。


「……泣き虫なのは相変わらずなのだな」

「……ぐすっ……これは……男の嬉し泣きデシから違うデシ……!」


 言い訳になっていない言い訳に、グラスはやれやれと言う顔で苦笑する。


「……聞きたいことは色々あるが……とりあえず、二人共中に入ってくれ。話はそれからだ――」



 ――そうして、私はダイニングテーブルでグラス特製のシチューを口に運びながら、今日の出来事を事細かに説明した。ただ、ゴブドワの部分はあえて決闘の見学と伝えている。実際、決闘部分しか見ていないし、嘘ではない。


「――何であれ興味を持つのは自由だが、火山で遭難されるなど私がショタなら卒倒していたかもしれないな」

「……そっ、それはもう本当に反省しております……!」


 私が深々と頭を下げると、隣に座っているモップちゃんが一生懸命フォローしてくれる。


「でもっ! みさきしゃんが遭難してくれたおかげでぼくも助かったんデシ! だからみさきしゃんが遭難したのはきっとぼくのためでもあったデシ!」

「モップちゃん……!」

「……そういう考え方は実にモップらしいが、正しくは美咲が一番安全に助かるためにモップのところへ導かれたのだろうと思う」

「導かれた?」

「そうだ。私の加護によって、な」


 その言葉に、モップちゃんは「やっぱりそうデシたか!」と声を上げた。


「やっぱりって?」

「みさきしゃん、覚えてないデシか?! 初めて会った時、ぼくはみさきしゃんにジンジャーの香りがするって言ったはずデシ!!」

「ジンジャー……ああ! でもあれってジンジャーティーの香りって話じゃ……?」

「違うデシ! あれは……ぼくが知っているグラスしゃまの加護の香りだったんデシ!」

「モップの言う通りだ。怪我が無いのがその証拠と言える。だが、今はその効力はほぼ無くなって、香りも薄いがな」

「……そう、だったんだ……! じゃあ、私が助かったのはグラスのおかげでもあったんだね……! グラス、その……ありがとう……!」


 ……あの時の不意打ちのキスにはだいぶ取り乱されたけど。


「礼には及ばない……が、とにかく二人共、無事に帰って来られて本当に良かった――」


 そう言ってグラスは優しく微笑んだ後、ダイニングの掛け時計に視線を向ける。時刻は午後の九時をとうに過ぎていた。


「――美咲、私はこれから魔王城に行こうと思う。この通り、すっかり元気を取り戻すことが出来たしな」

「!! それって……!!」

「ああ。サタンと謁見だ。すでにアポは取ってある。こんなに早く回復出来たのも、美咲の看病があったからだ。改めて礼を言う……ありがとう」

「……っ!」


 気持ちのこもった真っすぐなグラスの眼差し――その瞳に思わず引き込まれそうになってしまった私は、目を逸らすことも出来ないまま、小さく喉を鳴らしただけだった。


「それでグラスしゃま、何時ごろにお帰りデシか?」

「ハッキリとは言えないが、溜まっている仕事の確認もあるだろうし……午前様になるのは確実だな」


 しかし、午前様になるというのにグラスの顔はどこか楽しそうだ。


「わかったデシ。その間はぼくがみさきしゃんを守るので安心してほしいデシ!」

「ああ、頼んだぞ。では行ってくる」

「行ってらっしゃいデシ!!」

「行ってらっしゃい。気を付けてね――」


 ――と、私はモップちゃんと一緒に元気みなぎるグラスを見送ったのだが。


 約十時間後の朝――私は、その時とは打って変わって全く元気の無いグラスの姿を見る事になる。

次話投稿は明日8/18の15:30です

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