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白きこの手は何を成すのか  作者: N民


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折れた足と月下の試験④


翌朝。

診療所のベッドには、包帯だらけになったゴズとタイガが横たわっていた。

昨夜、山賊たちから壮絶な暴行を受けた二人は、ニキによる夜通しの治療を受け、顔や身体のあちこちに真新しい薬効の湿布と分厚い包帯を巻かれている。

そこへ、いつになく厳格な足音を立ててヨタカが入ってきた。ゴズとタイガは物音で目が覚めた。


「……起きているか。長老からの呼び出しだ。貴様ら三人も、長老の館へ来い」


その途端、ゴズとタイガの顔から血の気が引いた。


「き、極刑のお告げやぁっ! 終わった、オレらの短い人生終わったんや……!」

「嫌だ、死にたくねぇ……! せっかく、先生が手当てしてくれたのに……っ」


全身の痛みに顔をしかめながらも、ゴズはガタガタと激しく震え、すがりつくようにニキの腕にしがみついた。


「大丈夫だ。昨日の今日で、ひどい怪我のままだが……俺がついている」


ニキは震える二人の背中を交互に優しく撫で、宥めながら、里の象徴である長老の館へと向かった。



長老の館は、冷たい石造りで、肌を刺すような厳かな空気に包まれていた。

奥の玉座に鎮座しているのは、燃えるような黄金のたてがみを持つ獅子獣人・シガオだ。ただそこに座っているだけで、空間そのものが重圧に押し潰されそうなほど、強大な魔力が支配している。


「……面を上げよ」


地響きのようなシガオの声に、ゴズとタイガはヒッと喉を鳴らし、全身の痛みを堪えながら床に額を擦りつけた。

ニキは震える二人を背にかばうように一歩前に出ると、彼らが備蓄倉庫に忍び込んだ理由、そして昨夜起きた「薬の返却」と「山賊からの襲撃」の顛末を、一言一言噛み締めるように語り始めた。


「長老。彼らが一度は倉庫の薬を盗もうとしたのは事実です。ですが、昨夜……彼らは自らの足で薬を返しに行き、かつての山賊仲間に襲われました。それでも彼らは、自分たちが死にそうになりながらも、決して薬を渡さなかった。俺との約束を、里の財産を守り抜いたんです」


ニキは真っ直ぐにシガオを見据えた。


「俺には……彼らが極刑に値する悪党には見えません。どうか慈悲を与えてやってください」

「ほう……」


ニキの淀みない言葉を聞き終え、シガオはゆっくりと立ち上がった。

巨大な獅子の影が、怯える二人をすっぽりと覆い隠す。シガオは、包帯だらけで床に這いつくばる二人の痛々しい姿を、鋭い眼光で見下ろした。


「事情は分かった。だが、掟は掟だ。里の者を騙し結界を抜け、一度でも里の財産を脅かした罪は重い。……ゴズ、タイガとやら。其方ら、これからどうしたい? 言葉次第では、この場で首を刎ねる」


シガオが放った明確な「王の殺気」。

絶望的な重圧の中、ゴズは痛む身体に鞭を打ち、震える両手を床に強く押し当てて顔を上げた。


「オレら……ここで働いて、罪を償いたいんです……ッ! ほんまに、お願いしますっ!」


ボロボロに腫れ上がったゴズの瞳からは、大粒の涙が溢れていた。


「オレらみたいなクズを、先生は助けて、信じてくれました。昨日の夜、殴られて蹴られて、ほんまに死ぬかと思ったけど……でも、先生の優しさを裏切る方が、ずっと怖かったんや……! この里で、先生の下で働きたいんですっ!!」


涙と血のにじむ包帯をぐしゃぐしゃにしながら、必死に本音を叫ぶゴズ。

タイガは言葉を出さずただ泣きながら床に頭を擦り付けていた。


静まり返った館に、彼らの荒い息遣いだけが響く。

シガオは目を閉じ、ふう、と深く息を吐き出した。そして、視線を傍らに控える見張り団隊長へと向けた。


「……ヨタカよ。其方はどう思う? 普段の其方であれば、問答無用で斬り捨てている場面だがな」


突然話を振られたヨタカは、静かに顔を上げた。

(拙者なら、斬り捨てる。……これまでは、間違いなくそうしていた)

だが、昨夜、圧倒的な暴力に晒されながらも、二人が自らの身体を盾にして薬を守り抜いた姿が脳裏に焼き付いている。

ヨタカは小さく息を吸い込み、シガオに向き直って、はっきりと言い切った。


「……拙者の監視下においてであれば、彼らを信用しても良いかと存じます。昨夜、己の命よりもニキとの約束を守り抜いた彼らの姿……そして改心の言葉に、嘘はないと。このヨタカが保証いたします」


その言葉が落ちた瞬間。

シガオは目を丸くし――次いで、腹の底から湧き上がるような豪快な笑い声を館中に響かせた。


「わっはっはっ! わっはっはっは!! あのヨタカが! 歴代で最も冷酷と言われた見張り団隊長が、自らよそ者の、しかも元野盗の身元を保証するとはな!!」


シガオは肩を揺らして笑い、ニキを見てニヤリと口角を上げた。


「ニキよ、其方は本当に不思議な男だ。この石頭の隊長に、情けの心を思い出させるとはな」


「長老、それは……っ!」


ヨタカが珍しく狼狽えるのを手で制し、シガオは威厳に満ちた声で告げた。


「ゴズ、タイガ! 其方らに診療所の手伝いを命ずる。見張り団の監視の元、ニキの下でしっかり働き、里のために尽くして罪を償え!」

「ほ、ほんまですか……っ!? 助かったんやな……オレら……っ」

「ありがとうございます、長老様ぁっ!!」


張り詰めていた糸が完全に切れ、二人は床に崩れ落ちて子供のように大声で泣き出した。

シガオは玉座に座り直し、泣きじゃくる二人と、それを優しく見守るニキに向けて、温かみのある声で最後に付け加えた。


「……ニキよ。彼らが昨夜、身を呈して守り抜いたというあの薬。……存分に、里のために……、いや彼らのために使ってやれ」

「はい……! ありがとうございます、長老」


ニキは深く頭を下げた後、膝をつき、泣きじゃくるゴズとタイガの背中に腕を回して、力強く抱きしめた。



長老の館を出た後。

処分の免除と新しい居場所に歓喜した二人は、包帯だらけの身体の痛みも忘れたように、やる気に満ち溢れていた。


「タイガ、早う戻って、診療所の掃除終わらせるで! ぴっかぴかにしたるわ!」

「おう! 俺は足が治るまで、座ってできる薬草の整理からだ!」


タイガは添え木をした足を引きずりながらも、ゴズに肩を貸してもらい、足早に診療所へと向かっていく。

その後ろ姿を温かく見送りながら、ニキは隣を歩くヨタカに微笑みかけた。


「ありがとう、ヨタカ。あんたがああ言ってくれたおかげで、彼らは救われた」

「……フン。お前が甘すぎるから、拙者が監視してやらねばならないだけだ」


ヨタカはそっぽを向いたが、その顔は耳まで赤らんでいた。

不器用な戦士の胸の内にも、ニキがもたらした「新しい朝」の光が、静かに差し込んでいた。



■症例C・Dについて

極度の飢餓と痛みから解放し、適切な役割を与えることで、彼らは見違えるほど従順で優秀な助手となった。「安全な居場所」という報酬がいかに生物の精神を安定させ、行動を最適化するか。彼らの劇的な変化は、環境要因の調整として非常に良好な結果を示している。

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