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白きこの手は何を成すのか  作者: N民


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折れた足と月下の試験③


冷たい夜風が吹き抜ける中、ゴズはタイガの大きな身体を支えながら、ゆっくりと備蓄倉庫への道を歩いていた。


「タイガ、足、痛まへんか?」

「ああ。先生の処置、魔法みたいだぜ。骨が正しい位置にあるだけで、こんなに楽になるなんてな」


二人の顔つきは、数時間前にニキに刃を突きつけていた時とはまるで違っていた。憑き物が落ちたような、穏やかで晴れやかな表情だった。


「ゴズ、タイガ。今からあんた達に倉庫に行ってもらう。自分達が盗もうとした薬を元の位置に返して来て欲しい。」

「オレ達が……?」

「そうだ、あんた達を信じる。だから、ヨタカもシドもついていかない。2人だけで行って欲しい。そんなに遠くないし薬の量も多くない。ただ、高価で貴重な薬だから丁寧に運ぶ必要がある。タイガの足の具合も気になるし、足を慣らすつもりでゆっくり行ってきてくれないか。」



こうして2人はニキに薬を渡され、鋭い目付きのヨタカと「頑張るっス〜」とマイペースなシドに見送られ、倉庫に向かうことになった。

だが、倉庫の裏手に広がる暗がりに差し掛かった時。その静寂は、耳障りな低い笑い声によって破られた。


「おやぁ? 誰かと思えば、ゴズとタイガじゃねえか。こんな所で奇遇だなァ」


闇の中からヌルリと姿を現したのは、薄汚れた革鎧を纏った狼や猪の獣人たちだった。数日前までゴズたちと行動を共にしていた、元山賊の仲間たちである。結界の穴を見つけて忍び込んでいたのだ。


「お前ら……なんでこんな所に」


ゴズの顔が強張り、タイガも無意識にゴズを背に庇うように身構えた。

山賊のリーダー格である狼獣人が、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。その視線は、ゴズが大事そうに抱えている袋に釘付けになっていた。


「おいおい、早速ずいぶんといいモン持ってんじゃねえか。上等な薬草の匂いがプンプンするぜ。さあ、それを持って俺たちと合流しろ。また一緒にひと稼ぎしようや」

「……ふざけんな。オレらはもう、お前らとはつるまへん」


ゴズが震える声で、しかしはっきりと拒絶した。

その言葉に、狼獣人の顔からスッと笑みが消えた。


「あぁ? 言葉には気をつけろよ、底辺のクズが。何の役にも立たないチビのハイエナと、足を引きずってる役立たずの虎。行き場のないお前らを拾ってやったのはどこの誰だ?」


狼獣人はゴズの胸倉を掴み上げる勢いで凄んだ。


「俺たちが仲間に入れてやらなきゃ、お前らとうの昔に野垂れ死んでただろうが。自分らから夜逃げした恩知らずを、こうしてまた誘ってやってるんだ。逃げたことを責められないだけ感謝して、さっさとその袋を渡しな!」

「拾ってやったやと……? 恩知らずやと!?」


恐怖で震えていたゴズの瞳に、激しい怒りの炎が灯った。


「お前ら、オレらを仲間やなんて一度も思ってへんかったやろ! 毎日のように殴って、危険な囮ばかり押し付けて……残飯しか食わさんかったくせに!」

「その通りだ!」


タイガがゴズの前に立ち塞がり、狼獣人を鋭く睨みつけた。


「オレたちが逃げ出したのは、お前らが囮としてゴズを妖怪の群れに蹴り飛ばしたからだ! あの夜、俺がゴズを庇って崖から飛び降りなきゃ、こいつは死んでた! 俺のこの左足の骨が折れたのも、全部そのせいだ!! お前らに恩なんて一つもねえ!!」


タイガの悲痛な叫びに、狼獣人は「チッ」とつまらなそうに舌打ちをした。


「崖から落ちて勝手に足折ったマヌケが、被害者ぶってんじゃねえよ。いいからその袋を寄越せって言ってんだ!」


狼獣人が強引に袋を奪い取ろうと手を伸ばす。だが、タイガはその腕を力強く払い除けた。


「絶対に渡さねえ」

「あぁ!?」

「オレたちはもう、泥棒も強盗も金輪際やらねえ。元の場所へ返しに行くんだ」


ゴズも、袋を胸に抱き抱えながら叫んだ。


「オレらみたいなクズを……先生は助けてくれたんや! 『ここで働けばいい』って、笑って信じてくれたんや! だから……!絶対に、先生を裏切りたくない……ッ!」


二人の瞳には、かつての「怯えた野盗」の面影はなかった。過去の自分たちと決別し、新しい人生を掴み取ろうとする、確かな覚悟が宿っていた。

だが、その決意は山賊たちの逆鱗に触れた。


「……そうかよ。底辺のゴミが、いっちょ前に善人ぶる気か。なら、死体からひん剥くまでだ!!」


狼獣人の合図と共に、周囲を囲んでいた山賊たちがいっせいに襲いかかってきた。


「ぐはっ……!」


武器を持たず、足に添え木をしたばかりのタイガに勝ち目などなかった。丸太のような蹴りが腹にめり込み、タイガの巨体が地に沈む。


「タイガッ!!」


ゴズが助けに入ろうとするが、別の山賊に髪を掴まれ、顔面を容赦なく殴打された。


「調子に乗ってんじゃねえぞ、底辺が!」

「さっさとその袋を離せ!」


蹴りと鈍器の雨が、二人に容赦なく降り注ぐ。


「がっ、あぁっ……!」

「やめろ……っ、それに、触るな……ッ!!」


圧倒的な暴力。だが、二人はどれだけ痛めつけられても、決して降参しなかった。血まみれになりながらも地面に這いつくばり、ゴズが袋を抱え込み、タイガがその上から覆い被さるようにして、二人の身体で薬を死守した。


「これは……先生の、薬や……!!」


ゴズが血を吐きながら叫ぶ。


「オレらを信じてくれた、先生の気持ちなんや……! お前らなんかに……絶対に、渡さへんぞぉぉッ!!」


ボキリ、と鈍い音が響き、タイガが苦悶のうめき声を上げる。それでも彼は、ゴズと薬を庇う腕を絶対に緩めなかった。


「……」


少し離れた木々の陰。

その凄惨な光景を、ニキ、ヨタカ、シドの三人は静かに見つめていた。

これが、ヨタカとシドが仕組んだ「月下の試験」だった。監視の目がない状況で、彼らが本当に裏切らないかを見極めるための。


「……ッ」


ニキは、唇を噛み締め、両手をきつく握りしめていた。その瞳からは、ボロボロになった二人を見て大粒の涙が溢れ落ちている。


「ヨタカ、シド……! もう十分だろ……! 助けに行かせてくれ……ッ!」


ニキの悲痛な声に、ヨタカは静かに目を伏せた。

見れば、ヨタカが握る槍の柄は、怒りでミシミシと軋み音を立てている。隣に立つシドも、いつもの飄々とした笑みを完全に消し去り、その手に握ったナイフを氷のような冷たい瞳で見つめていた。

彼らの疑念は、とうに消え去っていた。

泥まみれになりながらも、決して裏切ろうとしない二人の「強さ」。それを目の当たりにして、見張り団の二人が黙って見過ごせるはずがなかった。


「チッ、往生際の悪いクズどもが! その腕ごと切り落としてやる!」


激昂した狼獣人が、サビだらけの鉈を高く振り上げた、その瞬間。


凄まじい風切り音と共に、鉈を振り上げた狼獣人の手首が不可視の衝撃に弾かれた。


「な、なんだ!?」


山賊たちが怯んだ次の瞬間には、彼らの中へシドが突っ込んでいた。

シドはいつもの不敵な笑みを消し、氷のような冷徹な瞳を獲物に定める。

彼の動きは、風を纏った蛇のように、不自然なまでに速く、洗練されていた。


「あー……。オレっちの可愛い後輩たちに、ちょっと派手に触りすぎっスねぇ」


シドは襲いかかってきた猪獣人の胴体に、風を凝縮させた鋭い蹴りを叩き込んだ。

丸太のような衝撃に、猪獣人は遥か後方へと吹き飛ばされ、木に叩きつけられてその場に崩れ落ちた。気絶、いや、完全に意識を飛ばしている。

残った山賊たちが、怯えながらも武器を振り回して襲い掛かる。

シドはその攻撃を、微かに笑みを浮かべたまま、そっとかわす。

そして、狼獣人の胴体に、再び風を凝縮させた蹴りを叩き込んだ。

同じように吹き飛ばされ、木に叩きつけられて崩れ落ちる狼獣人。

襲い掛かってくる他の山賊たちに対しても、シドは風を纏った俊敏な動きでかわし、手にした投げナイフの「柄」で首筋の急所を的確に一突きしていく。

いつものマイペースな口調とは裏腹に、その動きには一切の無駄がなく、冷徹なまでに洗練されていた。


「ぐはぁっ!」

「な、なんて速さだ……!」


あっという間に全ての山賊が、誰一人殺されることなく、しかし一瞬にして気絶させられ地面に転がった。

完全に意識を失いピクピクと痙攣する山賊たちを、シドは冷たく見下ろす。

その顔からいつもの笑みは完全に消え去り、氷のように冷徹な声が一言、落ちた。


「……雑魚が」


いつもの「〜っス」口調ではない、絶対零度の声。後ろに控えていたヨタカの耳の羽毛が、ピクリと跳ねる。

だが、その一言を落とした次の瞬間、シドの顔にはいつもの飄々とした笑みがスッと戻った。


「あー……そういや先生」


シドはいつもの口調に戻り、気まずそうに鼻の頭を掻きながら、陰から飛び出してきたニキを振り返った。


「こいつらにも、『罪を償う機会を与える』、だったっスよね? オレっち、ちょっとやりすぎちゃったっス」


その凄まじいギャップに、ニキは一瞬だけ呆然としたが、すぐに我に返り、地面に倒れ伏している二人の元へ駆け寄った。


「ゴズ! タイガ!」

「先生……」


ゴズが、血の混じった口元でへへっと笑った。その腕の中には、泥だらけの薬の袋が、しっかりと抱きかかえられていた。


「薬……ちゃんと、守ったで。オレら……もう絶対に、泥棒なんてしねえから……。先生を、裏切らへんから……ッ!」

「ああ……わかってる。わかってるよ」


ニキは泥だらけの二人を強く抱きしめ、何度も何度も頷いた。

その光景を、槍を構えたまま静かに見下ろしていたヨタカ。


(――自分の命よりも、あの男の「信頼」を守り抜いたというのか)


底辺を這いずり回っていた野盗の、剥き出しの覚悟。ニキの言った『彼らの弱さを信じたい』という言葉の意味が、ヨタカの凍てついた胸の奥に、熱く、確かに響いていた。

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