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白きこの手は何を成すのか  作者: N民


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折れた足と月下の試験①

君たちは最初、怯えた野盗としてやってきた。でも、今ではこの診療所に欠かせない大切な俺の助手であり、家族だ。毎日泥だらけになって笑い合う君たちの明るさに、俺がどれだけ救われているか。君たちの新しい人生の始まりに立ち会えたことを、心から嬉しく思う。


「頼む、助けてくれ……! 妖怪に追われて森を逃げ回っていたら、道に迷っちまったんだ。何日もまともに食ってなくて……」


鬱蒼とした森の中、里を囲む結界の境界付近。

ハイエナ獣人のゴズは、虎獣人のタイガと肩を並べ、見張り団の兵士たちに懇願していた。衣服は泥にまみれ、ひどく疲弊しているように見える。

「人間以外の立ち入りは禁じていない。外傷はないようだが、ひどく消耗しているな。ひとまず空き小屋へ案内する。食料を運ばせるから休んでおけ」

兵士たちは彼らを「飢えた遭難者」として里の中へ招き入れた。


案内された粗末な小屋で、兵士の足音が完全に遠ざかるのを確認した瞬間。

ゴズの顔から「怯えた遭難者」の表情がスッと消え、油断なく周囲を舐めるように見る野盗の目つきに変わった。


「チョロいもんやな。大怪我でもしとるって言えば、最近噂の医者の所に連れて行かれて素性がバレそうやったけど、ただの疲労なら適当な小屋に押し込まれるだけや」


ゴズが低く笑ったその時。隣に立っていたタイガが、音を殺してその場に崩れ落ちた。


「おい、タイガ!?」

「……っ、痛ぇ……。兵士に怪しまれねえように、必死に普通に歩いたが……もう、限界だ……」


タイガは脂汗を流し、左足を抱え込んでうずくまる。里に入る前から折れていた足は、無理をして歩き続けたせいで異常に腫れ上がっていた。


「クソッ……すまんな、タイガ。ええか、警備の隙を突いて備蓄倉庫を漁るで。自分の足に効きそうな強い薬を頂戴して、さっさとズラかるんや。タイガが助かるにはこれしかないんや」


タイガは激痛に顔を歪めながらも、強盗としての執念で無言で頷いた。


――それが、数日前のこと。


一方その頃、ニキの診療所はこれまでにないほどの活気に(あるいは混乱に)満ちていた。

開業してから数週間。「人間の医者が、触れただけで痛みの根源を見抜く」という評判は、またたく間に里中に広まっていたのだ。


「先生、次は俺の腰を……」

「先生、娘の熱が下がらないんです!」


朝から晩まで、待合室の列は途切れることがない。ニキは一人ひとり丁寧に診察し、的確な薬を処方し続けていたが、一人で回すには完全に限界を超えていた。

(……手が足りない。薬草を摘みに行く時間も、在庫を整理する時間もないな……)


そして、ある日の夕暮れ。

ようやく診察が一段落したニキは、底をつき始めた薬草や包帯を補充するため、里の備蓄倉庫へと足を運んだ。

だが、倉庫の重い木扉を押し開けた瞬間、ニキは凍りついた。


「……誰だ」


薄暗い倉庫の中。そこには、数日前に「健康な遭難者」として保護されたはずの二人組――ゴズとタイガがいた。彼らは里の貴重な薬品を、手当たり次第に袋へ詰め込んでいる真っ最中だった。


「チッ、人間に見つかってしもたか!!」

「ゴズ、どうする!?」


盗みの現場を押さえられ、パニックに陥った二人はニキに飛びかかった。


「動くなッ!」


鋭い咆哮と共に、ゴズがニキの背後に回り込み、その細い首筋に錆びついた短刀を突き立てる。


「……何事だ!」


異変を察知し、凄まじい風を纏って現れたのは、ヨタカとシドだった。

ヨタカは愛槍を構え、その金色の瞳に激しい怒りを宿している。シドもまた、両手に構えた投げナイフを獲物に定めた。


「貴様ら……その手を離せ。さもなくば、この場で細切れにするぞ」


ヨタカの声は低く、地を這うような殺気に満ちていた。


「来るんじゃねえ! 来たらこの人間を殺すで!」


ゴズが叫び、短刀がニキの肌をかすめる。横ではタイガが、錆びた斧を振り回して威嚇の構えをとっていた。


緊迫した沈黙。ニキの首筋には、ハイエナの獣人が握る短刀の冷たさが伝わっている。だがその時、ニキの視線は自分を人質にしている男の手元ではなく、彼らが乱暴に袋へ詰め込もうとして足元に散乱させた薬品に引き寄せられていた。

(……抗炎症薬に、強い鎮痛薬ばかりだ。食料や金目のものより優先して、なぜこれを選んだ? 誰か、重篤な怪我人がいるのか……?)

ニキの意識が、冷静な医者としての観察眼へと切り替わる。そして、必死に斧を振って威嚇を続ける、もう一人の虎の獣人へと視線を移した。

(……やはり、あいつだ。構えがおかしい)


虎の獣人は大きな斧を構えて立っているが、よく見ればその体重はすべて右足に乗せられている。左足は不自然に外側へ開き、地面にそっと触れているだけだ。ズボンの裾から覗く足首は、遠目からでも分かるほど異常に腫れ上がっており、痛みに耐えるように微かに震えていた。


「……ヨタカ、シド。手を出さないでくれ」

「何を言っている! 殺されるぞ!」


ヨタカが叫ぶが、ニキの声は驚くほど静かだった。


「いいから、待ってくれ!……なぁ、あんた」


ニキは自分を人質にしているハイエナではなく、斧を構えた虎の獣人を真っ直ぐに見据えた。


「その左足、本当はもう一歩も歩けないくらい痛いんだろう?」


虎の獣人の動きが、ピタリと止まった。


「……っ、なん……だと……?」


「兵士たちの前では必死に隠したみたいだけど、俺の目はごまかせない」


そこでニキはわずかに顔を動かし、背後で自分に刃を突きつけているハイエナの男へと静かに言葉を投げかけた。


「盗もうとした薬の種類を見て確信したよ。あんた、そっちの彼を助けるために選んだんだろ?」

「ゴズ……何してんだ、そいつを殺せ!」

「…………黙っとき、タイガ! ……クソッ、なんでバレたんや……!」


ハイエナと呼ばれた男の腕が、動揺に震える。ニキはさらに一歩、言葉を重ねた。


「あんたたちを助けたい。嘘じゃない、俺は医者だ。泥棒だろうと、苦しんでいるなら診るのが仕事だ。それに、その足をこれ以上放置すれば、一生歩けなくなるぞ」


ニキの迷いのない瞳と、事実を突きつける声。タイガと呼ばれた虎の獣人は、限界まで張り詰めていた糸が切れたように、ガクガクと膝を震わせ、斧を地面に落とした。


結局、ヨタカとシドの厳しい監視がつくことを条件に、ニキは二人を診療所へと連行させた。



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