#エピローグ 午後十二時十五分、戦場にて
忘れようにも忘れられないあの戦いから一ヶ月が経った。光陰矢のごとしとはよく言ったものだが、過ぎていく時間の早さを思うと確かにその通りだと実感させられる。
サクバスが本部ごと滅びたことで、事態はなにやら複雑なんだかどうなんだか、よくわからない方向に収束していった。
まず、サミダレンジャーについて。
とは言ってもこちらは今までとほとんど変わりなく、光洋町に新たに配属されてきた悪の組織と日夜激戦を繰り広げている。あたしが言うのもなんだが、ゴクドーというのはずいぶん手ぬるい組織だったのだなと実感させられた。でもまあ、あの父がいれば当面は大丈夫だろう。
黄介やみどりも日ごとに急成長しているところだし、そのうち父の力などなくても悪の組織を退けられる日が来るかもしれない。
そしてゴクドー。
一度は解体宣告の出されたゴクドーだったが、白崎町のサクバスが滅びたことによって、急遽機関から伝令を受けることになった。
伝令の内容は、これより白崎町の配備に当たるようにというもの。当然だが、あの日、あの場にゴクドーは『いなかった』ことになっている。もしそんなことが機関の耳に入れば、獄道さんはクビどころの騒ぎではなくなるだろう。おそろしい話である。
でもまあ、結果オーライというかなんというか、おかげでゴクドーの社員は根無し草になることなく、今日も白崎町のどこかでせっせと悪さを働いている。本部を移すほどの金銭的余裕がないため、ゴクドー本部、もといゴクドー社員寮は変わらず光洋町に置かれることとなった。
そしてあたしの話になるわけだが、あたしは現在、とある場所でこれまでとはまったく違った仕事をさせてもらっている。
その結果、どういうことになったかというと。
「――カツ丼一丁です、青子さんっ!」
「あいよ、カツ丼一丁っ!」
「追加で味噌ラーメン二杯に唐揚げ十個! いけますか?」
「余裕!」
「たぬきうどん三杯――って、もうできたですかっ!?」
「オーダー取ってるの見えたからな! ほら次、最初のカツ丼できたから持ってって!」
「う、うううぅ、目が回るですー!」
午後十二時十五分、ゴクドー社員寮食堂にて。
あたしと珊瑚は暴力的な忙しさの中、ひたすら労働の汗を流していた。
「なんでこんなに大盛況なんですかー! っていうか、ゴクドーに関係ない人もいますよね!」
「なんかご近所で口コミが広がっちゃったみたいなのよ~。やたら安くて美味しいご飯を出してくれるところがあるって」
「うちは大衆食堂じゃないですーっ!」
くるくると目を回す珊瑚にそんなことを言うのは、あろうことかうちの母だった。同じ席には黄介やみどりの姿もある。あんたら仕事どうした。
「ねーちゃん、味噌ラーメンおかわりっ!」
「あいよ! ちなみに忙しさの原因の半分くらいおまえだからな!」
サクバスとの戦いが終わってから、あたしはそれから先の身の振り方を考えねばならなくなった。
悪の組織員を続けるという選択肢はもちろんのこと、正義の味方に戻るという選択肢もあった。ちょっと前のあたしならそんな二択はありえなかっただろうけど、今ならそれも悪くないように思えたからだ。
それでもけっきょく、あたしはどちらとも違う選択をした。
その発端になったのは、あの日以来飲み友達 (マジである)になった父と獄道さんが、いつものように居酒屋で飲んでいたときの会話だった。
なんとあの父のほうから、あたしをゴクドーの社員食堂で働かせてやってくれないかと提案してきたらしい。
また、それまで食堂を任せていたおばちゃんがちょうど故郷に帰るというので、食堂については獄道さんも一考あったらしい。
これを受け、あたしに話が回ってきた。
一も二もなく、あたしはその話を受けることにした。
最初はそれほど忙しくもなかったのだが、日を追うごとに徐々に利用者が増え始め、今では見ての通りである。白崎町で働いているはずの社員のほとんど全員が、わざわざ昼時になると光洋町まで戻ってくるほどになっていた。
でもまあ、大好きな料理を仕事にできるのだから、どれだけ忙しくても苦ではない。週末は珊瑚が手伝ってくれるようにもなったし、ここ最近は本当に毎日が充実しているように思える。
と、そんなことを考えていたときのことだった。
どかどかとバカでかい足音をたてながら、食堂のドアを思いっきり開け放つ男。
誰かと思えば、うちの親父だった。
「桃恵、黄介、みどり! 敵が来たぞ! サミダレンジャー出撃だ!」
「ほーい。メシ食ってからねー」
「優先度おかしいだろがよ!? つーかおまえら、ひとりでもいいから電話出ろよ!」
「あ、ほんとだぁ。ごめんなさい赤雄さん、青子ちゃんのご飯がおいしくってぇ、つい~」
そんな一幕も、今ではゴクドー社員食堂での日常と化していた。
さらに父は勤労中のあたしにまで目をつけて、あろうことか厨房内にまでずかずか入り込んでくる。
「今日はてめえも来い!」
「やだよ。仕事中だっての」
「もう疲れたんだよ、俺ひとりで戦うのはよ! あいつら肝心な時以外はほんとに何もしやしねえ!」
「そりゃあんたの日頃の行いのせいだ。珊瑚、二番テーブルさんにこれ持ってって」
「は、はいですっ」
「聞けってよ! 頼むから! マジで!」
父があたしにここまで頼み込んでくるのも珍しい。どうやらここ最近、本気で疲れているご様子。自業自得とはいえ、少しだけ憐れみの余地はあるかもしれない。
「しょうがないな」
「本当か、青子っ!」
「食堂閉めたら行ってやるよ」
「何時間後だよ! その頃には光洋町は火の海だ!」
「あたしには光洋町の平和より大切なものがあるんだよ。それは料理だ」
「家族じゃねえのかよ!?」
いや、まあ、しかし。
こんな風に父と漫才めいた会話(父は本気だろうけど)ができるようになるなんて、ちょっと前のあたしからしたら考えられない話だ。
親子喧嘩なんてものは、何年続いたところで、終わるときは一瞬なのかもしれない。
あたしたちは産まれたときから死ぬまでずっと親子なのだ。
どうやったって一生切れない縁があるのだから、恨み合うよりは笑い合っていたほうが精神衛生的にもずっといい。
そんな簡単なことにもなかなか気付けないのも、親子っていう存在なんだろうけど。
「とにかく親父も飯くらい食ってけよ。昼飯まだだろ」
「だから敵が来てるつってんだろが!」
「食ってからすぐ行けばいいだろ。何にする?」
「くっ……わかったよ。カツ丼よこせ、大至急だ!」
「はいよ。そう言うと思ってもう作ってた」
「……お、おうよ」
すごすごと家族の待つ席へ向かっていく父。もうちょっと肩の力抜いて生きりゃいいんだよ、あんたは。
「みどりさんは、人参が嫌いなんですか」
「……うん。でも、残したらおねえちゃんに怒られちゃう」
「なら、僕が食べてあげますよ」
「わあっ。小暮さん、ありがとうっ」
寡黙な者同士、なんか仲のいいのもいる。小暮さん、まさかとは思うけどあんたロリコンじゃないよな。
「そんでなぁ、並み居る敵をワシが千切っては投げ、千切っては投げ」
「すげーっ! もっと聞かせてくれよ!」
「おう、キサンはなかなか見所があるのう! それでのう、それでのう……」
「うおおおっ、マジで男だぜっ! おれも葉丘さんみたいになりたいなぁ!」
ずるずるとラーメンをすすりながら、やたらと意気投合してる男どももいる。黄介、頼むからそれはやめてくれ。
「今日も賑やかですね」
「あ、獄道さん。どもっす」
巨躯を揺らして食堂に現れた雇い主に、あたしはぺこりと頭を下げた。
獄道さんは満足そうに微笑みながら、ざわざわと騒がしい食堂を一望している。
「不思議なものですね。つい先日まで戦っていたもの同士が、こうも打ち解け合えるとは」
「そですね。戦うのと恨むのは違うってうちの弟が言ってたんすけど、その通りだと思います」
「……なるほど。確かに」
こくこくと頷く獄道さん。
殴り合いの喧嘩をして仲良くなる。ベタといえばあまりにもベタだけど、ここにいるのはそんなベタな連中ばかりだったということだろう。
なんてったって、正義の味方と悪の組織だぞ。
まったくもってベタ極まりない。
「獄道さんもどうっすか、昼飯」
「頂きましょう。サバ味噌定食で」
「了解っす」
極道さんに席で待っていてもらうように告げ、あたしはこれまで溜まっていたぶんのオーダーを一気に消化にかかる。
ひーふーみーよー、うお、十三人前か。溜まったもんだな。
「青子さーん、早くですー! ひーっ!」
フロアでは珊瑚がてんてこまいになっていた。こうしている間にもひっきりなしに注文は入り続けている。次々と入ってくる外部のお客さんのせいで座る場所すらろくに確保できず、食堂は今や戦場の様相を呈していた。
こきこきと腕が鳴る。あたしの口元には、知らぬうちに笑みが浮かんでいた。
元正義の味方で、元悪の組織員という経歴を持ってしまったあたし。
平和なんて程遠い世界で生きてきたあたしにとっては、戦いこそが生きる場所なのだ。
「さて、と――」
エプロンを付け直し、気合いを入れる。料理はいつでも真剣勝負。
よし。今日も一生懸命、戦おう。