第二章 「凡人」④ 消失
(この声…小百合? …チッ)
起動したスーツであればスーツ間通信は使える。それゆえ小百合の叫びはユウタにも聞こえたのだが。
〈悠太っ! 返事をしてっ! ゆ〉
「通信カット」
訪れる静寂。小百合の声はもはやユウタには届かなない。スーツ間の相互情報リンクも切られていることから、彼は今、一人スーツの中で孤立していると言える。
「さっさとケリをつけてやる! シュヴェルト!」
ヴォンッ
右手に握られた柄から赤く細い光刃が展開、構えるやカズサへと斬りかかる。
「カズサァァァァァァッ!」
大上段から振り下ろされた護身用ギャノンブレイドだったが、やはりユウタは思い通りに動けずカズサに悠々と躱された。
「チクショウッ! 避けるなッ!」
「うぉッ⁈」
ブンッ ブンッ
右に左に振り回される赤いブレイドがカズサを追い回す。
「チッ! ユウタァァァァァァッ!」
ブレイドを躱したカズサ、今度は反撃。黄橙色の顔面へ右ストレートを入れるが。
「イッテェェェェッ⁉」
「バカだなぁカズサ。生身の人間がアンザグに敵うわけないだろ? もう忘れたのかよ。おとなしく俺に倒されろッ!」
殴るために踏み込んでいたカズサ、しかしおかげでユウタの間合いになっていた。再び振りかぶられたブレイドがカズサの肩口へ振り下ろされた、その時。
「トォォォリィヤァァァ!」
ドオッ
もう一つの黄橙色の塊が横からすっ飛んできて衝突、ユウタは弾き飛ばされた。
「間に合った!」
その黄橙色にはカズサに見覚えがある。
(オレンジ色のギャノン…⁈ でもあんなにおっぱい大きくなかったぞ…別人か? ギャノンって何人いるんだよ⁉)
「そこのキミ! ここは私に任せて、早く逃げなさい!」
麗美のギャノンスーツだった。
「そうはいかねぇ! ソイツはオレの知り合いだ! ケリはこの俺の手でつけさせてくれ!」
「バカ言ってんじゃないの! 今だって殴っても効かなかったじゃない!」
「でもよぉ」
「でももへったくれもない! 今すぐここから」
「ジャマをするなァァァァァァッ!」
カズサと麗美が揉めている間に立ち上がったユウタは麗美目掛けて斬りかかった。
「ヤバっ⁉」
「うわっ⁈」
麗美はカズサを引っ張り倒すとブレイドを振り上げかかってくるユウタの前へ立ち塞がる。
(左で受けて右で殴れば…イケるハズ!)
麗美は武器を持たない。だから左腕を前に構え迎撃態勢をとる。振り下ろされたユウタのブレイドは麗美の左腕を捉えた。
パァンッ
「いったーいっ⁉ キャァアアッ⁈」
ユウタは斬ると同時にそのまま肩から麗美へ体当たり。ブレイドによる中和爆発の痛みで怯んだところにそれを食らった麗美は弾き倒された。
「死ねェッ! カズサァァァァァァッ!」
尻を着いたままのカズサへ向けてブレイドが振り下ろされたところへ緑の影、そして赤い一筋の光が駆け抜ける。
「トゥッ!」
バシュッ
爆発音にも似た音を立て、ユウタのブレイドは止められた。
「大丈夫ですかッ⁈ 麗美さんッ!」
食い止めたのはタケシ。
「あーんもー! さぁっすがマイダーリン! 私がピンチの時には駆けつけてくれちゃうのねぇっ!」
「麗美さん、悠長なこと言ってる場合じゃないです! アンタ! 早く逃げろ! トゥッ!」
ドゥッ
力任せにブレイドを押し込むユウタを蹴り剥がした。
(また増えた⁉ 今度は緑かよ!)
カズサは『緑のギャノン』を知っている。かつて一の丸倉庫で刃を交えたのだから。あの時は敵同士だった。しかしそれは過去の話。今回はその敵だった者に助けられたわけだが、その辺の事情をタケシは知る由もない。
蹴り飛ばされたユウタは無様にも尻モチをつく格好で倒れた。スーツの中から見える景色には2体のギャノンがあり、それぞれに『友軍』を示すマークが表示されている。見た目にダメージがあったわけではないが立ち上がれない。いいや、そんなことよりもユウタ本人の精神的ダメージの方が大きかった。
「クソォッ! クソォッ! クソォッ! 何だよッ! 何なんだよッ! なんでジャマするんだよッ! なんで思い通りにならないんだよッ!」
ユウタは虚空へ向けて苛立ちを放つ。
〈苦戦しているようだね〉
(この声…フォキウスってジジイか?)
通信? いや、それとは違うと感じられる方法だろう、ユウタの脳内へ直接語りかけられている。
「何の用だよ」
〈キミが困っているようだから、手助けをしてあげようと思ってね〉
「俺と一緒に戦うっていうのか?」
〈ハハハ、残念ながらそれはできない。だがいいことを教えてあげよう。憶えているかな? アンザグには通常の使用を超えて強い力を発揮できる機能があったことを。今キミが使っているそれにも『隠されて』いるのだよ。どうだね、使ってみてはいかがかな?〉
「…どうやって使うんだよ」
〈コマンドは同じだよ。ただ叫べばいい。そうすれば、キャリブレーションが取れていなくても目の前の敵よりははるかに強い力を使うことができる〉
「アンザグ! 最大出力!」
返答も無しでコマンドを発声。
スッ…
立ち上がってみると――――さっきまでとは打って変わってスーツは自分の意のまま、それどころか指一本程度のほんの些細な動きにすらも力強さを感じられ、スーツが自分の意思に沿って勝手に動いていると思うほど。
〈気に入ったかな? ではキミの望みを思う存分に果たすがいい〉
「ジャマしやがってェッ!」
もはやフォキウスの言葉はユウタの意識の外だった。立ち上がるなりタケシへとブレイドを向けた。
視野の外で立ち上がったスーツがこちらへ向かってくる。しかもそれは別物のように速い。振り下ろされた赤い刃をブレイドで受け払い飛ばし、反撃に振り込めばまるで先読みでもされたかのように防がれる。
「なんだこれッ⁈ ルミさんよっか強ぇッ!」
ブレイドの捌きはシロウトのそれそのものだが何しろパワーが違う。護身用の細いブレイドが自分のものと大差ない力で押してくる。ブレイドそのものの力のではない、それを使う者、スーツの力が自分を押し切ってくる。今はブレイドの扱いで技量の上回るおかげで互角に戦えているが、殴り合いになったら…とタケシは危惧した。
「そこをどけよッ!」
鍔迫り合いでギリギリと押し込んでくる。どうやらこのスーツが用があるのはそこにいる男らしい。
「早くッ! この場から逃げるんだッ!」
さっきまでモタクサと動いていたユウタの様子が違っていることはカズサにも分かった。逃げる、ということに抵抗はあるものの
「すまねぇ! あとは頼むっ!」
素手の自分では役に立たないと理解した。さすがにそこはかつてアンジェラスのリーダーだったカズサは冷静に状況を判断し、立ち上がるや暗闇の中へと走り去った。
「待てッ! 逃げんなカズサッ! クソォッ! ジャマだッ! そこをどけよッ!」
いかにも未熟な技術で振り回されるブレイドだが、こうも振り回されては近寄りがたい。タケシが攻めあぐねているところへ
「ドォッセェェェェェイッ!」
横から麗美がユウタへショルダータックル。勢いそのままに一緒に倒れ、そのまま抑え込んだ。
「麗美さんッ⁈」
「放せッ! クッソォ、放せよッ!」
圧し掛かれ動きの取れないユウタはブレイドを麗美の背中へと叩き付ける。
バァンッ バァンッ
「ギッ⁈ イッ⁉ は、早くダーリン、コイツやっ、ちゃって、ガァッ⁈」
叩かれるごとに麗美の背中は中和爆発で爆ぜ、激痛が彼女を襲う。
「麗美さんっ⁉ 今!」
「放せってんだよォォォッ!」
ユウタはブレイドを持ち替え麗美の背中へと突き立てようとした、その時。
「先攻捜査隊一査ルミエール=シューレンの名に於いて。上野小百合のスーツ使用権限を凍結。コード29758248」
サァァァァ…
スーツ表面は黄橙から鈍い鉛色へと色を失い、ユウタの動きが止まった。赤い刃も同時に、麗美の背中へ達する直前に消滅した。
「何だ? 何だこれ、動かないぞ? クソッ クソォッ! チクショウッ! 動けェッ!」
今のユウタは身体にピッチリと貼り付いた金属で固められた状態、とでも言えようか。密着している分一切の動きが封じられ、辛うじて生命の維持と通信環境だけが残されている。管制機の画面では活動中を示す赤から冷ややかな青へと切り替わった。
「バカな悠太…」
スーツ側の環境設定が止まったおかげで通信が復活した。管制機から聞こえるユウタの怒号に、小百合はポツリと呟いた。
◆
「ルミちゃん、ありがとう」
「うん」
謝辞を述べる麗美だが、それに応えるルミもまた、業務連絡でもしているかのように無表情な声だった。
「ルミさん、これ、何が起こってるんですか?」
「スーツの使用権限を凍結した。まぁこれでスーツが1体使えなくなっちゃうんだけど、それは仕方ないとして、この中の人を逮捕するのがめんどうなのよね。使用権限の解除と共にスーツが消えちゃうから、予め縛ってでもおかないと逃げられちゃう。ロープとか、持ってないわよね?」
「そりゃそうです」
まさか異星の最新技術を相手にそんなローテクなものを使うとは誰も思わないだろう。
「その辺に良いものないか探してくるわ。タケシ君も手伝って。麗美さんはそれ、見張っててくれるかな」
「いいわよ。私も手伝わなくていいの?」
「動けないとは思うけど、一応見張りは立てておかないと」
「そう。分かった」
「じゃ、お願い」
そう、ルミが背を向けた瞬間だった。
「キャァッ⁈ 何コレッ⁉」
背後からの麗美の悲鳴に振り返ると、鉛色のヒト型の下に、黒い穴がぽっかりと開いている。
「しまったッ⁉」
慌ててルミが駆け寄るが間に合わなかった。伸ばした右手はそれに触れることなく、ヒト型の塊は闇に落ちるように消えた。
◆
「また…ですね…」
「うん…」
その様子は管制機でも確認できた。青い点が突然消えたのだ。
〈…あの…何が起こったんですか…?〉
小百合は震える声でルミに問うた。
「分からない。ただ、少なくともこの件に関して、裏でデギールが絡んでいた、ということだけは間違いない…」
〈…中の人は、どこへ…?〉
「それも分からないのよ…すべて、背後にデギールがあるって考えなかった私の責任。みんなには関係ないわ」
「そういうことではなくて」
「ねえ、これ、中の人って誰だったの?」
「それは…」
ルミは小百合が管制機の練習をしているときに、小百合からフェイザーを奪った人物のことを聞いていた。その話しぶりから小百合が少なからず好意を寄せている相手だ、ということもそれとなく気付いていた。小百合の気持ちを思えば、今の麗美とのギクシャクした関係を抜きにしても、問いに答えるわけにはいかなかった。
「…分からない。でもね、そもそもギャノンスーツって、十二分に脅威となる力なの。使う者の思惑次第で正義の使者にもなれるし悪の手先にもなれる。そんな強大な力を…まだ善悪の判断の未熟な若者が手にしてしまえば…善悪はともかく自分の利益のために使うでしょう。もっとも若者に限った話じゃないけど。人は皆、そんなもの。だからこそ、使う側の心が試されるの」
それはルミからすれば小百合への精一杯の慰めの言葉のつもりだった。それが小百合の心に届くかはともかく。
〈…そう…ですか…あの、ルミさん。私、通信切ってもいいですか?〉
小百合の震える声に、ルミは察した。
「うん。管制お疲れ様。ありがとう」
〈…はい…〉
カチッ フゥゥゥン…
管制システム終了のスイッチを押すと同時に画像が消え、真っ暗に。
「う…うう…ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
鳴き声とも叫び声とも分からぬ大声を上げ、小百合はテーブルに突っ伏した。
◆




