第二章 「凡人」③ 理由なき理由
20:30を過ぎた頃。一の丸倉庫前。点灯を制限された照明のためそれは暗闇の中にあった。また同時に、|件〈くだん〉の事件ののち倉庫は実質閉鎖され、今では倉庫の周りを『立入禁止 KEEP OUT』と掛かれた黄色いテープが囲っている。そのため当然倉庫には照明が灯らず、闇の中にひっそり潜む更なる闇ような、そんな佇まいだった。
そこへ1つの黒い人影。カズサである。彼は他のアンジェラスのメンバー同様、今では保護観察扱い。ならば外出の自由はなさそうなものだが、罪状がハッキリしないこと、捜査に協力的だったことからコンビニに行くついでに夜の散歩に出るくらいは認められていた。ただ、ホテルオハナへの接近は証拠隠滅の可能性があるため認められておらず、代わりに、といってはなんだが、もう一つの「思い出」の場所、ガーディアンとの激しい戦闘があったこの場所へ来たのだった。
倉庫を見上げながら彼は思う。
(…なんだったんだろうな…)
アンナを含め、アンジェラスは全員拘束されたのち、メンバー相互の連絡を取ることを禁じられた。もっともそれ以前に彼らは相互に連絡を取り合うのにアンナから与えられたスマホを使っていたので、そのスマホが手元にない現在、こうしてバラバラになってしまうと連絡の取りようもない。
時が経ち、カズサの中も変化していた。憧れだったアンナ。それは――――女性に対してというより人としての尊敬だった。男と女として愛し合うより、人と人としての関係で、自分は高められたのだ、と、今ではそう思うようになっていた。野球をやっていたころ以上の目的意識がそうさせたのかもしれない。ある意味、一緒に活動していた頃よりも、カズサは純粋にアンナを尊敬するようになっていた。
ふと――――女の子の声が聞こえたような気がした。
『アンナさんがいたからッ! アンナさんのおかげでッ! 私たちはカラダを売らなくてもよくなったッ! 好きでもない人に抱かれなくてもよくなったッ! 行き場の無かった私たちに、居場所を作ってくれたッ!』
(セリナ、か… どうしてっかな、アイツ…)
思えば――――セリナは本気で自分を愛していてくれた。アンナに気持ちが行ったままの自分を、本気で愛していてくれた。カラダの関係も、彼女から求められ応えるような関係だったが。
いつも足元をチョロチョロしているような小さな女の子が、こんな薄らデカい割には誰も守れなかった自分を愛していてくれた。なのに自分はその気持ちに応えていない。会えなくなり、距離が置かれることで、いつの間にかカズサはセリナのことを考えるようになっていた。いつかまた会うことができたら――――
(…俺はズルいな…)
いまさら、と苦笑するカズサ。
「…そろそろ帰るか。保護観察官のおばちゃんを困らせちゃわりぃからな」
帰途に就こうと振り返ったその先に、こちらへ近づく黒い影。
「久しぶりだな、カズサ」
◆
(もうちょっと効率良い探し方ないのかな…)
タケシは歩きながら思う。シューニャデーヴァを叩いて以来エンプティヘブンを使った犯罪は以前に比べ鳴りを潜めてはいるものの世の中に出回ったその量は計り知れない。そのパトロールも込みでタケシ、ルミ、麗美の3人は横浜駅周辺をグルグルと歩き回っていた。
タケシの家では小百合が待機。3人のフェイザーを同期して、管制機からその動向を追っていた。
「もう。ルミさん、自分で頼めばいいのに」
ため息交じりに呟く。
麗美にパトロールの依頼を出したのは小百合。ルミから「それも管制官の仕事だから」と言われ連絡を付けたのだが。
連絡を受けた麗美は
〈さゆちゃんをあんな目に合わせたヤツなんかブッ飛ばしてあげるから!〉
とってもノリノリである。
ただ、管制機から見えるそれぞれのポジションからして
「…なにかあったんだろうなぁ…」
横浜駅周辺を探し回るタケシを挟んでその両脇にルミと麗美が距離を置いている。
お茶とか好きに飲んでね、とタケシには言われているので、そろそろ一息つこうかと席を立ったその時。
ピー ピー ピー
「これは…」
小百合は慌てて席へ戻る。画面には、駅周辺からは離れた場所でもう一つのギャノンスーツの反応。
「小百合より全体連絡! フェイザー起動の信号確認! 場所は」
◆
誰もいないはずのこの場所、人影にギョッとしたカズサ。こちらへ向かってくる影は、数歩進んだところで常夜灯の明かりの中に入り、その正体を露わにした。
「…ユウタ? ユウタじゃないか!」
懐かしい顔に、カズサはその元へ駆け寄る。
「いやー、お前何してたんだよ! 心配してたんだぜ!」
カズサは元野球部。それゆえか声がバカでかい。
「俺たちはあれから保護観察付きでさ、お互いに会うことすらできなくなっちまってよ。まぁユウタはその対象じゃないし、それに偶然だったらしかたねぇよなぁ!」
満面の笑みを湛えデカい声を張り上げながら近づいてくるカズサがユウタの神経を逆なでした。
「どうだよ、元気かよ」
「…うるさいな。そんなのどうでも関係ないだろ」
「ああん? まぁそりゃそうかもしれねぇけどよ」
「ったく、人の気も知らないで! 俺が! 俺の方が先にセリナのことが好きだったのに!」
カズサには、ユウタの言葉の意味がまるで分からなかった。せいぜいわかるのはそれが日本語だということくらい。
(え? なんでセリナの話がここで出てくんだ?)
ユウタは何か怒っているようではある。しかし怒っている理由も、話題の飛び方も、何一つ理解できない。思えばユウタとはあまり話したことはない。しかし記憶を遡ったところでユウタが「こんなだった」覚えはない。ただ…目の前のユウタが「どこか壊れている」ような気はした。
「いや、だってお前、サキと付き合ってたんだろっ⁈」
「関係無いんだよ、そんなことはっ! 俺の手に入らないモノがあるってだけで不愉快なんだよっ!」
「意味わかんねぇよ!」
「意味なんかないんだよっ! セリナが来て、コイツかわいいな、って思ったら。アンナがあちこち引っ張りまわして、そうかと思えば今度はミキヒサなんてクソガキが手を出して! そしたら今度はオマエが! カズサがいつの間にかアイツを抱いてやがった!」
いくら相手が怒りをぶちまけていることに圧されているとはいえ、それは聞き捨てならなかった。
「何言ってんだが意味わかんねぇんだよ! 大体お前、アンナさんのことなんで呼び捨てにしてんだよっ!」
「関係ないんだよ! あんなヤツに関わったから、俺は怯えて暮らすようなハメになっちまった! サキがあんなヤツのところへ連れていくから! こんな目に遭ったんだ!」
「あんなヤツだと? ふざけんな! サキ関係ねぇだろっ! そんなのテメェで選んだことだろ! アンジェラスのみんなで働いてそれで」
「関係ないって言ってんだろ! 不愉快なんだよ! 偉そうにこき使いやがって! お前もだカズサ! お前も偉そうに俺に命令しやがって! 俺が欲しいと思ったものを奪っていきやがって!」
「テメェ…そういうことかよ。あれだけ世話になっておいて、言う事がそれかよ! 許さねぇ…絶対に許さねぇっ!」
「許さなければどうするってんだ。俺を殴って罪を増やそうってならやってみろよ。やれるものならな!」
「何だとォっ!」
カズサは完全に頭に来ていた。瞬間、自分が置かれた立場、保護観察の身であることすら忘れるほどに。殴りかかるつもりでユウタとの間を詰めるカズサ、しかしユウタは動じることなく顔の前から右の握りこぶしを振り払う。
「パゾル!」
その叫び声と共にユウタの身体は黒い光に包まれる。そして現れたのは
「な… …ギャノン…?」
カズサには見覚えのある、黄橙色のギャノンスーツ。
「ユウタ…お前ギャノンなのかよ…」
「ギャノン…? 知らないね、そんなの。これはアンザグだ。見て分からないのかよ」
「…色が違うだろうがよ…」
「…色?」
ユウタがギャノンスーツを相着したのはこれが初めてだった。それゆえにてっきりデギールのアンザグと同じ黒だと思っていたのだが、たしかに目の前に翳した手は初めて見る黄橙色。
「そんなモン、どうやって手に入れたんだよ」
「フォキウスってジジィが教えてくれたんだよ。アンザグを持ってるヤツがいるからかっぱらえ、ってな」
「つまりは盗品か」
「それがどうした! 大体、俺もお前もついこの間まで麻薬の取引に加担してたんだぜ? 今さらキレイごと言うつもりかよ! モルモにも酷い目に遭わされて! それなのに、俺は欲しいものが何にも手に入ってねぇ!」
「金貰ってたろ⁈」
「通帳もキャッシュカードも無くて下ろせないなら貰ってないのも同然だ! きっと、アンナが、あの女が全部何もかも独り占めしてやがったんだ!」
「だからアンナさんの悪口言うなっつってんだろっ!」
「悪口じゃねぇ事実だ! ほれ、やれるもんならやってみろよカズサ! コイツが、アンザグがあればお前なんか楽勝で捻り潰せるんだからな!」
「くっ…」
「くたばれカズサっ! んっ…」
ユウタは目前のカズサを殴り潰すつもりだった。しかし
(なんだこれ…重い…)
アンザグだったら軽々と動けたのとは対照的に、まるで硬いゴム人形の中にでも入っているような重さ。むしろ何も着てない方が易々と動けるのではないか、と思えるほどに。それで放ったパンチが当たるはずもなく、カズサに悠々と避けられてしまう。
◆
〈小百合ちゃん、今起動したスーツの相互情報リンクを切断。念のためキャリブレーションロック〉
「了解です!」
ルミから通信が入り、小百合はてきぱきと指示通りの操作を終えた。
現在ユウタが使っているギャノンスーツはそもそもは小百合のもの。だからその操作性は小百合に合わせてあった。それを違う他人が着込めばスーツのパワーアシストのタイミングが合わないため、多大な違和感を持つことになる。例えていうなら油圧補助のある自動車のハンドルを今切ったのとは逆に回すようなもの、反応のズレからパワーアシストの惰性が残る。それが、今ユウタが感じている「重さ」の正体である。加えて今ルミの指示でキャリブレーションにロックが掛けられた。これでユウタが思いの通りにスーツを使えることはない。
それでも黄橙色、すなわち先攻捜査隊のスーツゆえに物理攻撃に対する防御性能は高い。生身の身体でこれをどうこうしようというのは無理は話だ。
「悠太っ! そこにいるの、悠太なんでしょっ⁈ 聞こえてるならもうやめてっ!」
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