第二章 「凡人」② 戦う意志
間もなく終業の16:30過ぎ。
「こりゃ終わりそうにないなぁ…」
ルミのPCのモニターには校正待ちファイルのアイコンが大渋滞。締め切り間近の編集部には次々と原稿が寄せられ、内容のチェックが終わればルミの元へとやってくる。毎週のことではあるが毎週同じようにルミは溜息をつく。
そんな折、ルミの携帯にメールの着信。
「タケシ君、かな。 …え? 小百合ちゃん?」
メールタイトルには『ごめんなさい』とあった。
「何が起こって… ッ⁈」
メールを開いたルミはイスを跳ね飛ばして立ち上がる。その様子に編集部員はみな一旦はそちらに顔を向けるが、間もなく山盛りの自分の仕事へと戻った。ルミは編集部内を見回すが編集長の岩竹の姿はない。
「ああ、もう、こんなときに… 佐藤副編! すみませんがちょっと席を外します! 用が済みましたら続きをやりますので!」
「了解しました。よろし」
佐藤副編の言葉を待たずにルミは編集部を大急ぎで出ていった。
「くお願いします…ね…行っちゃった…」
ルミはその足で月刊ミスティの編集部、すなわち麗美の職場へと行ったが麗美は取材で不在だった。
「しかたない…」
と、麗美へメールを一つ送り、急ぎ駐車場へと向かった。
着いたのは横浜市内の総合病院。そのエントランスに
「ルミちゃーん」
麗美がいた。
「⁈ 麗美さん…早いですね」
「まぁねー。取材先が近くだったからねー。病室は?」
「聞いてる。行きましょう」
「ええ」
小百合は病院へと担ぎ込まれていた。悲鳴を聞きつけた近所の人たちが救急車を呼んでくれたのだ。幸いか、外傷としてはそれほど大きなものではなかったために、消毒と化膿止めの薬が塗られ、処置の後の経過観察として病室で安静にしているように、とベッドへ寝かされた。
メールにあった病室へ行くと、小百合は窓際のベッドで上体を起こし、外の景色を眺めていた。
「小百合ちゃん!」
ルミの声に小百合は驚いて声のする方を向いた。
「来てくださったんですか?」
「それはそうよ。傷の具合は?」
ルミと麗美はそれぞれベッドの両脇へ。
「耳たぶが半分無くなっちゃってました。耳そのものには異常はなくって…処置してもらって、今は…ちょっと痛い、かな?」
小百合は笑って語るがもちろん心からは笑えない。
「そう…ねぇ小百合ちゃん。犯人の心当たりは?」
急くように聞くルミ、小百合は言いにくそうに俯き、口を閉ざした。
「ルミちゃーん」
麗美が目配せをして首を横に振る。
「あ…」
(私…また…)
「…その、言いにくかったら別に…言えるようになったら教えてね。でも…大変だったろうけどそのくらいで済んでよかった、のかな。そうだ!」
ルミはブレスレットから小箱を出し、その中から軟膏を1つ。
「小百合ちゃん、ちょっといいかな?」
ルミは小百合の傷口に宛がわれた脱脂綿をそっと剥がし、その軟膏を優しく塗り込んだ。小百合は少し痛がるが、歯を食いしばりジッと耐えている。
「これでよし、っと」
「…勝手にやっちゃってよかったのかな…?」
「その辺はナイショにね。間違いなく治りは早いハズだから」
「あ! ふふふ、ありがとうございます」
小百合の笑顔に柔らかさが戻って来た。
その様子を、麗美は腕組をしながら眺めていた。
◆
タケシがルミからのメールを見たのは17:00過ぎ。大学からの帰り、信号待ちで着信に気付く。専用に宛がった着信音とバイブレーションでルミからと気付き、画面を見たのだが…すぐさま携帯をポケットへしまうと直進の予定だったバイクを左に進路を変え、メールに書かれていた場所へと向かった。
「さ…いけね、小百合ちゃん。あ、麗美さん、ルミさん、こんにちは。来てたんですね」
思わず大声で呼びかけそうになったタケシ、場の空気を読んで小声に。
「タケシさん。来てくれたんですね」
「それじゃ私たちは。ほら行くよ、ルミちゃん」
「うん。それじゃタケシくん、またあとで。小百合ちゃんをお願いね」
病室のせいか麗美はいつもの勢いがなく、ルミの声にも張りがなかった。
「あ、はい」
そう思ったタケシはそれほど二人のことは気に掛けなかった。むしろ目の前の小百合が心配でここまで飛ばしてきたのだから。
「ケガしたって聞いてびっくりしたよ。何かあったの?」
「ええと、まぁ、ちょっと、ね…」
小百合は笑顔だがやはり少し陰りがある。
「あの、フェイザーを奪われてしまって…」
「え? そ、そうなんだ」
「それで…大切なものだからルミさんに聞かなくちゃって連絡入れたら、ルミさんと麗美さんが来てくれて…フェイザーを盗られちゃったって言ったら、ルミさん、そんなことより小百合ちゃんの方が心配よって言ってくれて…なんだか申し訳なくって…」
事情を話す小百合の声がだんだんと小さくなっていく。
「そうなんだ…」
つられるようにタケシのトーンも落ちていく。それを察した小百合は
「あ、でも、ルミさんっていけないんですよ? お医者さんが治療したところ、ちょっと見せてねって取っちゃって、よく聞く薬があるからって勝手に塗っちゃったんですよ? それから元に戻して、これで大丈夫って。いけないんだー。ふふふ」
と、明るく取り繕った。
(ああ、アレか)
ルミが使ったのはおそらく、先日自分も世話になった薬のことだろう。自分に実体験がある以上、その効果は間違いないところだ。
「でもそれ、すごく効くから。アヤシイものじゃないから大丈夫だよ」
「そうなんだ。へぇ。 …ねぇタケシさん。 …あの、ルミさんと麗美さん、なにか様子が変だと思いませんでした?」
「ん?」
さっきの、二人にしてはやけに静かだったことだろうか。
「いや、ここ病院だし、普通じゃないかな」
「そうかなぁ。何か違う気がするんですよねぇ」
「別に…いつもと同じじゃない? オレは何も気付かなかったけど」
「もうっ! そういうの、ダメダメですよっ⁈」
なんと。小百合が腰に両手を当ててお怒りの御様子。
「女の子はそういうところを気遣ってほしいのですよ! そういうところがダメダメな男の人はダメダメなのですよ!」
(女の…子…子…)
タケシは学習している。こういうところをツッコむと、軽く倍はある反撃が来ることを。相手がルミではなく小百合ではあるが、触らぬ神に、の教え(?)通り
「…はい。心掛けます…」
とだけ返事。
「ハイ、よろしい! なんてね。ふふふ」
ツッコミどころを気にするよりも、小百合に笑顔が戻ったことがタケシには嬉しかった。
◆
「ただいまー。タケシくん、まだ起きてたの?」
例によって日付が変わってから帰宅したルミ。しかしタケシはまだ起きており、キッチンのテーブルに着いていた。
「ルミさん、フェイザーどうするんですか?」
「どうする、って?」
「スーツの盗難って重罪なんでしょ?」
「…うん。それはもちろん。でも小百合ちゃんが悪いわけじゃないから。スーツを貸与したのは私。だから当然盗難の責任は私にある。だから問題ないでしょ?」
「いや、問題ありありじゃないですか。ルミさんが処罰されるんでしょ?」
「そうね。 …ふふ、気を遣ってくれてるんだ」
「そ、そう、かな?」
「ありがとう、ね。でもね、私もみすみす処罰されるつもりはない。スーツを回収してしまえば問題ないんだから。でも今は無理。誰がどこで持ってるかなんか分からないのよ。でもスーツを使おうとしてフェイザーを起動してくれれば敵味方の識別信号が出るから、位置を特定できるの。だから、それまでは待機。しかたない、待ちましょう、その時が来るのを」
「そうですね。分かりました」
ルミが考え無しではないことが分かり、タケシはホッとした。それなら自分はルミを信じて指示を待つばかりだ。
「明日も学校なんでしょ?」
「はい」
「何か分かったら連絡するから。ちゃんと授業受けるのよ? 秋山君に叱られても知らないからね」
「ははは…分かりました。よろしくお願いします。それで、あの…」
「何? まだ何か?」
麗美との間に何かあったのか聞こうとしたタケシだったが、ルミは疲れているのか返事がぶっきらぼう。眠れる獅子を起こしては…と思い
「いえ、何も。それじゃおやすみなさい」
日を改めて、とした。早い話、日和ったのである。
◆
翌日、ギャノンズ全員に小百合からメールが届いた。
「退院しました!」
簡潔な1行で元気な様子が伝わってくる。
「早っ⁉︎」
とタケシは驚いたものだ。
だたルミは小百合からもう1つメールを受けていた。
「相談したいことがあります」
その日の夕方、ルミは定時で上がった。小百合と喫茶ルーブルで待ち合わせていた。
「ごめんね、遅くなって」
ルミが店に入ったときにはすでに小百合は待っていた。左の耳にはまだ脱脂綿がテープ貼りされていて痛々しいが、それでも昨日よりはその治療の痕跡も随分と簡素なものになっていた。それでもやはり…笑顔ではあるがどこか力がない。ルミはそう感じた。
「すみません、お仕事中に」
「いいのよ、ちゃっちゃと終わらせてきたから。あ、マスター、ホットコーヒーを1つ、いや、2つで」
「あの、ルミさん、私は…」
「いいのよ、気にしないで。退院早かったのね」
「ええ、ルミさんが塗ってくれた薬がめっちゃ効いて、先生も驚いてましたよ? もう傷口が塞がってお肉が盛り上がってきてるって。これも一応、くらいな感じ。おかげさまでこんなに早く退院できました。ありがとうございます」
そういって小百合は頭を下げた。
「ホットコーヒー2つ、お待ちどうさまでした。砂糖とミルクはこちらに」
「ありがとうございます。むしろ私が謝らなければならない方。小百合ちゃんをこんな風に巻き込んでしまって」
「いえ、やると言い出したのは私ですから。ルミさんが謝ることなんか全然ないですよ。現場って危ないんだよって姉にも言われてますし、元々覚悟はできていました」
小柄な体にまだ幼さの残る顔。にもかかわらずずいぶんと肝が据わっている。
「そう。それで相談って何かな?」
「あの、私はどうしたらいいでしょう?」
「どうしたらって?」
「私も現場に連れて行ってください!」
「いやいや、それはダメよ。スーツも無しで戦おうなんて無茶言わないで」
「私、全然お役に立ててないのにこんなになっちゃって…でも私もお役に立ちたいんです。何かあれば私にもやらせてほしいんです!」
小百合の目は真剣だった。一人の大人として、止めるべきだというのはルミにも分かっている。しかし、その真剣なまなざしをはぐらかすというのは…小百合に対する敬意が欠ける様な気がした。
「そうね…やっぱり現場へ連れていくのは無理」
「そんな…」
「でもね、むしろバックアップをして欲しいかな。今って私とタケシくん、それに麗美さんもいて3人でしょ? 3人集団で動くとき、私が指示を出すようだと実質戦力が減ることになっちゃう。そこで、3人のスーツ管制を小百合ちゃんにやってもらおうかなって。二人はもちろん、私も。小百合ちゃんが出す指示には従うから。どうかしら?」
「そんな大役⁈ 私に務まるでしょうか…」
「務まるかじゃないの、務めるのよ。お仕事なんて大体そんなものなんだから。管制機の使い方はもちろん教える。で、まだ時間が大丈夫なら、これからどうかしら?」
「はい! やってみます! お願いします!」
◆
(どうしてこんなことに…)
タケシはギャノンスーツを相着して外にいた。
デギールが出た!というわけではない。ただ、小百合が管制機を使う練習をする、というので、ギャノンスーツの信号を管制機で受信する、そのためだけに外にいた。しかもビルの屋上である。陽はとっくに落ち、見下ろす街には無数の明かりが灯り、すでに夜の顔になっていた。
10分ほど前。携帯への通話着信。
「ん? ルミさんから? はい」
〈あ、タケシくん? 今なにしてる?〉
「えー、今帰宅途中です」
〈あ、ちょうどよかった。帰ってこないで〉
「…は?」
待ってほしい。居候のルミが帰ってくるな、とは何事か?
〈今ね、小百合ちゃんに管制機の練習してもらってるの〉
「カンセイキ?」
〈それでね、スーツの位置情報とか練習してもらいたいから、どこか遠くで、そうねぇ、できれば高いことろに行ってほしい〉
相変わらずこちらの都合はお構いなし、説明も無しに用件だけをズケズケと言ってくる。もっともタケシも随分と慣れたものだが。
「それってメシ食ってからじゃダメですか?」
〈ダメよ。小百合ちゃんが帰るの遅くなるから。それじゃよろしく。 プチッ ツーツーツー…〉
「…いつものことだけど…腹減ったな…」
グチりながらもタケシは今来た道を引き返したのであった。
◆
「あ、出ました。これがタケシさんなんですね」
管制機はおおよそノートパソコンのような形と思ってかまわない。ただし、ノーパソであればキーボードに相当する部分が液晶のようにつるっとしていて、ポインティングディバイスも兼ねている。その手元の部分に操作すべき項目が表示されるので、それを適宜タップしてコマンドを入れる、といった具合。
「…ずいぶん慣れてる感じね。これ、初めて触ったんでしょ?」
「もちろんですよ。なんだかこれ、『がい☆ます』の操作系に似てるんですよね」
「がいます?」
「そういうゲームがあるんですよ。私得意なんです。ランキングも全国で上位にいて、割とライバルから恐れられてるんですよ? ふふふ」
小百合は次々と手際よく操作していく。
「ここは…あ、こんな感じか」
ルミの説明も無しに、メニューを開いてはコマンドを入れていく。
(この子…むしろこっちの方が適正あるのかもしれないわね)
「…あ、これってタケシさんと通話できるんですか?」
「そうね。これ、使ってみて」
「はい」
ルミが管制機の接続したのはヘッドセットマイクとほぼ同じもの。ただし
「これはどうするんですか?」
「こうして…ね?」
「あ、なるほど」
ヘッドセットを頭に固定する部品からさらに前にアームが伸び、こめかみに当てられる。
「これで脳波を拾ってそちらからも操作できるの。使い方としては」
「ああ、メニューを開くとかは脳波でやって、細かいコマンドは手元で、って感じですかね」
「そ、そうね」
ルミが説明したのは最初の数分だけ。あとは使い方の基本を覚えた小百合が勝手にその他の使い方を覚えていった、という状態。
「それじゃやってみますね…もしもーし。タケシさん?」
〈この声、小百合ちゃん?〉
「そうでーす。なんだかこういうのでおしゃべりすると新鮮ですね! で、タケシさんはずいぶんと…スゴイところにいますね」
〈そういうのも分かるんだ。いや、だって、ルミさんが高いところへ行けっていうから〉
現在管制機の画面ではタケシが立っているビルが立体的に表示されている。簡素であることを除けばほぼゲーム画面と同じだ。
「すみませんね、私のせいで。タケシさんが早く帰ってこれるよう、がんばって早く覚えますから!」
(いつもの調子に戻って来たみたいだな)
通信の向こうでタケシは、小百合の声の調子が明るいことに安堵していた。
「で、オレは次に何をすればいいのか、ルミさんに聞いてみて」
「はいはーい。タケシさんが次はどうしたらいいか、って」
「了解。それじゃタケシくんに移動するよう伝えて。小百合ちゃんはタケシくんの動きをトレース。逃がさないように追っかけてみて」
「了解です! タケシさん、移動してみてください」
「了解!」
小百合はビルの屋上から屋上へジャンプで移動するタケシを画面中央に補足し続ける――――
こうして拍子抜けするほどあっさり、小百合は管制機の使い方をマスターしてしまった。
◆




