第一章 「絆」② 隣人
布団の中のタケシはまだダンゴムシだった。しかし
ぐぅぅぅぅ
不意に腹が鳴る。
「…こんな気分でも腹は減るんだな…くそッ…」
布団から這い出し、時計を見る。
PM9:32
「作るのめんどいな…食いに行くか…」
◆
駐輪場にバイクを停め、夜の街へ歩き出す。まだ何を食べるか決めていないせいかボンヤリとした足取りで宛てもなく。
繁華街を過ぎ、微かに暗がりが増える一画に差し掛かった時。
ーーーー微かにーーーー
絹を裂くような声が聞こえた気がした。
どこだ?
どこからだ?
周囲を見回す。
小悪事におあつらえ向けなビル同士の狭間が目に入る。
ーーーーそこには
少女に馬乗りになった男、周囲を見回し見張りをしている男。2名のゴロツキがいた。
タケシはーーーー
すでにそれへ走り向かっていた。
「やめろーッ!」
馬乗りになっていた男の方へ体当たりをかまし、少女から剥がしとることに成功した。
「逃げろっ! 早くっ!」
コトに及ぶ前だったのが幸いか、少女はすぐさま立ち上がると人気の多い繁華街の方へ向けて走り去っていった。
それを見届け、ふっと笑みを漏らしたタケシであったが
「テメェ、何してくれてんだヨォっ!」
転げたタケシの顔めがけ蹴りが飛び、防ぐ間も無くまともに喰らって吹き飛ばされた。
「何なんだコイツはよォ。正義の味方ぶってんじゃねぇ」
「ゴハァッ⁉︎」
仰向けのタケシの腹を踏みつけられた。
「よッ!」
「オラ、立てよ。やろうってんだろ!」
ゴロツキの一人がタケシの胸ぐらを掴み、引き持ち上げる。それに合わせタケシもフラフラと立ち上がると、顔に一発。
「よぉ! コイツ、捕まえとけ」
タケシをもう一方のゴロツキへ投げ渡すと
「クソが。今夜は一発ヤってスッキリできると思ってたのによォ。萎え萎えだぜェ!」
両腕両肩を羽交い締めにされ、タケシはサンドバッグになるしかなかった。顔に、腹に、腿に、拳が、膝が何発も入る。
「正義の味方ヅラしてこのザマかよォ! オラァッ!」
腫れて薄く開く瞼から、暗がりで生き生きと殴りつける相手の顔が見えた。
ふいに
「こんばんは」
マウントを取って誇らしげな気味の悪い顔の向こうから、声がした。
「アイサツぐらいしろやァッ!」
次の瞬間、タケシの前からその気味悪い顔は剥がし取られ、代わりに見えたのは
「テメェら、俺らのシマで随分好き勝手やってくれてんじゃんッ!」
チンピラだ。
もう秋だというのに、素肌に赤地のアロハシャツ、白いズボン。金髪のパンチパーマ。腕に首に金色のアクセサリーをジャラジャラとさせている。見るからにそれと分かるチンピラだった。予告もなく、そのチンピラはゴロツキの顔に右ストレートを捻じ込む。
チンピラはもう一人いた。羽交い締めしていた者をタケシの背中から剥ぎ取ると、やはり問答無用で殴りつけ
「ヤるからにはヤられる覚悟はできてんだろうなァッ!」
壁まで追い込むと同時に膝蹴りを腹に入れる。
そしてもう一人。ビルの合間の暗がりから、杖を持った和装の老人が現れた。カンカン帽を被り、家紋の入った羽織を着ている。
「ふぉっふぉっふぉ。随分と『いい顔』になっとるの」
「アンタは…?」
「ワシのことはどうでもいい。君、風音タケシ君じゃな?」
「えぇ…そうですが…」
「早々に見つかって良かったわい。さてどれ、奴に連絡をしてやろうかの」
そう言って老人は懐から携帯電話を取り出した。
「…城山じゃ。オヌシの探しておったボウズを見つけたぞい。なかなか漢らしい良い面構えになっとるがの…分かった、伝えておこう。いや、礼には及ばん。刑事のオヌシがワシらに礼を言うのもおかしいじゃろうて。まぁそのうちにな。では失礼する。 …風音君とやら、駅前に『シルクハット』っちう喫茶店があるじゃろ。そこへ行け」
「はぁ…」
「そこで刑事の林と合流せい。ヤツはオヌシを探しておったぞ」
「林…さんが?」
「ここは我らに任せておけ。アレらには色々聞きたいことがあるからのう。ああ、守人殿によろしく伝えておいてくれ」
「守人…ルミさんに? 一体どう言う…」
「細かいことは詮索せんでええ。早よ行ってやれ」
老人の向こう側では完全に伸したゴロツキたちに追加の蹴りを入れながらチンピラたちがにこやかに手を振っている。
「ルミさんによろしく!」
だそうだ。
◆
指定された喫茶店『シルクハット』に着いた。店内を覗くが林の姿はない。自分の方が早く着いたらしい。空いている席に座り、コーヒーを注文。間も無くやってきたそれを一口啜る。
「っ! ツゥぅ…」
口の中を切っているのであろう、コーヒーが滲みる。
程なく林がやってきた。タケシを見つけると軽く右手を挙げ挨拶、席へやってきてタケシの正面に座った。
「城山のおやっさんから聞いてはいたが、ずいぶんこっ酷くやられたもんだな」
「ええ、まぁ」
自分の顔がどれほどのことになっているのか分からないタケシは、何となくそれを見られるのを躊躇い、下を向く。
「色々話したいことはあるが、まずはこれを」
上着の内ポケットから出したのは携帯電話。タケシのものだった。
「これ…どこに…?」
「教団施設で爆発があったのは知ってるか?」
「いえ…」
「ふむ…爆発現場から少し離れたところでこれを見つけた。見覚えがあったんでこっちから掛けてみたら鳴ったんでな。やはり君のだったか」
「ええ…ありがとうございます」
「どうした? さっぱり元気がないな」
「…ちょっと…いろいろありまして…」
「ふむ…シューニャデーヴァの件も含めて、こっちの捜査状況を報告したいと思うんだが」
「オレが聞いて差し支え無い範囲でなら伺います」
「分かった。じゃあまずはこちらの捜査状況の報告だ。我々は教団施設内に踏み込み、中にいた人たちを救出。総勢153名を保護した。教祖と言われる『バグワーン』こと本名『浜森哲夫』は死体で発見。背骨、頚骨が折れた状態だった。保護された人たちのうち、教団で道場と呼んでいる場所で17名、他は休眠場と呼ばれる場所で保護した。ここまでで質問はあるかな?」
やはり…バグワーンは死んでいた。となればその犯人はタミコ、ということになってしまうのか? 余計なことを言わないように、とは思うものの、それでも彼女のことが気になった。
「…夏本…彩さんは…? 広告塔だった…」
「うむ…個人情報なんだが…君は事情を知っているだろうからな。保護はされたが…他の人もそうだが、EHを使われていてな。みんな昏睡に近い状態だ。それぞれ状態は違うが、彼女の、夏本彩の場合は、ちょっと深刻でな。詳しくは検査の結果待ちだが、医者の話では脳に大きな負担が掛かっていたようで今のところ回復の見込みが立たないそうだ」
「脳… …そう…すか」
タケシはポツリ呟き、項垂れた。
「何か知っているのか? あそこで何が起こったのか」
どこまで語って良いのか? ルミのことは少なくとも口にはできないが、タミコのことは…
バグワーンとの関係。
嫌な想像しかできないが、それは想像でしかない。それに、それを話すことでむしろタミコを汚してしまうような気がした。それでも何も喋らないわけにはいかない。林は自分を信用して情報を開示した。それに報いたいと同時に自分の中の「記者魂」とでもいうモノが疼くのか、あそこで起こったことは全て詳らかにして世に知らしめたい気もする。
だからタケシは話した。あの日、あの場所で起こったことを。タミコについては彼女に不利にならないよう、言葉と内容を十分に吟味して。まるで地に落としてしまった食べ物から汚れたところを摘み取るように、丁寧に。丁寧に。
そしてこれも記者魂か、時系列に沿って、順番に話す。やがて問題のシーンに差し掛かる。タミコが、嬌声と共に怪物に変貌していく。タケシの胸中には…怒り、絶望、猜疑…様々な感情が湧き起こり、混ぜこぜに渦巻き、言葉が出なくなった。その代わりか、涙がただただ溢れる。
「タミちゃん…夏本さんは…ヘブンで心神喪失で…それで…それで…」
「無理に語らなくてもい」
「オレは…」
林の言葉を遮るようにタケシは言った。
「…助けられなかった…彼女を…悲しいことはいつも遠くで起こって…オレは結果だけを見せつけられる…」
「ふむ…」
林は背もたれへ体を預け両手を組み、穏やかに言った。
「タケシ君。君は神にでもなるつもりか?」
「…え?」
「人は知り得ぬことを知ることはできない。前にも言ったろ? 俺たち警察だって、犯罪が起こることが予測できるならいくらでも未然に防いでやるさ。でもそれは無理だ。そうだろう?」
「…はい」
「それでもあるったけの情報を集めて、できることはやってみる。それで何も起こらなかったというなら、それは未然に防いだって言えるだろう。まぁ、何事もないなら警察は仕事をしていない、って言われてしまうんだがな。それでいて何かあれば叩かれる。損な役回りさ」
苦笑しながらそこまで言うと、林は冷めたコーヒーを一口啜り、続けた。
「彼女との間で何があったのかは知らないが、君はできることをやって、それでいいだろう。あまり自分を責めるな」
「…はい」
林の言葉に、自分の中でグルグルとトグロを巻いてループしていた思考の尻尾が見えた気がした。
「さて、ここから先は君の意見も聞きたいのだが、まずはこれを見てくれるか」
「…石廊崎?」
「違う。もう一つ、こっちの写真を」
「…デカい…」
「そうなんだ。もうこれ穴というよりクレーターだな。これが教団敷地内の、本堂がここで、この辺りに」
「あ、ここ…工場があったところです。ヘブンの。あ、これ、写真です」
タケシはスマホで撮った工場内の写真を見せた。薄暗い中を撮ったので不鮮明ではあるが、確かに何かの製造をしていることは確認できる。
「なるほど…やはりそうだったか… …尾辺梨紗の自宅が破壊され、尾辺が死んだことは知っているか?」
「いえ…」
「これは憶測だが、どちらもEHあるいはDの痕跡があったところを破壊したんじゃないか、と考えている」
「D…? あ、そういうことか。でも、どうやって?」
「それが分からないから憶測なんだ。証拠が欲しいところだが、現場には何も残ってないからな。またもや、でもあるんだが…ここまでの話で、君の意見を聞きたい。タケシくん、どう思う?」
「尾辺って人の家の件…あの、全ては言えないんですが、仲間がそこでヘブンを使われたって…それでしばらく体調を崩していて…」
「この間君が言ってた『傷付いた仲間』って人かい?」
「はい。だから少なくともそこにヘブンがあったことは確実です」
「そうか…その人は、今は? 入院でもしているのか?」
「いえ…少し寝込んでいましたが、体調が戻ったようで、普通に」
「そうか。随分と詳しく知っているな」
「ええ…一緒に暮らしていますから」
「一緒に…? そうかッ!」
急に林がガタッと立ち上がったもので、タケシはビクッとなった。
「そうか! 君は一人ではないんだな! そうかぁ、いや、心配していたんだ。あれだけのことがあったんだ、一人で塞ぎ込んでいるんじゃないかって。そうか、もう一人じゃないんだな…うん…」
林が涙ぐんでいる。こんなに自分を心配してくれた人に会ったのは、タケシにとっては生涯初めてかも知れない。
「…でもオレ…どうしたらいいのか分かんなくて…全然喋ってなくて…」
「それはイカン!」
今度はテーブルをドンと叩く。またビクッとした。
「それはイカンぞ。遠くの身内より近くの他人とも言うからな。何でも気になることがあるなら、その人に話してみるといい。俺は気にかけてるとは言えいつでも近くにいてやれるわけじゃないからな。もう君は一人じゃないんだ」
「一人じゃ…ない」
林が連呼する「一人じゃない」という言葉が新鮮に感じられた。タケシにとっては一人でいることは当たり前だったから、それを意識をすることすらなかったのだ。
「なるほど、分かった。それならこんなところでウロウロしてちゃイカン。早く帰って、その人と話してみろ。スッキリするだけじゃなくて、何か新しい道が開けるかも知れんからな!」
「は、ハイ!」
「あと、夏本彩の件も、その件、君が誰と暮らしてるかとか、その辺は俺は何も聞かなかった。そして詮索しない。約束する」
「あ、ありがとうございますっ!」
タケシは立ち上がり、伝票を掴もうとすると林に遮られた。
「早く行け!」
語気ハッキリと、しかしにこやかに林は命じた。
「ありがとうございますっ! このお礼は、必ず!」
「気にするな。同居人の人によろしくな」
「ハイっ!」
店を出たタケシは、バイクを停めた駐輪場へ走った。
◆
帰宅すると明かりがついていた。すでにルミが帰って来ているようだ。
「ただい…ま…」
今朝のことを思うとちょっと決まりの悪いタケシは小声で家に入る。ダイニングで待っていたのだろう、すぐさまルミが玄関先へ出てきた。
「おかえり。どこへ…何その顔ッ⁉︎」
「あの、ルミさん、オレ…」
「いいからまずおうち入って! 手当するから!」
タケシをダイニングで座らせるとフェイザーから応急処置キットを出し手当て、多少痛みは残るものの腫れや傷は驚く速さで消えていく。
「すげー…」
「ワステロフィの現場じゃこの程度の傷で前線を離れるわけにはいかないもの。だからその辺の医療技術はこの星よりも進んでいるわね。とは言え、細胞の新陳代謝を促進してるだけなんであまり使い過ぎるとお肌の老化が早まっちゃうの。だからワステロフィじゃ、特に女性陣はみんな、おばあちゃんになってたまるか、って必死に訓練するのよ」
ルミはフフっと笑いながら、それでもてきぱきと手当てを進める。
「これでよし、と」
最後に一枚絆創膏をタケシの顔に貼るとゆっくりと立ち上がり
「よければ…何があったか、話してくれる…かな?」
「はい」
タケシの向かいの席に座り、今し方まで街であったことをルミに語った。
「あー、それ城山組の組長さんだわ。俗に言うヤクザの親分ってやつね」
「え? お知り合いですか⁈」
「そのおじいちゃんと一緒に、若いコが二人、いなかった?」
「ええ、いましたが…」
「昔、その二人、ブン投げたことがあるんだわ、私」
「はぁっ?」
「だって、ノックも無しに編集部に入ってきて暴れようとしたのよ? ヤるつもりならヤられる覚悟はしとけって話よね」
「はぁ…」
「でもホントに約束守ってくれてるのね、また助けられちゃったわ。お礼したいけど、反社組織にお礼っていうのもね。まぁ、今は心の中でだけってことで」
「それから…林さんに会って…」
「林って刑事の人?」
「はい。それで…一緒に住んでる人と、ルミさんと話し合えって言われました。もちろんルミさんの正体は言ってません。それでも林さんは構わないって言ってくれて…」
「そう…でもね…今日一日、仕事しながらタケシくんのこと考えてて…よく考えたらタケシくん、まだ19なんだもんね。私が19の時なんか…まだ何にも考えてなかった。ワステロフィには行くつもりで警察大には行ったけど、まだ先のことなんかボンヤリでね。それ思い出したらね…今の状況が酷なんだもの。分かってあげられればとは思うけど、私も一杯いっぱいなの。ゴメンね」
「いえ、ルミさんが謝ることは…」
「彼女、夏本さんのことも、あなたが言わないなら私も聞かない。どういう関係だったとか、そういうの。で、彼女のこと、あの後のことは何か分かった?」
「入院しているそうです。脳のダメージが酷いそうで…」
「そう、か… あ、ゴメン、聞かないって言ったばかりなのに」
「いえ…」
「大体…」
ルミはふうっとため息をひとつ吐いて、続けた。
「スーツ無しなんかでどうして戦おうとしたの?」
「襲われてる女の子を見て…カーっとなっちゃって…それでもオレ…今日は護れたんです! スーツ無しでも、オレ、護れたんですよ!」
「⁈ …そう」
まるで今日の出来事を嬉しそうに母親に報告する子供のようなタケシを、ルミは優しく微笑み、受け止めた。
◆
ツイッター(現X)にてオープニング/エンディング曲をアップしています
エンディング曲『START』
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