第一章 「絆」① 無力
ツイッター(現X)にてオープニング/エンディング曲をアップしています
オープニング曲『この世ひとりの君ならで』
https://x.com/HanashioKikei/status/2098250176095748122?s=20
URLをコピペしてご覧ください
コンコン
「私、お仕事、行くね… …じゃ…行ってきます」
ガチャ
キィィ…
パタン
…カチャン
シューニャデーヴァの一件から翌日。
自宅に戻ってからずっと、タケシは自分の部屋に籠りっきりだった。呼んでみるも返事はない。困り果てたルミではあるがどうにもしようがない、とりあえず編集部へ向かうのであった。
一方部屋の中のタケシ。眠っているわけではない。むしろその逆で、目は爛々と見開き、ベッドの上で布団を被り、膝を抱えてダンゴムシのように蹲っていた。
「どうして…なんで…」
ずっとこの独り言を繰り返し、思考はループしたままだった。
◆
17:00妙瑛ビル5F廊下。普通の企業ならば終業とばかりにワラワラと人が出てくるのだろうが、あいにくここは出版社。「定時? 何それ、食えんの?」という業界だ、廊下には今も朝昼晩と忙しそうな人々の往来が続く。
ルミとて普段は定時食えんの?組なのだが、今日は様子が違う。家に残してきたタケシのことが気掛かりで一日中そわそわ落ち着きが無かった。普段のタケシなら締め切り前日には入稿に来るのだが、やはり、というか、今日は来なかった。まだ閉じ籠ったままなことは容易に想像が付く。痺れを切らしたルミは定時上がりを申請するが、それは驚くほど呆気なく通った。普段の行いの賜物とも言えるが、むしろ普段は「もう少し、もう少し」となかなか帰らないルミ、その上、先日の無断欠勤のこともある。編集部員も彼女に対してナーバスになっていたのだ。
そそくさと帰り支度をし、「お疲れ様でした」とドアを開けると
「ル〜ミちゃぁ〜ん、こぉ〜んばぁ〜んわぁ〜」
ドアの反対側、廊下の壁面に腕を組んで寄りかかっていた麗美に呼び止められた。
「え? あ、あの、こんばんは」
虚を突かれオーム返しにあいさつを返すルミが何だか麗美の雰囲気がいつもと違うと感じたのも束の間。
「ル〜ミちゃぁ〜ん、ちょぉ〜っとおトイレ付き合って〜」
「あの、私、今日は急いでて」
「いいから〜。ちょっと付き合ってねぇ〜」
麗美は有無を言わさずルミの腕を引いてズンズンと歩き出した。
「あのッ? ちょ、ちょっと⁈」
休刊が決まり空き部屋となった編集部のその先、あまり人が来ない女子トイレ、その個室の中へドンと押し込まれる。麗美は後手で鍵をかけ、壁ドンでルミの逃げ道を塞いだ。
「麗美さん、これってどう」
「あーのさー。今日ってだぁりん、来なかったよね。いつもなら締め切りの前日には入稿に来るんだけどぉ。何で?」
麗美はルミの言葉を遮り、問答無用で一方的に話し始めた。いつものように戯けているようで、違う。麗美の目は笑っていない。
「タケシくんは…なんか、部屋に篭っちゃって…呼んでも返事が無くって…」
私だってどうなっているにか分からないのに、と聞かれたくないことを聞かれたルミの答えは弱々しかった。
「ふぅぅん。ルミちゃんさぁ、アナタにとってタケシくんって何なの?」
「何なの…って…」
麗美に改まって聞かれ、返答に詰まる。
「…部下」
「そんならさぁ、部下のメンタルケアってのも上司の役割なワケよ」
麗美はグイッとルミへ詰め寄る。
「昨日のさぁ、変な宗教の施設でさぁ、タケシくん、泣いてたじゃない? 事情があったんだろうけどさぁ、それに対して、ルミちゃん、冷たく無いかなぁ?」
「そ、そう、かしら…」
麗美の視線がチクチクと突き刺さるようで、ルミはそれを見据えることができず、目を背けた。
「そうかしら、じゃなくってさぁ。私ね、知ってんのよ。タケシくんが今までずっと一人で生きてきたってこと」
「…え…?」
◆
「あれあれあれ? あれって…」
まだマンスリーに入稿するようになって間もない頃。入稿を済ませたタケシは大学の次の講義まで時間があるからと編集部近くで昼食を済まそうと牛丼屋に入っていく。
「今のって、マンスリーに来た新しいコ、よねぇ?」
昼休憩でランチに出ていた麗美がそれを見かけた。
「なぁんかぁ、初々しくてカワイイじゃなぁ〜い。う〜ん、若いってイイわねぇ。ちょぉ〜っと、ちょぉっとだけ、お近づきになっちゃおうかしら。うふふふ」
と、タケシを追って牛丼屋に入る。入った店内を見渡せば、カウンター席に座ったタケシの隣がおあつらえ向きに空いていたのでしれっとそこへ収まり、「アタマの大盛りお新香セットとたまご」を注文。そして
「ねぇねぇ。キミってマンスリーに入った新しいコでしょ?」
と声を掛けた。
「え…⁈ あ、はい。っていうかオレ、アルバイトなんですけどね」
よもや牛丼屋で隣の女性から声を掛けられるなど予想だにしていなかったタケシゆえ虚を突かれ狼狽えたが、声の主は何だかしっとりとした優しい笑顔でいるものだから警戒心は瞬殺された。もっともそれは、普段接している年上の女性上司が氷の毬栗のような言葉を掛けてくるルミだから、という理由もあるのだが。
「バイト⁈ 社員じゃないの?」
「大盛りお待ち」
「どうも。違いますよ。まだ学生ですから」
「そうなんだ! なんかしっかりした感じだから新入社員かと思ってたわぁ」
「アタマの大盛りお新香セットとギョク」
「はぁい、ありがとうございま〜す」
「しっかりなんて言われたの生まれて初めてですよ。その、えっと」
「ああ、自己紹介まだだった。ゴメンねぇ。私は緑川麗美。月刊ミスティの編集やってま〜す」
と、麗美はハンドバッグから名刺を出してタケシに差し出す。
「緑川さん、ですね。あ、オレ、名刺って持ってなくて」
「バイト君なら仕方ないわよねぇ。あと、私は麗美、でいいわよぉ〜」
「え…あ、はい。麗美、さん」
「はぁい。うふふふ。あ、キミは?」
「風音タケシっていいます」
「タケシくん、でいいかな? お昼はいつもこの辺で食べてるの?」
「いえ、今日は入稿があったんで、ガッコ行く前にこっちで食べちゃおうかなって」
「入稿って、記事書いてるの?」
「ええ。秋山さんに勧められて、それで。まだ駆け出しですから採用率は半々ってとこですけど」
「へぇぇ。すごいなぁ」
「そ、そうですかね?」
それはおだてかもしれないが、それでも褒められれば嬉しいものだ、タケシの表情も緩む。
「あ、早く食べないと時間なくなっちゃう〜」
「あー、すみません、オレが色々話しちゃって時間が」
「いえいえ〜私が話しかけたからって、エエエエエエエエエエエエエエ? 何その紅生姜⁉︎」
「あー、オレ、書類整理とかそういう雑務でバイト代は貰ってますけど記事の方は稼ぎがまだまだなんですよ。だからこう、大盛りのごはんを掻き込むにはそれ相応の紅生姜が必要で。肉、足りないですから。バイク、大きいの欲しいんでがんばって貯めてるんですよ。だから特盛に卵つけるのは夢、ですかね」
「ふふ、あははは。そっか、タケシくんなら大丈夫だよ。きっと。あ、ゴメン、冷めない内に食べちゃお」
「はい」
二人それぞれ自分が注文した品へと取り掛かった。食べながらも麗美が話しかける。
「タケシくん、バイク欲しいんだ」
「欲しいというか、今乗ってるのはオヤジのお下がりなんですよ。やっぱり自分の稼ぎで乗りたいですから」
「へぇ。あ、でもそれなんかステキねぇ。お父様と2代に渡って乗るなんて。お金、おうちの人から借りれたりしないの?」
「あー、うち、親がいないんですよ」
「え…だって今、お父様が、って…」
予想外のタケシの言葉に麗美は困惑する。
「5年…6年前になるのか、家族揃って行方不明になっちゃったんですよ」
タケシはそれを事も無気に語るが
「…なんか、立ち入ったこと聞いちゃった、かな…ゴメン」
触れてはいけないものに触ってしまった気がした麗美はシュンと縮こまる。
「え? いや、別にそんな謝るほどのことでも無いですよ」
「え、だって」
「聞かれたから答えたってだけで、別に隠すようなことでも無いですからね。あ、その、麗美さん、でしたっけ、そんなに気にされるようなことでは無いですから」
「…うん…」
シュンとしている麗美…実は気落ちしていなかった。いや、気落ちはしていたのだが、隣に座るタケシがモリモリと食べるのを横目に見て
(うわぁ…すっごい、モぉリモリ食べてるぅ…やっぱりオトコノコは違うなぁ…)
と変なところに感心、思っている自分もタケシにつられ具が2倍の牛丼をモリモリと食したのであった。
「ふぅ、ごちそうさま。さて」
と伝票に手を伸ばしたタケシの先からヒョイっと麗美がそれを奪う。
「え? あの」
「お姉さんに奢らせなさぁい」
「そんな…悪いですよ、初対面の人になんか」
「いいじゃなぁい? 私は一人寂しくランチするところを話し相手になってもらったんだ・か・ら。そうだ! ねぇねぇ、今度また一緒にランチしない? 余計なコト聞いちゃった、お・わ・び、に。ベイ・ビューでも相模でもごちそうしちゃうわぁ。あー、飛車角も良いわねぇ」
「それって全部高級なトコじゃないですかッ⁉︎」
「キミと楽しいひとときを過ごせるならお安いものよぉ〜。うふふふ」
麗美の笑顔はイタズラっぽくも楽し気だった。
会計を済ませ店を出る。これよりタケシは駐輪場へ、麗美はミスティ編集部のあるフロアへ向かうのだ。
「それじゃ午後のお仕事もがんばってください」
「うん、ありがとう。じゃぁねぇ」
駐輪場へ向かうタケシの背中をヒラヒラと手を振って見送る麗美だったが。
(あれ…? どうしちゃったんだろ、私…こんなに胸がドキドキしちゃって…ときめいちゃってる、ってコト? あんなに年下のコに? …でも…!)
それは彼女が生涯で初めて感じたキモチだった。
◆
「タケシくんはさぁ、それ、事も無気に話してくれたから気にしなければ気にならないけどさぁ、それでもね、困った時も、悲しい時も、彼、ずぅぅぅっといっつも一人でやってきたワケよ。多分ね、タケシくんって、他人に甘えるのがヘタ。甘え方を知らない。だから本当に苦しくて助けて欲しい時でも、彼、それ抱えたまま何も言わないよ、きっと。それをさ、じゃあ大丈夫なんだな、って見過ごしていたら、彼の中で消化しきれないモノがどんどん溜まっちゃうよ? そしてね、いつかそれは… …爆発する」
心当たりはある。確かにタケシは何でも一人でやろうとする。それは共に行動しているルミだけによく分かる。が、廊下でたまに会う程度のアルバイトの学生相手によく見ているものだとルミは思う。同時に自分には思いもよらないところまで考えているのだと、一緒に住んでいるほどの関係でありながら気付かぬ自分を指摘され、ルミは自分が情けなくなった。
「私はね、あの子と結婚するっての、結構本気で考えてんのよ。結婚してあの子を引き取って、今までできなかった分、思う存分甘やかしてあげたいの。甘やかすのが良いか悪いかなんか分かんない。けど、それでもね、私は彼を幸せにしてあげたいのよ。分かるっ?」
バアンッ…
それはたいして大きな音ではなかったかもしれない。麗美がトイレのパーティションを叩いた音が殊の外大きく聞こえ、ルミはビクついた。
「だからね、タケシくんをアナタの使い捨てのコマにするってなら、私、アナタに全力でタテ突くよ。 …言いたかったのはそんだけ」
いい終わるが早いか、麗美はトイレのドアを開け外に出る。
「んんーッ! さーって、残業がんばろー!」
大きくノビをしながら言うセリフはいつもの麗美。ルミはまだトイレの中で俯いたまま動けなかった。
「麗美…さん…」
◆




