曽祖父と祖父と
祖先の地は秋田県の平野部だった。元は豪農の、末端だったのだろうか、mapで見ると総本家を囲む家々の外周部、里山の縁にあった。
北海道へ移り住んだのはたぶん昭和3年か4年。祖父は祖母と大正15年に結婚、昭和3年4月に長男(本家のおじさんと私は呼んでいた)が秋田で出生している。長女が生まれた昭和5年4月には北海道で出生しているので、この間に北海道に入ったと思われる。
北海道に移り住んだのは祖父母と長男だけではなく、祖父の兄夫婦と長男長女次女、そして曽祖母だった。旧民法の家制度の戸籍なので、戸主が祖父の兄(次男)で、その籍に弟である祖父(三男)の一家も入る形である。ただ、本籍地は昭和19年まで秋田のままだった(秋田県から北海道に転籍届が出されている)。昭和23年に戸籍制度が変わって夫婦とその子を単位家族とする制度になったが、戦後の混乱もあり、戸籍が家族ごとに分離されたのは昭和32年であった。なので、それまでの戸籍の出入りが除籍謄本や改製原戸籍で辿ることができる。
北海道に移り住んだのは一族の中でも末端の方だったろうか。本家筋から元の住居が離れていること、曽祖父が大正7年に亡くなって家督を継いだ祖父の兄が秋田に残らなかったので大した財産を持たなかったため、後に北海道に入植した可能性がある。曽祖父と祖父の兄と祖父の名前の通字は、意味の重いものではなかった。もしくは曽祖母の父が同姓なので、曽祖父が婿養子に入った可能性もある(曽祖父より祖先の戸籍は、今回請求していないため、詳細は不明である)。
後に私の従兄弟(本家のおじさんの長男)が秋田の父祖の地を訪ねたことがある(昭和60年頃か?正確な時期は不明)が、同姓の人を訪ねても誰も祖父や曽祖父らを知らず、寺の過去帳を見て初めて一族(の末裔)であると認識された、と聞いた。これからも一族の中では重い立場ではなかったことが伺える。
まあ、北海道に入植するものは皆、食い詰め者の末裔である。そうでなければ父祖の地を離れて新天地に入植する、ということはなかっただろう。一方では昭和3年頃は東北での大凶作は発生していない(昭和6年及び9年が特筆される)し著明な災害もないので、田畑を得るために新天地に入植したと考えるのが順当である。
生活に困らないのに北海道でわざわざ新規営農しよう、なんて奇特な人は、TVドラマ「北の国から」以降、昭和末期〜平成以降である。田中義剛氏は花畑牧場で大成功を収めたが、20年30年頑張って離農する人も一方では居る。
故郷の町で農業法人をやっていたはずの家が、10年ぶりに通ったら看板が外されていた。
(2026/7/12 15:32 豪族→豪農 に訂正)




