25.真実
ルカが呟いた言葉は、しっかりと耳に届いた。僕のことを信じてくれていたようだ。本当に、あの時は……みっともない声を聞かせてしまったな。
「ルカ! ここを切り抜けたら君についていく。まずは、退路の確保だ」
「ああ。派手にかましてやろうぜ!」
ルカが意気込んでくれる。……君ならそう言うと思ったよ。
「悪いけど、もっといい方法がある」
喋りながら僕は、ポケットに手を入れた。そして、中に入っていた物体を握りしめる。
「あ?」
「弾けるぞ!」
僕は、握りしめた閃光弾を取り出し、ピンを抜いて地面に叩きつけた。炸裂する直前に目を閉じ耳を塞ぐ。つんざく高音が鳴った後、目を開いた時には、パシーヴァの社員たちは皆その場に倒れて苦しんでいた。
「ルカ。大丈夫かい?」
振り向いてルカへ呼びかける。
「びっくりしたぜ。やるなら言ってくれよな」
「悪かった。僕も活躍の場が欲しくてね。……さあ、ジャミを連れていこう」
「ああ」
ルカと力を合わせ二人でジャミを担ぎ、できる限り早く正面を抜ける。いささか遠く後方より人の騒ぐ声がする。社員たちが僕たちを追う準備をしているのだろう。
「車の場所は?」
早足で駆けながら隣のルカへ尋ねる。
「突き当たりを右に行った垣根の裏だ。運転は任せろ」
ルカの案内通りに走っていく。やがて車へと到達した。二人がかりでジャミを後部座席に寝かせる。そのまま僕も後部座席に、ルカは運転席に座った。
「ロープとかあるのかい? 拘束するための」
ルカがアクセルを踏む。僕たちを乗せた車は発進し始めた。
「助手席にあるヤツ使ってくれ。……と、その前に」
助手席へ手を伸ばそうとしたその時、バックミラーに反射する光が目に飛び込んだ。進行方向と逆の方へ視線を向ける。ヘッドランプを灯した車が追いかけてきていた。
「対処しねぇとな」
「銃は?」
「いつもんとこに」
身を屈めて座席の下をまさぐる。隠されていた拳銃を手に取って、今度は天井のルーフを開けた。
「ルカ」
「わかってら」
乗車中の左右に揺られる感覚が途絶える。ルカがハンドルを固定してくれたんだ。僕は、ルーフから身をさらけ出した。走行中の車から身をさらして肌に触れる空気は、あまりにも冷たい。冬の夜風に切り裂かれそうだと感じる中、僕は追手へと拳銃を構える。銃口をタイヤへと向けて、そのまま発砲した。弾は前輪へと命中し、追手は置き去りになっていった。車内へと体を戻し、ルーフを閉める。
「いつだったか、似たようなことあったよな? あん時は俺が撃ったけど」
「そしてその後、百発百中だなんて言ってさ」
「間違ったことを言ったつもりはねぇぜ。二発だろうが全部当たれば百発百中だ」
「否定はできないな」
短く雑談を終え、僕はスマホを起動して協力者へと電話をかけつつ、助手席のロープを手に取った。
「__もしもし」
通話をスピーカー状態にする。
「フリスク。僕は今ルカの車に乗っている。君もパシーヴァ本社の近くから移動してくれ」
「__わかった。どこへ向かえばいい?」
ロープでジャミの手足を縛りながら質問に応える。
「ルーンベルク中心地区の酒場ダスビーという場所で集合しよう。その後は……」
「ダスビーでいい」
ルカが運転しながら助言してくれた。
「拠点だとすぐに探られるかもだろ。マスターに匿ってもらおうぜ」
「……だね。フリスク、このまま酒場ダスビーに集合だ。そこでジャミを脅す」
「__了解だ」
「じゃあ、また」
ジャミを縛り終えると同時に通話が終了した。使わなかった分のロープを助手席へ放り投げる。
「今の声の人がお前の協力者か? 女性だったんだな」
「意外だったかい?」
「ああ。何故だかお前がカチューシャさん以外の女性と絡んでる印象なくてな」
一途って言ってるのか、経験が少ないって言ってるのか、一体どっちなんだ。と問いたかったがやめておこう。
今も気絶しているジャミの顔へ目を向けた。……今までよくも好き勝手やってくれたな。これから、お前の口から真実を吐き出させてやる。
まだ夜は始まったばかりだ。長い尋問になることだろう。僕は、冷たい空気を深く吸って気を引き締めた。
そうしたところでひとつ、心配事が思い浮かんだ。
「……そういえば、酒場ダスビーにも見張りの警察がいるはずだけれど」
「それなら心配すんな」
ルカを見ると、ニヤついたような顔つきをしていた。
「へへっ。俺にも協力者がいるからな」
「__はっ!?」
ダスビーに到着した後、少ししてからジャミは目覚めた。ジャミの目の前には、僕とルカが立っていた。マスターも少し離れて椅子に腰かけているし、フリスクも壁にもたれかかっている。
「お、お前たちは……」
「早い目覚めで結構なことだな。おかげで長くお喋りできそうだぜ」
ルカが言う。ジャミは、歯ぎしりしながら椅子に縛りつけられた足と背もたれの後ろで縛られた手を激しく動かそうとする。その足掻きが生んだのは、ギシギシと椅子が軋む音だけだった。
「ジャミさんよぉ。さっそく尋問といきてぇところだが……」
言いかけるとルカは、右手拳を振り上げてジャミの頬を殴った。鈍い音が響く。
「……なにも聞かずに殴るヤツがいるかい?」
「安心しろ。今のは、親父の分だ」
なにをどう安心すればいいんだ。
もろに拳を喰らったジャミは、絶望したかのような弱々しい目つきでルカを睨みつけた。
「まだまだ返し足りねぇけどな。それじゃ、始めだ」
ルカが告げる。僕は、一歩進んで尋問を開始した。
「かつて僕たちが脅したダレントの社長。生前、彼は、パシーヴァから巨額の利益を生み出せる計画に加担するようそそのかされていた。……その計画とは一体なんだ?」
「……言えない」
ジャミは、俯いて細々と答えた。
「自分がどういう状況かわかっているのか? ルカ、もう一発……」
「答えられないのだ! それを答えたら、私は殺されてしまう!」
叫び声が轟いた。ルカと目を合わせる。少しして、僕はジャミへ向き直った。
「どっちにしろ話してもらうけれど、今の質問は最後に回してやる。……じゃあ、ダレントの社長を殺害した犯人は誰だ?」
ジャミは、だんまりになってしまった。しばらくしても答える気配がない。それを見かねたルカが鬼の気迫で叫んだ。
「応じろ!」
また俯いて、ジャミは小さく口を開く。
「……私たちパシーヴァの人間だ。ダレントの社長の件が脅し屋の仕業だとわかった直後にマルカルスが企てたのだ。濡れ衣を着せるために」
やはりか。最終的に僕たちに脅し屋として生きてきたことを後悔させるため……。
「そうか。次……」
「待てよクラーヴジヤ。俺も聞きたいことがあるぜ」
ルカに肩を叩かれる。
「重要なことかわかんねぇけどよ。ジャミ。パシーヴァが一年と半年前に実施した大規模な人員削減は、なんのためだったんだ?」
人員削減……。マークスが言っていたということについてか?
「理由も知らされず解雇されちまった可哀想なヤツが知り合いにいてな。教えてくれたら、ちっとは報われるぜ」
「……パシーヴァの計画に着いてこられるだけの人間を選別したまでだ」
「ほーん。やっぱりな」
答えを聞くとルカは、一歩下がって主導権を僕に返してくれた。
「次の質問だ。お前とマルカルスが僕たちを罠にはめて襲撃した時、マルカルスは僕の名前を知っていた。それは何故なんだ?」
予想はついているけども。
「……カチューシャという娘が用意していた花瓶に盗聴器を仕込んだからだ」
「やはり……。そんなことがすぐにできる程、マルカルスはカチューシャを監視していたのか?」
「……ああ」
カチューシャが僕と出逢って、やがて贈り物を用意した。僕が彼女と再会してそこまで至ったことは、偶然に過ぎなかった。だからマルカルスは、あの時……。
__クラーヴジヤ。お前は不運だったよ。
確かに、ヤツの目線で見れば、僕は相当不幸な人間だっただろうな。ずっと復讐したかった脅し屋が、自分が監視していた娘と鉢合わせたのだから……。
「……次。マルカルスは、何故ずっとカチューシャを監視していた?」
「それは気になりますね」
背後からマスターの声が。
「マルカルスは、妻と娘を捨てた男。そんな男が娘を見守っていた。場合によっては素敵な話になるかも知れませんが、この件ではどうも家族愛の成せる技だとは思えません。微塵も」
皆の視線がジャミへと集まる。
「マルカルスは……有事の際に娘を利用できるようにしていた」
「利用?」
そう聞いて思い浮かんだのは、四日前にカチューシャが連れていかれた時の情景だった。かつて彼女が言っていた、母親との唯一の思い出の歌を口ずさんだマルカルス。その後、ヤツに対して従順になったカチューシャ……。
利用というと、例えば脅し屋__僕を絶望させるためや、なにかあった時に彼女をそばにいさせて人質にさせるためか? きっとそうだ。もしもマルカルスが自分の意思によって彼女に近づいてもらえたのだとするなら、それは……。
「ジャミ。マルカルスが自分の意思でカチューシャを動かした方法は?」
変わらない姿勢のままジャミが告げた。
「……洗脳に近い」
……そうか。やっぱりカチューシャは、操られて……。
「その洗脳には、歌が関わっているのか?」
「……ああ。マルカルスは、娘が小さかった頃、その後頭部にチップを埋め込んだ。マルカルスの声で特定の高さの音、特定の言葉の羅列__鷲の帰郷という歌を聞いた時に起動して、その脳を支配するチップを」
そう聞かされて……「マルカルスについていったのは、カチューシャの意思じゃなかった」ことに対する安堵を感じてしまっていたが、それ以上に……。
「……もしや、マルカルスが子供を作った理由も?」
「利用できる人間が欲しかったからだ」
……拳を握りしめられずにはいられない。カチューシャが生まれたのは、マルカルスに利用されるためだった? ふざけるな。
後ろから重い打撃音がした。顔だけ振り向かせて見ると、マスターの拳が壁に当たっている。その目は伏していた。
「クラーヴジヤ」
ルカに名前を呼ばれて冷静さを取り戻す。
「今は尋問の時間だ。ヤツに聞かなきゃならねぇことを聞け。怒るのは後だ」
「……わかっているさ。ジャミ。カチューシャの洗脳を解く方法は?」
「……わからない。本当に知らない」
なんとか手の力を抜いて、いつの間にか俯いていた顔をあげた。
「そうか。じゃあ次。警察の上位階級の人間は、お前たちパシーヴァと繋がっているのか?」
「……その通りだ。いずれ手に入る巨額の利益のために」
そこまで喋ったところで、またもやルカが前へ出る。
「そういやこれも聞きてぇんだけどよ。カチューシャさんが連れていかれた日から一週間後、つまり今から三日後に警察の上位階級のヤツらが一斉に街から出ていく日があるよな。アレ、なんなんだ?」
ルカが尋ねると、ジャミの顔持ちは一層青くなった。
「それは……言えない」
もう一度ルカと目を合わせた。互いに頷いて、ジャミへと視線を戻す。
「ジャミ。上位警察が揃って出ていくことがパシーヴァの計画と関係あるのか?」
真っ青な表情をしたジャミは、細く息を吸った。
「言えない。私は、もうなにも……」
ジャミは、弱弱と発言してガクッと深く顔を下げてしまった。これ以上コイツから聞き出そうとしてもなにも出てこない。そんな気さえした。
「……ルカ。もう無駄だ。後は僕たちでマルカルスを捕らえるまでジャミにはここにいてもらおう」
そう言うと、ジャミは一気に頭を振り上げた。
「や……やめてくれ! もう時間がないのだ! 街から出させてくれ!」
ジャミの様子は、まさに必死といったものだった。時間がない? 街から出させてくれ……?
「どういうことだ。時間がない……というのは、パシーヴァが企てる計画の実行が近いってことか?」
ルカも思考している。
「だろうね。……だとしたら、街から出させてくれというのは、その計画が街全体に影響するものだってこと……なのか?」
考えている最中、ジャミがさらに声を張る。
「このままルーンベルクにいたら死んでしまうぞ! お前たちも! 街の人間も!」
ジャミの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。街の人間が死ぬ? 全員……?
思考がさらに深く巡り始める。一体なにが起きて街の人々が死んでしまうのか。パシーヴァが実現できることにどんなことがあるのか。
パシーヴァには、どんな力があるのか。……そこまで考えた時、ひとつの記憶が頭を過ぎった。
それは、パシーヴァが軍事兵器製造会社であること。
__本日の報道です。軍事兵器製造会社パシーヴァが、試験用飛行操縦士三十名を迎え入れることを発表しました。同会社は、軍に提供する攻撃機の開発に尽力しており__
いつだったか聞いた報道の言葉も脳裏で蘇った。
「……まさか」
「どうした? クラーヴジヤ」
ルカの呼びかけを無視して、僕はジャミの肩を掴んだ。
「ジャミ。パシーヴァは、軍事兵器の開発に尽力しているんだったよな」
「あ……ああ」
「軍事兵器……?」
ルカもハッとしている。気づいたようだ。パシーヴァが実現できることに。
「クラーヴジヤ、まさか……!」
「ああ。このままだと」
ジャミの肩から手を離して、ルカたちへと体を向けて言い放った。
「ルーンベルクが火の海になるかもしれない」
場が静まり返る。仕方ないことだろう。今僕が言ったことは、未来で起こりうる出来事としてありえなくはなかったのだから。
ジャミへと視線を戻す。
「……もしかすると、マルカルスは戦争を起こそうとしているんじゃないか?」
聞かれて、ジャミは嗚咽を漏らすばかりだ。
「そうか……。パシーヴァは軍事兵器製造会社。言い換えれば武器屋だ。戦争が起これば、自社の兵器が売れて儲かる。ヤツらには、巨額の利益が生まれる……」
ルカが言う。
「ルーンベルクを焼き尽くし、その所業を工作して他国の仕業に見せかけて戦争を起こす。そうすればルカの言う通りパシーヴァには利益が生まれる。そしてそれは、脅し屋の故郷を燃やして辿り着く到達点……。マルカルスにとっては復讐もできて一石二鳥って訳だ」
地理的にルーンベルクが国境から程近い場所にある都市だというのもその説を裏付ける。この街であれば、戦争被害の自作自演もやりやすいだろう。
「なるほど。上位階級の警察が一斉にいなくなるってのも、自分たちだけ助かろうってことなのか」
ルカが再びジャミの髪を掴んだ。
「どうなんだよ。俺たちの言ってることは合ってんのか?」
「あ……ああ。……正解だ」
ルカは、舌打ちして、払って放るように手を離した。
「みんな死んじまう。あの子も……。クラーヴジヤ、絶対に阻止しねぇと」
さっきジャミは、もう時間がないと言っていたな。恐らく、警察が街を出ていく日というのが計画の実行日なんだろう。
「ジャミ。パシーヴァの計画が実行されるのは三日後か?」
「……そうだ」
「計画の概要を具体的に教えろ」
「……マルカルスとその部下たちが南の郊外の工場に隠してある機体に乗り、北上しながら街を焼く。それだけだ」
計画の首謀者は、マルカルスだろう。ヤツさえ抑えられれば、あるいは……。
「マルカルスは、今どこにいる?」
「……パシーヴァ本社にいるはずだ」
「ヤツは、いつどうやって南へ行く?」
「二日後の早朝にルーンベルク鉄道の電車に乗って行く予定だ」
二日後の朝。そこがマルカルスと接触する最後の機会か。
ルカが腕を組んで考える素振りを見せる。
「あれこれ準備する時間はありそうだな。クラーヴジヤ、作戦練るぞ」
「そうだな」
二日後は、まだ上位警察が街にいる。僕らが駅に行くのはまずいかもしれない。なら……。
「……なあ、マスター。ヘリは操縦できるかい?」
マスターは、なにも言わず首を振った。
「それなら私がやろう」
今までずっと話を聞いていたフリスクが一歩進んで言った。
「君が?」
「任せてくれ。操縦には自信がある」
「そうか。じゃあ頼んだ」
なら、今度はヘリを入手するルートを……と考えた刹那、ルカが目を瞑って深呼吸した。
「アイツにも世話になるな。……ヘリを手に入れるなら俺に任せろ」
「どうするんだい?」
ルカは、鼻を鳴らしてドヤっとした顔を見せた。
「言ったろ? 協力者がいるってな」




