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24.相棒

 昼頃。まだ店開きしていない酒場ダスビーの扉を叩いた。


 見張りの警察は、ひとりもいなかった。理由はわからねぇけど、俺にとっては都合がいい。


 扉のガラス部分からうっすらと覗ける店内で人影が動き、こっちへと向かってくる。やがてソイツは、扉を開けた。


「よお。あんたと会うのも、なんだか久しい気がするぜ。マスター」


 昨夜、俺は寝てる最中にマスターから電話で叩き起された。脅し屋宛の手紙が届いていると。その手紙っつーのは、恐らくアレクサンドルからのものだろう。内容を確認するのが待ち遠しいぜ。


 マスターは、懐から封筒をチラリと出して見せた。


「それが言ってたヤツか。さっそく見せ……」


「の、前に」


 封筒を懐に戻し、マスターは手で俺を制した。


「ちょっとばかり私に付き合っていただきましょうか」


「……もしやそれは、昼にしかできねぇことなのか?」


 昨夜の電話でマスターは、昼頃に店に来いと言った。なんで朝じゃねぇんだと思ってたけど、付き合っていただく……って、一体なにをするんだ?


「ええ。一緒に昼食でもどうかと思って」


「……は? 昼食?」


 至って普通の顔をしている。昼食って、あんたと俺が?


「なんでだよ?」


「よいではありませんか。ちょうど腹が空く時間ですし。それに、少しあなたと話したかったのですよ」


 腹が空く時間ですし……って、あんたが時間を指定したんだろうが。


「……まあ、別にいいけど。ここで食うのか?」


 マスターは、人差し指をぴんと立てた。


「良さげな場所を見つけたのです。ランチタイムに付き合ってくれれば、手紙をお見せしますよ」






「いらっしゃい! こちらの席へどうぞ!」


 俺たちが入店したのは、大して賑わってもいない居酒屋だった。良さげな場所と言うから、てっきりレストランにでも連れていかれるのかと思ったけど、そんなことはなかった。店の看板娘らしき女性に案内されて二人用の席にマスターと向かい合わせに座る。


「注文お決まりであればお呼びください!」


 やたらハキハキとした声が店内に轟いた。女性がカウンターの方へと戻っていく。俺たちの他には、数人程度の客がいた。


「なあ。飯食いにきたのはいいけどよ、人もいるし、そんなに重要なことは話せねぇぞ?」


「問題ありませんよ。ここでの私たちの会話は、さして重くなりません。手紙は、あなたが読むだけでいいですし」


「そうか。じゃあ、なにを話すんだ?」


 マスターは、メニュー表を大きく広げた。


「カチューシャのことです。彼女、最近行方不明になったらしくて。花屋の方々が色々と噂していました。その件について尋ねようかと」


 ……思ってたよりも重要に程近い話になりそう。


「彼女、マルカルスに連れていかれちまったんだよ」


「あなたの目の前で、ですか?」


「ああ。あと、その時は俺の他に親父と……相棒がいた」


 マスターの表情が変わることはなかった。


「何故その時、連れ戻さなかったんです?」


「あん時は、色々とあったっつーか。まず武器を持ってる敵がいた。そして親父は、マルカルスの言葉で絶望して、相棒は相棒でカチューシャさんが向こうにいったってので絶望してて。二人共動ける状況じゃなかったんだ」


「……そうですか」


 さっきの女性がテーブルに近づいた。一言「失礼します」と言って水の入ったグラスを二人分置き、また離れていく。


「……腹立ってんのか?」


「いえ。ただ、あなたの相棒の様が、昔の自分を見ているようで。想い人を取られて打ちひしがれるという様が」


 注文する飯を決めたのか、マスターはメニュー表をひっくり返して俺に渡した。


「かつて彼に向けて放った私の言葉。届いていればよいのですが」


「アイツは……」


 三日前の電話の後、クラーヴジヤがどうなったかはわからない。最後に聞いた謝罪の意味は……自身が戦いの舞台に立つことはもう不可能だという意味だ。アイツ、今までのことを……後悔とかしてるんだろうか。


「……俺の相棒は賢いからな。あんたに言われた言葉の意味にも気づいてる頃だと思うぜ」


「そうですね」


 今でさえ表情は変わらないが、マスターだってブチ切れたくてしょうがないはずだ。過去に自分が想いを寄せた人がマルカルスに捨てられ、今度はその一人娘がマルカルスに連れていかれた。よく平静を保っていられるなと思うぜ。


「話ができて気分転換になりました。では、手紙をお見せ……」


 マスターが言いかけた瞬間。店内にドンッと大きな音が鳴った。誰かがつまずいて転んだとか、その程度の音じゃねぇ。腕力のあるヤツが故意になにかを叩いた音だ。何事かと思って振り返ると、後ろの方で体格のいい男がずかずかとカウンターの方へ歩いていくのが見える。


「おい! 店長を呼べ!」


 一体なにが起きたんだよ、騒がしいな。


「ど、どうかなさいましたか?」


 さっきの看板娘っぽい女性が対応に当たった。


「料理に虫がくっついていた。店の衛生はどうなってる!」


「えぇっ!? え、衛生管理は……徹底しています」


「じゃあどうして虫がいるんだよ、ああ!?」


 なんだ、そんなことか。まあ確かに、飯に虫がくっつくのは嫌だよな。だからって言い過ぎなんじゃねぇの?


 コンコンとテーブルを軽く叩く音がした。正面を見ると、マスターが「やってこい」と言わんばかりに顎をしゃくっている。


 めんどくせぇな。騒ぎは起こしたくねぇんだけど。あの娘さんを助けるためにもいってくるか。席を立って、俺は背後から男に近づいた。


「そこのあんた」


 男が振り向く。あの体格。普段力仕事をしてる人間だな。そして、あの髪のアレ……。


「話は聞いてたぜ。虫は、あんたが連れてきたんじゃねぇのか?」


「あ?」


「だってあんた、さっきまで森にいたんだろ?」


 男が女性から離れ、俺へと向かってくる。


「なんだお前?」


「あんた木こりだろ。木を伐採した時のおがくずが髪に残ってるぞ」


 その髪には、木の幹の内側と同じ色をした小さなゴミがついていた。


「それに、ほら。自分の肩を払ってみろよ」


 男は、怪訝そうな顔をして言われた通りに肩を手で払った。今までそこにくっついていた虫が一匹、羽音を鳴らして宙を飛ぶ。しばらく飛んで、また男の体にとまった。


「その虫は、森の匂いがするあんたが好きなようだぜ」


 歯ぎしりをしてもう一度肩を強く払った男がこっちへと向き直る。そしてさっきのようにずかずかと近づいて、俺の胸ぐらを掴んできた。


「調子に乗るなよ青二才が! 誰だか知らねぇが、生意気な面しやがって!」


 そのまま男に突き飛ばされる。俺は、後方へと尻もちをついた。テーブルとぶつかった後頭部に軽い痛みを感じる。


「さっさと立ち去った方がいいんじゃねぇのか? 捕まっちまう前によ」


「なに?」


「俺は、お前ひとり取り押さえるくらい訳ない。通報されて警察に厄介になる前に帰ることを勧めるぜ」


 そう言って立ち上がる。男は、指をパキパキと鳴らした。


「ちょうどいい。仕事の鬱憤をお前で晴らしてやるか」


 男が殴りかかってくる。その拳を掴んで止めてやった。それを振り払って、男と俺の間に少しの距離が空く。俺は、踏み込んで男の腹に一撃をぶち込んだ。男がよろめいて後ずさる。


 また歯ぎしりをした男は、近くにあった椅子を持ち上げ、こっちへ投げてきた。俺は、それを右に跳ねて避け、一気に距離を詰めて男の顔面に飛び蹴りを放つ。蹴りをもろに喰らった男は、仰向けに倒れて痛みに悶える様子を見せた。


「これでわかっただろ? ほら、さっさと立ち去れ」


 男は、片方の手で顔を抑えながらよろよろと立ち、逃げるように退店していった。


 騒動の始終を見ていた他の客のひとりが電話をしているのが目に映った。こっちをチラチラ見ながらひそひそと通話しているあたり、警察に通報しているんだろうな。俺は、ため息をついてマスターの座る席に近づいた。


「ここにいると面倒なことになりそうだぜ」


「ですね。依然として空腹ですが仕方ありません。昼食は、別で摂るとしましょう」


 マスターが席から立って、先に店を出ていった。俺もその後を追おうとすると。


「あの!」


 背後から声をかけられる。振り返ると、そこには店の看板娘さんが立っていた。


「ありがとう……ございました」


 目を見た瞬間に、本当にその一瞬だけ自分の心臓の鼓動が大きく聞こえた。彼女は、上目遣いでこっちを見ている。


「お、おう」


「あの……今度は、きちんとうちの料理、食べに来てください」


 さっきのハキハキとした声かけからは想像つかないしおらしさだと思えた。今は、ただ頷くだけが限界だ。たまらず目を逸らして、俺は店を出た。


 外では、マスターが俺を待っていてくれた。


「どうかなさいました?」


「なんでもねぇ」


「そうですか。では帰りましょう」


 そう言ってマスターが歩き出す。俺も横について歩いた。


 さっきのは、なんというべきか……。


「相棒の気持ちは理解できましたか?」


 唐突にマスターが言う。その顔は、いつかのようにニヤついていた。


「は?」


「おっと、色々と飛ばしてしまいましたか。まあ、いずれ理解できますよ」


 なに言ってんだよ、とでも口に出したい気分だが、マスターの言ってることは薄々わかっているような気もする。


 ……さっきの看板娘さん、可愛かったな。


 ついボケっとして立ち止まってしまう。しばらくして顔を覗かれていることに気がつき、俺は咳き込む。すると、マスターは両手を合わせてぽんと音を鳴らした。


「茶化すのは終わりです。先程お見せしようとしたあなた宛の手紙をお渡しします」


 マスターが懐から封筒を取り出す。俺も冷静になるため深く息を吸って、頬を軽く叩いた。封筒を受け取って中身を広げる。そして、文章に目を通した。


 __二日後、例のジャミという男を再度警察署へ呼び出す。そしてその日の夜、彼をルーンベルク北のパシーヴァ本社へと送り届ける。情報は伝えた。後は、お前次第だ。アレクサンドルより__


 ……良かった。警察は、まだ完全には腐っちゃいねぇ。俺は、微笑を浮かべてしまった。


「信頼できるのですか?」


 マスターが尋ねてくる。


「ああ」


 アレクサンドル警察大尉の名前がしっかりと記載されている。それにこの筆跡。機械で出力した文字じゃねぇ。実際にアレクサンドルが書いた文章だろう。脅し屋と繋がった証拠となる手紙に個人名を残し、文章も手書きにした。それは、彼の覚悟の表れだ。


 俺は、手紙を閉じて封筒に入れ直し、それをトレンチコートのポケットに突っ込んだ。


 警察大尉は、俺に味方してくれる。その周りの人間ももしかすると、な。今考えれば、酒場ダスビーに見張りの警察がいなかったのもアレクサンドルが動いてくれたからなんだろう。


 警察が作り出してくれた機会を糧にジャミの野郎を引っ捕える。今度こそヤツを脅して、真実を吐き出させてやる。






 二日後の夜。俺は、パシーヴァ本社の入口付近の銅像の影に身を潜めて待機していた。左手に暗視スコープ、右手にひとつのリモコンを携えて。


 しばらくして、少し遠くに車のヘッドランプが光った。警察車両だろう。ひとりの人物が下車したのがうっすらと見えた。車が去っていく。やがてその人物は、パシーヴァ本社の入口へと歩んできた。近づくごとに段々と建物の灯りに照らされて顔が見えるようになってくる。


 ヤツだ。ジャミが、涼しげな顔持ちとテキパキとした足取りで向かってくる。一層息を殺して影に縮こまった。建物からパシーヴァ社員たちがぞろぞろと現れてヤツを出迎える。


 もうそろそろいいだろう。俺は、ボタンを押してリモコンを投げ捨て、暗視スコープを装着して身構えた。


 数秒後、ジャミが社員たちの間を通り過ぎようとした瞬間。それまでヤツらを照らしていた建物の灯りが消えてなくなり、周囲は暗闇に包まれた。スコープ越しにヤツらの混乱する様子が見て取れる。


 遠隔で操作できるジャッキのような装置でアクセルが入った状態の車の後輪を浮かせ、電柱の前に放置していた。俺がリモコンを使い装置を操作して下げてタイヤが地面に着くと、車は電柱へと突っ込み、やがて停電が起きるって訳だ。


 忍び足で素早くヤツの元へ向かい、背後から首の付け根を手刀で一撃した。気絶したジャミが倒れる。その時の僅かな呻き声を聞き逃さなかったのか、社員のひとりが叫び声をあげた。


「誰かいるぞ! 捕らえるんだ!」


 バレちまったか。ジャミを背負ってさっさと逃げようと思ったのに、面倒なことになるな。


 暗がりの中で不器用に殴りかかってきた社員をひとり殴り倒して片付ける。辺りを見渡した。正確に数える余裕はないが、今ここにいる社員は全員で八人程か。こりゃあ骨が折れそうだ。


 突っ込んできた二人目を蹴り飛ばし、三人目、四人目の顔面にそれぞれ拳を叩き込む。俺を抑え込もうとしてしがみついてきた五人目を後方の六人目へと投げ飛ばして当てて二人同時に倒し、飛びかかってきた七人目の腹に渾身の一発をぶち込んだ。


 残る八人目を片付けようとした時、ぼんやりと淡い光に照らされる。見ると、パシーヴァ本社の灯りが再び灯っていた。非常用電源が起動したのか。俺は、不要になった暗視スコープを外して放り投げた。


 騒ぎを聞きつけた他の社員たちが数名現れる。まずいことになった。このままじゃ、ジャミを連れ去ることができねぇ。それどころか、俺が捕まっちまう。


 今さっき相対して倒れ伏していた社員たちもよろよろと立ち上がって俺へと構え直す。ヤツらは、じりじりと距離を詰めてくる。やがて、その内のひとりがこっちへと走ってきた。ちっ、やっぱり俺ひとりじゃ無理が……。


 そう悟った矢先に、何者かが物陰から飛び出し、走ってきた社員に飛び蹴りを喰らわせた。建物から射す光が乱入者のシルエットを浮かべる。その顔を見ただろう社員たちは、ソイツを指さして驚いた様子を見せた。


「お前は……?」


 俺も突然のことに驚いてしまっていた。その乱入者が横顔を見せる。瞬間、俺は息を飲み込んだ。


「ヤツを連れていくんだろう? 協力するよ」


 驚きを隠せなかった。この声は何回だって聞いたものだし、その後ろ姿には随分と見覚えがあった。何故だか俺の胸の内は、高揚感に覆われていた。


「まさか……お前!」


 名前を呼ぼうとした直前、社員が襲いかかる。乱入者は、その社員の攻撃を軽々と避けて、後隙に顔を蹴り返した。


 背後から地面を蹴った音が。俺は、咄嗟に振り返って身を翻し、敵の拳を受け流す。


 俺と乱入者を包囲するパシーヴァ社員共が捕らえんとばかりに詰め寄ってくる。一歩後退し、俺たちは背を合わせた。こんな状況だが、顔がニヤつくのを抑えられなかったんだ。俺は、今自分と背中合わせに敵へと構えるソイツへと向かって呟いた。


「お前なら立ち直るってわかってたぜ。相棒」

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