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22.あるべき正義

 惣菜屋の二階の拠点に戻った俺は、荷物を適当に放って、いつも親父とクラーヴジヤと三人で作戦会議してた部屋のソファにどんと体を預けて横たわった。


 なんだか、ここに帰ってくるのが久しぶりに思えた。本当に……すっげぇ久しぶりな気がする。


 天井の照明だけが視界に入った。自分でもぼーっとしてるのがわかる中、おもむろに手を上に伸ばす。当たり前だが、なにも掴むものがなく、伸ばしきった手を力を抜いてどすんと振り下ろした。何故か同時にどっと疲れが出てきた。


 さっきの電話で聞いた謝罪の言葉。ああ、クラーヴジヤも折れちまった。もう俺しかいない。改めて思い知り、ため息が出てくる。


 後は全部やるとは言ったものの……。俺ひとりでどうすりゃいいんだよ。


「仲間……か」


 呟いてみたが、なにも解決はしない。


 協力者が欲しい。ある程度連携できるくらいの。それがなくちゃ、ヤツら……パシーヴァと警察の上位階級なんてとても相手にできない。


 直に協力……とまではいかなくとも、陰ながらでも味方してくれるヤツ……。いないか。


 せめて、警察がこっちの味方だったら……。


 ……ここまで考えて、閉じかけていた俺の目は再び開かれた。


 そうだ。考えてみりゃわかることだけど、パシーヴァと繋がってるのは警察の上位階級の人間なんだよな。なら、その言いなりになってる下のヤツら、中位階級の人間なんかを上手く言いくるめられないだろうか。


 そうだ……。前にマークスが協力してくれた一件。あの時、殺人未遂で捕まった男……ジャミが即釈放されたのは、間違いなく上位階級による事実の揉み消しがあったからだ。それに対して下の人間は、なにかしらの不信感を抱いているかもしれない。そこに上手いことつけ込めば、あるいは……。


 思い立った俺は、すぐに起き上がり、親父が普段使っていたパソコンを立ち上げた。そして、過去に警察が起こした物事、それらに関連する行事とか……。とにかく、脅し屋が見られるデータとして残されたもの全てに片っ端から目を通した。


 使えるネタはないかと探しまくった。そして……調べ始めてから数時間後。俺は、ひとつの情報を見つける。


「これだ……」


 上手くいけば、本当に警察の中位階級以下を味方にできるかもしれない。俺は、さっき放り投げた荷物を再び背負い、早足で部屋を出た。






 親父と事実上の決別をした日の夜の更け。俺は、警察署の近くの今はもう使われていない倉庫に身を潜めて、とある人物が来るのを待っていた。


 その人物には、光源を持たずに倉庫の正面からひとりでどーんと入ってこいと指示してある。もしもソイツがビビって護衛でもつけてきたら、俺はひっそりと裏口から逃げて車でとんずらするぜ。


 ……そろそろ約束の時間だ。一層息を殺して身を潜める。しばらくして、足音が聞こえてきた。ひとり分の足音だった。暗がりに慣れた目で正面入口を見ると、確かに人影がひとり分だけ月明かりに照らされていた。


 少し大きく息を吸って。


「ひとりで来たか? アレクサンドル警察大尉」


 倉庫内の反響を利用して声の出処を掴まれないように喋った。


「ああ」


 確かな返事が聞こえてくる。俺は、物陰に隠した小型のモニターを覗いた。この倉庫の正面入口とその周辺がよく見えるように設置したカメラは、隠れている人も車も映しちゃいない。言われた通り、単独で訪れたようだ。


 モニターを閉じて脇に抱え、俺は足音を消すことなくアレクサンドル警察大尉の前へ歩み出た。前といっても倉庫内は暗く、あっちから俺の姿は全然見えないことだろう。


「来てくれて感謝するぜ。多忙だったろ?」


「……そこにいる者。お前は何者だ? 目的はなんだ? 何故俺の過去を」


「まあ落ち着けよ。焦る気持ちはわかるが、質問はひとつずつがいいと思うぜ」


 大尉は、暗くて見えない中でも、しっかりと俺の方を見ている。顔をしかめているのがわかった。俺の出方を伺っているらしい。


「まず、あんたをここに呼ぶために使ったネタだが、実はありゃ全然重要じゃねぇ」


「なに?」


 アレクサンドル警察大尉は、過去に不祥事を起こしている。それは……まあ、誰であろうと起こりうる事例だったし、それ自体も本当に小さな過失だった。本人も心を入れ替えて業務に当たってるらしい。しかし、警察からその件について発表されることはなく、事実は文字通り抹消された。脅し屋のデータには残ってたけど。


 現在警察大尉に位置するアレクサンドルにとっては、その過去は腫れ物でしかない。触れようとする者には相対するしかないって訳だ。


「ここに来てもらうためだけに使ったネタだからな。あんたの過去のやらかしについて深掘りするつもりはねぇから安心しろよ」


 アレクサンドルは、相変わらずしかめっ面を続けている。


「さっそくだが本題だ。……なあ、あんた。最近、警察組織に不審な動きがあったことはわかってるだろ?」


 言った瞬間、アイツの右手の指先がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。


「パシーヴァって会社の裏がどうだとか報道番組で喋りまくって話題になったマークスという男。彼が素性の知れぬ人間に殺されそうになった件だ。その殺人未遂で捕まった犯人が次の日にはもう釈放されている。おかしいと思うよな?」


「お前は……」


 アレクサンドルが俺のいる暗闇を睨みつけてくる。


「誰だ?」


 正体を尋ねられた。俺は、身じろぎひとつせずにはっきりと応えた。


「脅し屋だ。あんたたち警察と長い間協力してきたヤツだよ」


 言ってやると、アレクサンドルは流石に驚いたのか後ずさって息を飲んだ。


「今言った殺人未遂事件。部隊の指揮をとる立場であるお前なら知ってるはずだ。あの事件はもしや、上位階級の人間になかったことにされたんじゃないのか?」


 そんなこと言いつつ、俺はもう確信してるけど。アレクサンドルからの証言を得るためにわざと焦らしてみる。


「……あの事件の時は、上の人間は様子がおかしかった。実際に現場で動いた警官の証言もまるで聞いていなかった」


「やっぱりか」


「俺には訳がわからなかった……。脅し屋、お前ならわかるのか?」


 少しだけ間を空けて語り出す。


「警察の上位階級が殺人未遂を見逃した理由。十中八九保身のためだ」


「保身……?」


 アレクサンドルは、疑問の眼差しでこっちを見つめる。


「もう言っちまうが、マークスが報道番組で述べていた警察とパシーヴァの繋がりは本当のことだ。言ってることわかるか?」


「……上の人間とパシーヴァは、裏を嗅ぎ回ったマークスを始末しようとして……しかし差し向けた男が犯人として捕まってしまった……。彼を通して自分たちの癒着がバレるのを防ぐために、事件を揉み消して……」


 ぶつぶつと喋っている。ちゃんと上への不信感を持ってたんだな。へへっ、これなら……。


「よくわかったじゃねぇか。これで内部からの景色は揺らいだな」


 アレクサンドルは、こっちへ一歩だけ近づいて言った。


「だが、それが本当なら何故なんだ? 何故上の人間は、パシーヴァと繋がって……」


「それがまだ明白になってねぇところだ。……ところで、あんたにひとつ情報を渡してやろう。脅し屋に殺されたってことになってるダレントの社長の生前の発言だ」


 俺も一歩踏み出し、少し大尉に近づいた。


「俺たちが社長を脅した時、彼は『自分たちと協力すれば、いずれ莫大な金が手に入る』とパシーヴァに言われ、そそのかされていたことを教えてくれた」


「莫大な……金?」


「ああ。詳細はわからないが、パシーヴァのヤツらは……なにか『巨額の利益を生み出す』計画を立てている。そして、恐らくそれに警察の上位階級の人間が加担している」


 アレクサンドルは、驚愕の表情を見せていた。俺の発言が信じられないといった顔だ。


「そして、本筋からは少し逸れるが……パシーヴァの社長。ヤツは、ダレントの社長が脅されただけの事件を、警察と手を組んで脅し屋が殺人を働いたという事実に塗り替えた。俺たちは、濡れ衣を着せられたんだ」


「なんだって!?」


「脅し屋を殺人犯に仕立て上げることで、自分たちが騒ぎで雲隠れできて得だったんだろうな。ま、俺の方から提示できる証拠なんてねぇけどよ。俺たちが殺人を働いた証拠をもう一度よーく調べてみるといいぜ。捏造されたもの特有の粗が出てくっから」


 ……そろそろいいか。決着をつけにいくぜ。


「なあ。……あんたは、自分の上司が相手でも法で戦えるか?」


 アレクサンドルは、目線を地面へと落としていた。


「俺は、ヤツらと戦っている。だが、現状じゃできることに限りがあってどうしようもねぇ。地に落ちた正義をあるべき姿に戻して、本当の巨悪を裁くためには、あんたのような心が生きている警察の力が必要だ」


 あんたは、過去の過ちで心を入れ替えたんだよな。今、それが揺らいでいるはずだ。久しぶりに脅し屋と警察で力を合わせて悪をぶっ倒そうぜ。


「……言い方を変えて聞く。あんたには、正義の心があるか?」


 アレクサンドルは、依然として目を伏せている。……まあ、そうだよな。俺に協力するってのは、あんたの気分だけで決めていいものじゃねぇ。


「じっくり考えてからでいい。あんたの決断、待ってるぜ」


 言い放って、俺は踵を返して裏口へと歩いた。カツカツと足音が響く。


「なんか決まったらダスビーっていう酒場に個人で手紙送ってくれよなー!」


 大声で伝えつつ、歩みは止めない。倉庫を吹き抜ける夜風が肌を撫でていく。


 協力者が欲しいとは思ったが……大尉がどんな判断をするかは、もちろんわからない。クラーヴジヤたちがいない今、どう転んでも……例え俺ひとりで戦うことになってもなんとかしてやる。どうしてか今は、そう強く思うことができた。

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