20.因縁
本当にどういうことなんだ。さっきのマルカルスの発言で親父は動かなくなっちまったし、カチューシャさんは連れていかれちまった。クラーヴジヤも棒立ちするばかりだ。
マルカルスは、礼をするために生きてきたとか言ってたな。俺たちに? もしや、ヤツと脅し屋の因縁は、ダレントの社長の件から始まったことじゃねぇのか?
考えが頭を過ぎる間にもナイフの攻撃が飛んでくる。今は、それを捌くことで精一杯だった。段々と日が落ちてきて辺りは暗くなっていく。視認性の悪さも戦闘の難しさに拍車をかけていた。交戦の最中、自分の息遣いが荒くなっていくのを感じる。
「はぁ、はぁっ……。親父! クラーヴジヤ! 動いてくれ!」
叫ぶと、ジャミと名乗ったナイフ男は、攻撃の手を止めて語り出した。
「そこの二人は、完全に縮こまってしまっているようだな。助けを求めても無駄だろう」
「クソっ……。お前ら、さっきカチューシャさんになにをしたんだよ!?」
連れていかれたカチューシャさんの様子は、普通じゃなかった。それまでクラーヴジヤのそばにいたのに、急にマルカルスについていっちまったんだ。
「さあな。家族が恋しくなったんじゃないのか? それに、脅し屋という気味の悪い人間よりも自分の父親を選ぶのは至極当然だと思われるが」
「はぐらかすつもりか……。じゃあ、親父は? 親父のあの様は一体なんだってんだよ?」
「社長の言葉で、自分自身の過ちを後悔しているのだろう。右目を失った理由を」
右目を失った理由?
「……親父の右目が潰れたのは、ずっと昔の事故のせいのはずだ」
小さい頃に聞かされた、俺がまだ赤ん坊だった頃の事故の話。親父が言ってたんだ。それで右の目が義眼になったと。
ジャミは、甲高い笑い声をあげた。
「お前も不運なヤツだ。脅し屋などという家系に生まれてしまったのだからな」
ナイフを指でなぞって、ジャミは再び刃先をこっちに向ける。
「お喋りはここまでだ。動けなくなった体で自身の生まれという不幸を呪うがいい!」
そう言い放ってジャミが突進してきた。ナイフの攻撃を手で払って後ろへと受け流す。次にヤツは、払われた腕を下から斜め上へと振り上げて切りつけてくる。それを避け、ヤツのナイフを持つ手を左手で掴み攻撃を封じ、右手でヤツの頬をぶん殴った。
しかし、ジャミは怯むことなく俺を睨みつけた。ヤツの空いた手により今度は俺の腕が掴まれて、その体勢のまま腹部を思いきり蹴られる。俺は、思わずよろけ離れてしまった。その隙に、ジャミがナイフを両手で腰に携え走ってくるのが見えた。
まずい、やられる。
「ルカ!」
刺されると思った矢先。名前を呼ばれた刹那。俺とジャミの間には……親父がいた。
思考が停止した数秒後。親父は背を丸めてその場に倒れていった。ジャミがナイフを引き抜く。飛沫のようなものが視界に入った。
一瞬、時が止まったように感じた。その後、ようやく頭の回転を取り戻した俺は、歯ぎしりして、親父の体越しに跳ねてジャミの顔面へと飛び蹴りをかました。
蹴りを喰らったジャミがナイフを落とすことはなかったが……ヤツは、満足そうな顔をしている。
「ははっ。もうじき日は暮れる。これ以上戦うのは、お互いまずそうだな。時間稼ぎも……もういいだろう」
ジャミは、ナイフをケースにしまって、一台のバイクの元へと向かっていった。
「長くない残りの人生を後悔に生きることだな。脅し屋」
そのままヤツは、バイクに乗って走り去っていった。
拳を握りしめずにはいられなかった。だけど、今やるべきことはヤツらを追うことじゃない。俺は、スマホを取り出しつつ親父の元に伏せた。
「親父。聞こえるか? すぐに救急車を呼ぶ」
親父は、痛みに悶絶しつつも、目線と頷きで応えてくれた。
「しばらく耐えててくれ。俺は、偶然あんたを見つけた人間として医療機関のヤツらに対応する。ちょうどマスクもつけてるし。話を合わせておけよ」
俺……ルカという人間は、脅し屋クラーヴジヤと長い間共に過ごした人物。その俺が誰かと争っていた。父親も刺されている。……このように把握されたら、また警察から面倒な疑いをかけられるに違いない。今日のことがヤツらパシーヴァの人間の犯行であることを公にしてやりてぇが、そうするにはどう足掻いても警察と関わることになるし、そうなったらどうこう言う前に俺が警察に拘束されちまう。大体、敵と警察は繋がってる訳だし。
俺は、救急車を呼べる番号へと電話をかけた。
「はい、こちらルーンベルク医療機関。どうされましたか?」
「西の工業地帯の工場跡地で血を流して倒れている人を発見しました。かろうじて意思疎通はできますが、傷からの出血量がおびただしく、いつまで生命活動を維持できるかわかりません」
「承知しました。直ちに救急車を手配します。そちらに向かいますので、目印となれるよう立っていてください」
「わかりました」
それだけ言って電話を閉じる。
__脅し屋。せいぜい生きながらえてくれよ。
さっきのマルカルスの発言には、脅し屋を捕まえて牢屋に入れる意思はない……というように感じた。理由はわからないし、もしそうだったらヤツらがクラーヴジヤの情報を警察に渡したのも意味不明だけど。
__長くない残りの人生を後悔に生きることだな。脅し屋。
ここまで来て、ひとつの考えが浮かぶ。
マルカルスは、脅し屋に礼をするために生きてきたと言っていた。脅し屋とアイツの過去の繋がりは知らねぇけど……。ヤツらがクラーヴジヤの顔と名前を警察に教えて、殺人者として報道させたのは、単に脅し屋を捕まえるための措置ではなかったように思う。
ヤツらは、カチューシャさんを監視していた。彼女とクラーヴジヤが出逢って仲良くなったのも知っていたはずだ。ヤツらは、もしかすると……クラーヴジヤ……というか俺たちを殺人犯に仕立て上げる計画を立てた後、二人の出逢いを知って、その仲を引き裂こうとしたんじゃ? そして今日、二人をわざと再会させて、クラーヴジヤの想い人であるカチューシャさんを連れていく様を見せつけた。結果として、脅し屋クラーヴジヤを絶望させるに至った……。
視線を向けると、クラーヴジヤは未だに俯いて立ち尽くしていた。
敵は、他二人の脅し屋の正体が俺と親父であることも既にわかっているだろう。親父__グローザと俺が家族関係にあることも当然知っているはず。そして今日、俺に刃を向けた。もし俺が刺されたら、親父は心に傷を負う。逆も然りだ。そんなこと、敵は容易に想像ついただろうな。
もしかすると敵は、礼と称して俺たちを絶望させるために……文字通り「脅し屋として生きてきたことを後悔してもらう」ために俺たちと関わってきたのかもしれない。
じゃあ、それは何故か。……恐らく、いや、絶対に。脅し屋とパシーヴァの人間は、過去に関わったことがある。親父からそんな話は聞いたことねぇけど、間違いない。過去になにか起きたのかわからねぇが、そのなにかをきっかけに敵は脅し屋を憎むようになったんだ。後で親父を問い詰めねぇと。
俺は、伏せた姿勢から立ち上がり、クラーヴジヤの元へ歩んだ。
「親父のことは任せろ。クラーヴジヤ、お前はまたしばらく身を潜めててくれ。……これからどうすればいいかわかんねぇけど、なんか決まったら連絡すっから」
クラーヴジヤは、呼びかけられてもだんまりのままだ。俺は、その肩を掴んで揺さぶった。
「おい、聞いてんのか? クラー__」
「カチューシャは……マルカルスと行くことを……選んだ」
本当に小さい声だった。しかし、その内容ははっきりと聞き取れる。
「僕は__」
「おい! お前、さっきのカチューシャさんの目を見たかよ! ありゃ普通じゃねぇ。きっと、俺たちにはわからなかった意味を持つやり取りが隠されてたんだ!」
クラーヴジヤは、依然として俯いたまま。俺が肩をどんなに強く揺さぶっても、変わることはなかった。
「……とにかく、お前は隠れてろ。あとどれくらいで救急車が到着するかもわからねぇ。ほら、行け!」
無理やり振り向かせて背中を押すと、クラーヴジヤは返事もせず歩き出した。見ていて不安になる程度にはふらふらしている。俺は、その背中を見続けることしかできなかった。
「昨日は、ありがとうございました。俺、親父と二人きりで話したいことがあります。出ていってもらってもいいですか?」
翌日の昼下がり。親父が寝かせられている病室に足を運んだ俺は、看護師を部屋から退室させて、ベッドのそばの椅子に腰かけた。グローザの息子ルカとして。
「親父。警察には上手く言ってくれたか?」
「……ああ」
親父らしくない、まるで活力を感じられない返事だった。親父は、眠っている訳じゃなかったが……。その目は半開きで、どこか呆けているようだと思えた。
「親父。脅し屋とパシーヴァの繋がりについて知っていることを全て話してくれ」
小声で唸って、親父は窓へと顔を背ける。
「知らないとは言わせねぇ。昨日のあんたの様子。異常だったよな。それに、敵の正体がマルカルスだとわかった後の様子も。今考えれば、あれはヤツらについてなにか知っているということの表れだった」
親父は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「教えろ。脅し屋とパシーヴァ。過去に二者の間でなにがあったのか」
少しの沈黙の後、親父は深呼吸して、静かに口を開いた。
「お前が生まれる前のことだ」
ごくりと唾を飲み込む。窓からの穏やかな陽射しと静かな空間に似合わない緊張を感じた。
「脅し屋は、例えば凶悪な事件なんかに対して警察が中々介入できない部分まで入り込む、言わば影の特殊部隊だった。暗がりでしか動かないという理由で『月光下の花』なんて呼ばれていた。昔は、脅し屋も結構な人数がいたが……段々と廃れていってな。警察も脅し屋を良く思わなくなり、やがて俺ひとりになった。この役目は俺が継がねばならない……そう正義感に駆られていた」
今の話は……ずっと前、小さかった頃に聞かされたような、聞かされなかったような。
「そんな時、脅し屋としての俺に仕事が入った。内容は、『軍隊への過剰な兵器提供の停止措置の依頼』というものだった」
それを聞いて、驚いてしまった。
「は? 軍隊って……国の?」
「ああ。それは、大袈裟に言えば国からの依頼だ。事件でもなんでもないが……当時の俺には、この上なく大きな仕事だった」
脅し屋って、昔はそんなことも任されていたのか。全然知らなかった。
「当時、国が贔屓してる軍事兵器製造会社があった。その会社は、早い話、儲けようとして軍隊へと兵器を提供し続けていた。過剰な程にな。その対応に困った国が脅し屋に依頼したのだ。これ以上の戦力提供をやめさせられるように脅してくれ、とな」
国が自国の会社の対応に困って脅し屋に依頼? ってか、軍事兵器製造会社? その会社って、まさか……。
「……親父がやる必要あったのか? そんな回りくどい方法でやらなくても、国が直々に動けば……」
「国が贔屓している会社と言ったはずだ。国は、その会社との後の関係性を考慮して、わざわざ第三者である脅し屋を使ったのだ。敵視が国へと向かないように」
なるほど。それなら親父を利用したってのも頷ける。
「俺は、依頼通りそこの社長を脅した。以降、兵器の過剰提供は止まった。……その会社こそが」
「パシーヴァ……って訳か」
かつての脅し屋が国から受けた依頼で社長を脅した。それが、過去の脅し屋とパシーヴァの間の出来事……。
「その過去がどうやって今に繋がってるんだよ?」
「脅しを喰らった後、当時のパシーヴァの社長は体調を崩し、やがて会社は経営不振に陥り、倒産寸前までいった。……その時の社長の息子がマルカルスだ」
……そう聞いて黙っちまった。なにも言えなかった。だって、マルカルスからすれば、脅し屋のせいで会社が危うい目にあったってこと……だもんな。
「そして、体調を崩した当時の社長、マルカルスの父親は、脅しがあった後しばらくして病で亡くなっている」
……そうだったのか。つまり、アイツにとっては、脅し屋は父親と会社の仇。それで俺たちのことを……。
「ルカ。お前にも謝らなければならない」
「……なにを?」
「お前の母親のことだ」
俺が小さかった頃に死んだ母さんのこと? ……まさか、パシーヴァの一件と関係があるってのか?
「お前の母親は、実は……昔、正体不明の男に殺されたんだ」
「……は?」
親父、今……なんて言った?
「お前の母親は、夜の街で突然何者かに胸を刺された。俺もその時に右目を切られた。よく覚えている」
右目を切られた? それって__
__右目がくすぐったいだろう? なにも見えていない偽物の目玉が。
「__昨日、俺は確信した。かつて妻を殺し俺の目を切った男こそがマルカルスだと」
「母さんを、アイツが……」
「ルカ」
呼ばれ、俯きがちだった顔をあげて親父と目を合わせる。強い哀愁を感じさせる目をしていた。
「俺が憎いか?」
「……いや」
親父は、脅し屋として仕事をこなしただけだ。俺が憎むべきだとは思えねぇ。
それに、俺が物心ついた時、既に母さんはいなかった。俺は、母親を知らない。その俺が今親父を憎んで、母さんに生きてて欲しかったなんて言っても、知らないものをねだることにしかならねぇからな。
「親父の方こそどうなんだよ。マルカルスが憎くないのか?」
「俺は……」
親父は、少し黙って天井を見つめた。
「俺は、ようやく答えに辿り着いた」
「答え?」
「脅し屋が悪かったのだ。俺たちは、消えてなくなった方がいい」
消えっ……は?
「俺の働きによって、マルカルスは酷く悲しんだことだろう。それは強い憎しみへと変わり、月日が過ぎた今、その矛先が俺と同じ脅し屋であるお前やクラーヴジヤへと向けられている」
淡々と説明される。瞬間、俺の胸の内でひとつの感情が湧いた。
「脅し屋のやり方は、いつだって……警察との影での協力という盾を背負っての非合法だった。そんなものは、憎しみしか生まない」
段々と、その感情が強く膨れ上がってくる。
「その脅し屋である俺が家庭を持ったこと自体が間違いだったのだ。決してお前を否定する訳じゃないが、お前の母親も……俺と出逢わなければ、別の人生があっただろう。今も生きていられたかもしれん」
ふざけるな。俺は、拳を握りしめてしまっていた。
「気づくのが遅すぎた。もっと言えば……脅し屋が存在することそのものが間違っている。こんなものが最初からなければ、誰かの未来が潰されることもなかった。復讐が始まることも」
親父の言葉をきっかけに湧いてきた感情。それは、怒りだった。
「__ふざけんなッ!」
全身の血流が滾る。俺は、握り拳をベッドに叩きつけた。
「あんたが脅し屋を否定したら、俺とクラーヴジヤの人生は一体なんだったっていうんだ!」
俺は、あんたの息子として生まれて、脅し屋として育った。クラーヴジヤだってそうだ。子供の頃、孤児院であんたと出逢ってから同じく脅し屋として生きてきた。俺たちの人生を、父親として、師匠として導いてきたあんたに丸々否定されてたまるか。
あんたに俺とアイツの人生を否定する資格はねぇ。
「……すまない。だが、きっと真実だ。脅し屋が間違っていることは」
「誰にも認められなくたって、街と、そこに生きる人々を守り続ける! それが脅し屋じゃなかったのかよ!」
叫ぶと、親父は黙り込んでしまった。本当に腹が立ってしょうがない。
廊下の方からざわざわと声がしてくる。俺は、静かに立ち上がった。そのまま荷物を持ってベッドから離れ、扉を開けて病室から出ようとすると。
「……月光下の花も、いつか陽光の元で咲かなければならない日がくる。ルカ」
呼ばれ、一瞬だけ足を止める。
「人との出逢いは、自分を変えていく。お前も、自分を光射す世界へ連れていってくれる人と出逢えたなら……」
俺は、歯ぎしりをして退室し、扉を閉めた。病室の前に集まっていた看護師たちの間を通って病院の出口へと向かう。
今更だが、俺も気づいたことがあった。脅し屋は、俺にとって誇りだった。親父とクラーヴジヤと共に街を守ってきたこと、これからも守っていくこと。それに思いを馳せるだけで、生きている意味を感じられたんだ。
その誇りを否定された。自分の人生も、親父の人生も、相棒の人生も。いつも俺が見ていた偉大な父親は、とっくに折れちまったみてぇだ。
クラーヴジヤに今日のことを話したら、ショックを受けるだろうな。アイツなら持ちこたえるだろうけど……状況が状況だ。どうなるかはわからない。
仲間が折れても、敵がいることには変わりない。俺が動かねぇと。




