17.反撃の狼煙
「軍事兵器製造会社パシーヴァが警察権力と癒着か。情報提供者は、同会社の裏側をさらに深く知っている可能性を示唆。警察は、パシーヴァとの繋がりを否定」__ネットニュースとしてスマホの画面に表示された記事の言葉だった。
ネットを見る限り、早くも世間からのパシーヴァに対する評価は揺らぎを見せている。自分も一年と半年前の謎の人員削減に巻き込まれパシーヴァを解雇された、やはりあの会社には闇があるに違いないと主張する者。脅し屋がダレントの社長を狙ったのは、パシーヴァの秘密を暴こうとしたからだと考える者。さらには、その殺人事件の真犯人は別にいるのではと唱える者もいた。しかし、世間にとっては、いずれも根拠がなく、噂話にしかならないというのが現状。……今の僕たちにとっては、それだけで十分だった。
あれからルカたちは、マークスにパシーヴァと警察が癒着していることを教え、彼の手からテレビ局や新聞社などの広報機関に情報を仕入れさせた。それらによる報道、世間が会社へと向ける視線。マルカルスの耳にも入っているだろう。
「かなり大きなニュースになっているようだな」
フリスクが僕のスマホを覗いて言った。
「世間からすれば、確定ではなくとも警察組織の癒着という話が衝撃的だったんだろう」
……この数日間フリスクと行動を共にした。スマホも充電させてくれたし、移動の足にもなってくれる。外部と連絡を取り合っている様子もない。僕は、この人を信頼しても良いと判断して事を共有したんだ。
「そうだな。……これだけ話が大きくなれば、パシーヴァも動き出すはずだ」
辺りを照らすのは点々とした電灯の光だけ。もうそろそろルカから電話がくる。車の助手席で、僕は静かに深呼吸した。
少しして、スマホは振動を始めた。すぐに手に取り通話に入る。
「__クラーヴジヤ、待機してるか? 今日も今からマークスに歩いてもらう。いいな?」
「ああ」
今日も作戦が始まる。遠い声でルカとマークスがやり取りをしているのが聞こえた。
「__アイツをつけるヤツがいたら言うぜ。それからの動きはわかるよな?」
「わかってる」
通話は続けたまま会話だけを終える。それからは、静かに時を待った。来るかもわからないその時を。
一分、二分と時間が過ぎていく。その緊張感に心拍が負けることはなかったが、来るなら早く来て欲しいと願うばかりだった。
「__クラーヴジヤ」
突然のルカからの呼び声。
「どうした?」
「__現れやがったぜ。たった今、マークスに路地裏に入るよう指示した」
……ついに来たか。僕は、唾を飲み込んだ。
「__しかも聞いて驚くなよ。現れたソイツは……レオニードと騙って俺たちを騙したヤツだ」
「……あの時、僕たちと相対した人間の片割れか」
「__いつでも動けるようにしとけよ」
そう言われた後、三十秒程して。
「__ヤツがマークスを追い始めた! 刃物を持っている。オークワスーパーの近くだ!」
「了解!」
自分のスマホを膝の上に置いて、今度はフリスクのスマホを奪うように手に持つ。迅速に警察署へと電話した。
「__はい、こちらルーンベルク当局。ご用件は?」
「男性が、刃物を持った人間に追いかけられています! ルーンベルク南東地区、オークワスーパー近くの路地裏です!」
声色を変えて告げた。
「了解しました。ご連絡感謝します」
そこで通話が切られた。これで警察が動くはずだ。スマホをフリスクに返して目配せする。フリスクは頷いて、車のエンジンをかけた。数秒して、僕たちを乗せた車は前進を始める。
夜、街の中をマークスにひとりで歩かせる。遠巻きにルカに見守ってもらいつつ、だ。マークスを尾行する怪しい人間がいれば、ルカの連絡がイヤホンからマークスの耳に入る。それから彼には路地裏へと入ってもらう。しばらくすれば、尾行している人間はマークスへ襲いかかるだろう。その人間は、今彼を襲う必要のあるパシーヴァの人間。そしてそれは、その人間の犯行を警察に見てもらう絶好の機会だ。
……ついに引っかかってくれた。毎晩、マークスをひとりにさせる時間を作っておいて正解だった。
車は、路肩に停められた。スマホを持って僕だけ車から降り、路地裏に入る。もちろん変装して。逃げるマークスが通り過ぎる予定の場所、そのすぐ端の曲がり角で身を潜める。
遠くから走ってくる足音が聞こえてきた。夜風の中でもわかる、二人分の足音。少しだけ顔を出す。その者が電灯の下を通る一瞬でマークスと敵の顔を確認した。
顔を引っ込めて時を待つ。やがて、マークスは目の前を走っていった。今だ。僕は、徒歩で身をさらけ出し、マークスを追いかける敵と衝突した。その衝撃で、敵は尻もちをついた。わざと僕も転倒し、ただの通行人であることを演技する。
「おお、すみません。大丈夫でしょうか?」
「邪魔なんだよ! クソッ!」
刃物を隠したんだろう。敵は、コートの裏に手を入れて追跡を再開した。その様子を後ろから見やる。
マークスを見失うことはなかったようだ。少しだけだが時間を稼げただろう。僕は、スマホを耳に当てつつ、フリスクの乗る車へと歩いた。
「ルカ。後は頼んだ」




