12.悲劇の向日葵
「……ああ。まさか、俺と一緒にいたアイツが脅し屋だったなんてな。知りもしなかった」
「では、一緒にいる間の彼は……クラーヴジヤは、ルカさんから見てどういった人物でしたか?」
クソっ……舌打ちしたい気分だ。これから俺の相棒であるアイツを非難しなくちゃいけねぇ。ただ、今は俺自身も脅し屋であるということを絶対に知られちゃダメだ。俺は、記者共に対し鬱憤を溜めながらも、それを押し殺して哀愁の顔を取り繕ろうとした。
「いいヤツだと思っていたぜ。アイツは、俺といる時や接客する時には、明るい表情で応じていた。今考えれば、それも……正体を偽るための顔だったんだろうな。もしかしたら俺も被害を被っていたかもしれないと思うと、背筋が凍えるぜ」
もちろん、心にも思ってねぇことだけど。こういう時のために事前に用意していた台詞を、まるでなにも知らない人であったかのように吐いた。シラを切るには、これだけで十分だろ。
「では、最後にお尋ねします。殺人犯クラーヴジヤと共に過ごしていた人間も脅し屋である可能性が高いと世間の人々から疑われていますが、ルカさんご自身はどう思われていますか?」
「俺? さあな。俺は、脅し屋じゃねぇから悲しいだけだ。それにもし俺が脅し屋だったら、とっくの昔にとんずらしてるはずだぜ」
世間は、こう考えるはず。脅し屋がこの街にいて一般人に紛れて生活しているなら、例の報道があった後、ソイツはどっか遠くに逃げ出すだろうと。その印象を逆手に疑いがかけられてもあえて街中で堂々としていようと、クラーヴジヤが出ていった数日前の夜に親父と話し合ったんだ。
「もういいだろ。これから店を開けるところなんだ。散った散った!」
しっしっと手で追い払う。記者たちは、聞くだけ聞いて後はぞろぞろと去っていった。それを見届けて、深いため息をつく。
数日前、クラーヴジヤの予想通り、アイツの顔と名前が指名手配犯としてテレビに映し出された。その日から、どうやってアイツの情報を嗅ぎつけたのか、記者たちが毎日俺の元に訪れる。あれから毎日、朝と昼に記者の相手をするのがお決まりになっていた。
今日は、朝っぱらからソイツらの質問攻めに遭って、とうとう昼間になっちまった。この後、惣菜を買いに来る客以外誰も来なきゃいいんだが。連日の出来事により、とてつもない疲労感を感じる。もう一度ため息をついて、しゃがんで店のシャッターに手をかけた。
「__あのっ!」
声をかけられた。また人がやってきたようだが、今度は嫌な顔はしなかった。その女性の声に聞き覚えがあったからだ。顔を振り向かせ、そこに立っていた彼女の名前を呟く。
「カチューシャさん……」
「あなたは……ルカ君、だったよね」
カチューシャさんは、以前とは違ってどこか自分を奮い立たせているような瞳をしていた。彼女がここに訪れた理由は、大体察しがつく。俺は、立ち上がって彼女の方へ数歩だけ歩んだ。
「クラーヴジヤのことか?」
「うん……」
聞くと、彼女は視線を落とした。例の報道を知ったんだろう。俺も彼女も少しの間黙っていたが……。
「ルカ君も聞いたでしょ? クラーヴジヤ君が……脅し屋だったって」
「……ああ。聞いた」
カチューシャさんの瞳の、その視線がこっちを穿ってくる。それを受けて俺は、不意に仰け反りそうになっちまった。
「ねぇ……。きっと、なにかの間違いだよね? ルカ君は、なにか知らないの?」
彼女は、震えた声で問いかけてくる。せめて、この人には……アイツの想い人にだけは本当のことを伝えたかったが、それは許されないことだとわかっていた。
「……悪ぃな。俺は……なんも知らねぇ。そもそも、アイツとよく一緒にいたってだけで、その正体が脅し屋だなんて知りもしなかった。って、さっきの記者たちにも言ったけどな」
再び無知のフリをした。ほんの少しのやり取りでわかったんだ。多分カチューシャさんは、クラーヴジヤの潔白を信じている。アイツの隣にいた俺ならなにか知ってるかもしれないと考えてここに来たに違いない。
「そっか……」
そう呟いて、カチューシャさんは俯いてしまった。……すまねぇな。アイツを信じるための僅かばかりの希望を俺が絶っちまって。こうするしかねぇんだ。当然それを言える訳もなく、俺は心の中で彼女に謝罪した。
「あんた、アイツのことを信じてるんだよな」
「うん。……だって、私にはクラーヴジヤ君が人を殺せる人だったなんて思えない」
その通りだ。あんたの言うことは、なにも間違っちゃいねぇよ。
「俺もだ」
「……え?」
「俺も。これは間違いだって思ってる。心のどっかで、アイツのこと信じてるんだろうな」
なにもない地面を見つめて、少しだけ本音を漏らした。他に誰もいないんだ、これくらいなら言ったっていいだろう。
視線を戻すと、カチューシャさんは潤んだ瞳でこっちを見ていた。その瞳で、彼女が本当にクラーヴジヤを信じていることを確信する。俺は、今自分にできる限りの笑顔を繕った。
「安心しろよな! アイツのことだ。あんたが待ってたら、そのうち勝手に自分の潔白を証明して帰ってくるぜ!」
そう励ますと、カチューシャさんは手で目元を拭った。
「うん……。もしクラーヴジヤ君に会ったら、待ってる人がいるよって伝えて欲しい」
「へへっ。了解だ! ところで、惣菜パン買ってくか? 今日も美味いのが揃ってるぜ」
「……ううん、大丈夫」
言い残すと、彼女は振り返って去っていく。クラーヴジヤに再会したら、第一声で彼女のことを伝えてやろう。
早く事の真相を突き止めねぇとな。今まで敵に好き勝手やられちまってるから、そろそろ反撃したい気分だ。大体、警察の人間が殺人犯に肩入れって……。なんというべきか、どんな理由かわかんねぇけど本当に腐ってんな。
そうだ。これは間違ってる。ただ悠然とあるべき権力が、人々の味方であるはずの法の執行人共が悪と手を合わせて、今まで陰から街を守ってきた俺たちの敵になっちまったんだ。正してやらねぇと。
時刻は遅く、とうに日は暮れた。惣菜屋の店員から脅し屋へと心をすげ替える。
「アイツから連絡ねぇの?」
煙草臭い部屋のソファにどんと座り、親父に尋ねた。
「ないな」
淡白な返事が帰ってくる。クラーヴジヤが姿を消した夜から、今日の夜で四日が経過する。その間俺たちは、訪ねてくるヤツらの相手をしていてろくに動けなかった。できたことがあるとすれば、ネットを利用しての警察の表面的な動きの監視くらいだった。
「どっかで上手いこと凌いでんだろうな、クラーヴジヤのヤツ。便りがないのは元気な知らせっていうし」
目と耳に入るのは、ヤツらが脅し屋を捕まえるために貼り付けた掲示板のポスターとか、脅し屋が警察の捜索をかいくぐって街に潜んでいるという話とか。それらの存在は、クラーヴジヤがまだ捕まっていないということを示していた。
ただ、アイツがルーンベルクにいることだけは予測できる。警察は、脅し屋を「いくつもの犯罪を犯した凶悪犯」、「捕まえなければいけない巨悪」として、直ちに街から出られる関所の全てに検問所を設置したらしい。街を囲む、対脅し屋専用の巨大包囲網ができあがったって訳だ。それをくぐり抜けるのが難しいのは明白。まあ、アイツのことだから……真相を暴くべく、そもそもルーンベルクから出ていこうとはしていないだろうけど。
「なあ親父。やってくる記者共は、日が経つ毎に数を減らすだろうからそのうち収まるよな。いずれ落ち着いて自由に動けるようになったら、まずなにをすればいいと思う?」
吸殻を灰皿に押し付けて、親父は振り向いた。
「ダレント社長殺害の件で俺たちに濡れ衣を着せた犯人を絞るぞ」
そうだな。色々とやるべきことはあるが、敵対しているヤツらの姿が見えない以上、犯人の可能性がある輩を挙げて調査範囲を狭くしねぇと。
「予想だとソイツらは、警察の上位階級の人間と繋がってるかもしれねぇんだよな。どっちから攻めるんだ?」
「真犯人の方からだ。前も話したことだが、俺たちに濡れ衣を着せる必要があったヤツを探し出す」
それを探り始めたすぐ後にカチューシャさんが盗聴器を運んできて、彼女の周囲も同時進行で調べようとした。それらの調査を開始してから警察が嘘の情報を渡してくるまでほんの数日間しかなくて、結局カチューシャさんの周囲の特段怪しくもない人間しか調べられてなかったんだよな。
「そういや、敵とカチューシャさんにどんな繋がりがあんだよ? 敵が彼女を常時監視してたって訳でもなきゃ盗聴器の件は成り立たねぇぞ」
敵がクラーヴジヤの名前を知ってたっつーことは、矢印の向きはわからねぇけどソイツらはカチューシャさんとの繋がりを持ってるってことだ。ほぼ確定でな。俺たちの正体に勘づいた敵が彼女の花瓶に盗聴器を仕掛けて、クラーヴジヤの名前を聞くに至った……。
まず、敵はカチューシャさんを監視していて、次に俺たちが彼女と関わって、そこで敵は俺たちの正体に勘づいたはずだ。そして、あの日カチューシャさんが運んでくる予定の花瓶に機器を忍ばせた。
「なんで敵に、カチューシャさんを気にかける必要が?」
「敵にとって、なんらかの理由でカチューシャの存在が邪魔になるのかもしれん。……恐らく、敵と彼女の繋がりは一方的だ」
そう言われて少し考えてみる。怪しい動きを見せたパシーヴァ、ダレント、警察の上位階級。この枠組みの中に、カチューシャさんと関わりを持っていて、彼女を見張る必要がある人物がいるのか。彼女を邪魔だと感じる立場のヤツ……。そもそも、どうしてカチューシャさんが邪魔になるんだ? 孤児院で育った彼女が邪魔になる立場。考えたが、想像もつかなかった。というか、ずっと彼女を監視できるヤツって何者なんだ? 長い間ひとりの人間に気を遣えるヤツ。カチューシャさんのことを愛している人間……とか……。いや、だったら彼女を利用なんてしねぇか。
「カチューシャを監視しているヤツは、俺たちに濡れ衣を着せた敵そのものだろう。だが、彼女の周囲の調査は後回しでいい。今俺たちが探りを入れると、彼女を危険に晒してしまう」
俺たちが無理にカチューシャさんに近づくと、動向を敵に悟られるかもしれねぇ。
「だな」
カチューシャさんのことはひとまず置いておいて、特に怪しいのは生前のダレントの社長に「いずれ手に入る莫大な金」の話を持ちかけていたパシーヴァの人間だ。親父の言う通り、そっちから探った方がいい。もしもヤツらがなにか企んでいるのなら、自分たちが目立たないようにって理由で脅し屋に濡れ衣を着せたことも頷ける。
「親父。ダレントの社長の近くにいた人間の中でも、パシーヴァのヤツらが怪しいのはわかってるよな」
「ああ」
「じゃあまずは、俺たちがダレント社長を脅した日、あの建物内にいたパシーヴァの人間を洗いざらい調べようぜ。カチューシャさんの周りや警察に探りを入れるのは、その後だ」
ずっと街を守ってきていた脅し屋が初めて人を殺したんだ。濡れ衣だけどよ。その警察からの発表が大きく報道されて、世間でももっぱらの大事件になることは簡単に想像できる。パシーヴァの人間にとって、濡れ衣を着せられた俺たちの存在は、雲隠れするのにちょうど良いってことだ。




