第18話 broadcast
理事長室の椅子でふんぞり返り、大笑いしている者がいた。もちろん、葉央高校理事長、金計大喜である。
「これで我が校は野球とバレーの両方で大注目だ。フフフ……へッへッへ、ニヤケが止まらないのお〜」
斎藤道二の悩みの種が、いらんことをしたそうな。
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「BAJの取材ですか……」
「そうです。しかも、明日来ることが急に決まったようで、私もまだよくわかっていないのですよ」
バレー部顧問で意外とデキる男、算橋数夫でさえ、この事態は把握しきれていないらしい。
broadcast association japan、通称BAJは、日本の放送業界を牛耳る組織である。その組織からの取材を断れば、日本の放送業界を敵に回すということになりかねない。
「しかも、こんな企画書を送りつけてくるとは、宣戦布告としか思えませんね」
道二は、BAJから送られてきた企画書を床に叩きつける。
「まあ、誰がやったかは見当がつくとして、対策を考えなければなりません」
算橋先生はいたって冷静てある。
「140km/hくらいなら見られても問題ないが……」
企画書には、150km/hサーバー、原野球人の取材としか書いていない。つまり、ピンポイントで原野を取材するということであり、さらには、150km/hのサーブを見せないと、帰らないという予告でもある。
「ま、アイツのことだから、全力にみせかけた140km/hのサーブも打てるだろうし、なんとかなるか」
なかなかの無理難題である。
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取材当日……
体育館の目の前に車が停車し、ぞろぞろと人が降りてくる。
「来やがったか」
道二はすでに不機嫌だが、それを全く顔に出さずにBAJの人への対応を始める。
「すでに原野球人は準備ができているので、速く取材して帰ってください」
顔には出ないが、口には出る男である。
「では、そうさせてもらいます」
BAJの取材班はさっさと体育館に入っていく。体育館の周辺は、BAJの人以外は立入禁止になっている。これは、算橋先生の頑張りのおかげである。
体育館では、原野球人が既にアップを終えていた。
「さっさと撮影して帰れ」
原野は無表情だが、えげつないオーラを放っている。
バゴオォォォォン
「ん?140km/hしか出てないな」
BAJの1人がつぶやく。
「150km/hのサーブを打ってください」
BAJのリーダー格の人が、不機嫌そうに言う。ただ、原野は思いきり腕を振っており、手を抜いているようには見えない。
(150km/hのサーブを撮らないと帰れないんだろうな……可愛そうに)
道二は密かに同情するが、ここで態度を変えるつもりはない。
「簡単に150km/hのサーブを打てるわけないでしょ」
「うーん……調子が上がらんなぁ……」
原野は右肩をさすり、不調であることをアピールする。
「ま、気長に待ちますけどね」
BAJ側も、長期戦は覚悟していたようだ。
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原野は15分程サーブを打ち続け、ついに球速表示150km/hのサーブを打つことに成功する。
「じゃ、帰りますね〜」
取材というよりは、原野の150km/hのサーブを撮影しただけでそそくさと帰っていった。
「で、不調のカラクリはどういうわけだったんだ?」
2人きりとなった体育館で、道二は原野に尋ねる。
「チェンジオブペースだ」
チェンジオブペース、それは、簡単に言えば『手抜き』である。どんな名選手であれ、試合の最初から最後まで全力というわけにはいかないものである。そのため、なんでもないときは6割くらいの力を出し、要所要所で本気をだすことで、体力の温存ができる。それだけではなく、『なんでもないとき』と『要所』の間に【差】が生じる。この【差】があることにより、『要所』がより際立ち、『要所』をきちんとシメることができる。
腕の振りを普段と同じくらいにして、なおかつ球速を落とすあたり、原野球人の実力の高さがうかがえる。
ちなみに、原野流チェンジオブペースは、普段の150km/hのストレートに比べて、ボールに伝える前への推進力を減らし、トップスピンの回転数を増やすことで、腕の振りを変えることなく打つという方法をとっている。
「やっぱりお前は天才だな」
道二は呟いただけだったが、誰もいない体育館では、その声は響いたのだった。
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「こんなにふてくされた高校生を放送できるかぁ!」
BAJの社長の一喝で、原野球人の放送は取りやめとなったのだった。
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「そんなぁぁぁぁ……」
葉央高校理事長、金計大喜は、放送取りやめの連絡が入ると、1週間程寝込んでしまったのだった。




