第8話 伝説の幕開け
原野はフーッと口から息を吐き切る。そして、鼻から息を吸い、息を止める。野球をやっていた頃、集中するときは息を吐き切ってから吸うという儀式のようなものを行っていたのだ。そして、原野はネットに対して左肩を前にして横を向き、ボールを胸の前に構え、腰を少し落とす。
胸の前のボールを真上に投げあげると同時に左足を高々とあげる。エンドラインと呼ばれる、サーブを打つ際に出てはいけないラインの手前に、ボールが落ちてくるタイミングに合わせて左足を前に踏み出し、左手を前に出す。そして、脚、腰、肩を順にひねり、左手を体に引き込み、ボールに合わせて腕を上から振り下ろす。
美しいオーバースローのフォームから放たれたボールは、強烈なトップスピンがかかり、ネットを越えると同時にグニャリと下に曲がり、高坂農林水産高校側のコートにバゴオォォォォォンという轟音を立てて突き刺さる。
葉央1ー1高坂
体育館内が、一瞬にして静まり返る。原野は、こういった静寂が好きである。ネットに取り付けられているスピードガンには、151km/hと表示される。
「ヒュウッ」
原野が息を吐く音が、静まり返った体育館に響き渡る。
高坂農林水産高校の面々は唖然としていた。今のは一体何だったのだと。
「たしか、サーブ権を持っているチームが点を決めると、同じ人がもう一度サーブを打つんだよな」
「そうだ」
道二は短く答える。
原野がボールを持つと、高坂農林水産高校の面々が萎縮する。
バゴオォォォォォン
葉央2ー1高坂
高坂農林水産高校の面々は、一切動くことができず、ただただボールを見送ることしかできなかった。彼らの表情は、絶望に満ちていた。
バゴオォォォォォン
葉央3ー1高坂
バゴオォォォォォン
葉央4ー1高坂
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体育館は、ボールがバゴオォォォォォンという轟音と、原野のヒュウッという息を吐く音に完全に支配されていた。原野はそのまま、24連続サービスエースを達成して、葉央高校は第1セットを獲得したのだった。
ただ、体育館は未だ静寂に支配されていた。誰1人として声を発しようとしない。原野球人によって放たれ続けた150km/hのサーブによって、敵味方関係なく戦意を喪失していた。ただ2人を除いて。
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(これはすごいぞ……相手が身長で押し込みにくるチームとはいえ、原野は完全に圧倒していた。これなら本当に日本一も夢じゃないぞ)
斎藤道二は、高坂農林水産高校の面々とは正反対の、希望に満ち溢れた顔をしていた。あまりにもワクワクしすぎて、声も出ないのである。
(折田が復帰したら、原野をピンチサーバーに専念させて、秘密兵器感を出そう。それと俺の初見殺しが組み合わされば……日本一は確定事項になるな。それに、万が一のためのあの秘策もあるし……)
斎藤道二は、にやけが止まらなかったのだった。
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(俺のサーブはそんなにすごいのか?)
原野球人は疑問に思っていた。150km/hの球速なんて、プロ野球の世界ではごくあたりまえの球速である。それが、バレーボールになった途端に、とんでもない球速へ化けたのである。
(バレーボールは、サーブがプロでも速くて130km/hの世界だなんて信じられないな。130km/hが最速ということは、バレーボールにおけるサーブは全て変化球なのか?ただ、他人のサーブを見ても、曲がっている感じはしなかったが……)
野球をやっていた頃の、相手を分析しようとする癖が出る。相手の情報をつかむことは、どの競技であっても大切であると原野は考えているためである。原野は、バレーボールという競技を知り尽くしたいと考えているのだ。
(まあ、道二に任せておけばいいか)
野球をやっていた頃の癖の1つ、自分の管轄外と判断したら他人任せが発動したのだった。
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(アイツは一体なんなんだ……)
高山頂は、訳がわからない様子だった。
(あれだけのサーブを打てるにもかかわらず、なんで今まで試合に出なかったんだ?というか、本当にアイツは素人なのか?)
そもそも、高山頂のプレースタイルは、圧倒的な高さからボールをたたき込み、圧倒的な高さで突破不能のブロックを行い、場を制圧するというものである。しかし、相手に24連続サービスエースをされては、高さは全く生きず、なすすべがないのである。
(これが、決して届かない遥かなる高みというものなのか……)
高山は、スポーツドリンクを飲む気にもならなかった。




