第30話 黒騎士、記憶を無くす。
「…ふむ、一時的な記憶の混濁…じゃと言いたいがどうも良く分からんのぅ」
ベネッドは診察を終えてそう告げた。
「娘さんは自分の事をフィリアだと分かっているのじゃが…生まれた年を聞けば今より何百年も昔の年を言うのじゃよ。どうにも良く分からんわい」
「…だから私は嘘なんて言ってないんだって!おじいちゃんの方こそボケてるんじゃないの??」
「ボケとらんわぃ!!……ま、とりあえずは様子見じゃの。まだ傷は残っておるから安静にな」
ベネッドは手をヒラヒラと振って部屋から出ていった。
「…フィリア、俺の事は分かるか?この店の店主なんだが…」
「うわ…渋い……いや、分からないです。というか私はなんでここにいるのでしょうか?」
少し頬を染めたフィリアだったが気を取り直してそう聞くと近くにいたキョウスケが口を開く。
「…森で大怪我をしていた君を俺がここまで運んだんだ」
暫く事情を説明していたキョウスケだったがフィリアは唐突に
「…ねぇ?あなたって何処かで私と会った事ない??何故かあなたの顔を見たら無性に殴りたくなるんだけど……」
キョウスケはフィリアの言葉に内心慌てたがしっかりと否定する
「…そう、ならいいけど。大体の事情は分かったけど…なんでそうなったのか…」
気が付いたら全く知らない土地の知らない街の酒場で寝かせられていたのだからフィリアからすれば訳が分からないのも無理は無い。
「ただ、あなた達に助けられたのは事実だし怪我を治療してもらった恩は返します。その後私は家に帰る、それでいいですか??」
フィリアの言う家とは実家の事なのだが当然もう存在していない。
それを知るキョウスケはどうしたものかと思案していたが…エレノアに相談するしかないな。と結論を出してこの場は放置する事にした。
「……フィリアは俺の店で働いてくれてたんだが…それも覚えて無いのか?」
ハベルの問いに頷くフィリア。
「暫くはベネッドさんの言ったように様子見だな。なんにせよ今日はゆっくりするといい」
ハベルさんも部屋から出ていくと残されたのはアイカとキョウスケだった。
「…フィリア、本当に何も覚えてないのか?」
「あんたから名を呼び捨てにされる筋合いは無いんだけど。助けてくれたのは感謝してるけどそこまで馴れ馴れしい態度をとられるほどじゃないと思うのはおかしいかしら?」
記憶を失っても嫌われているのは変わらないのか…!
心の中で膝をついて落ち込むキョウスケにアイカが助け船をだした。
「…ま、まぁまぁ。フィリアさんそんな事言っちゃ駄目ですよ?キョウスケさんは毎日様子を見に来てくれてたんですから」
「……そう?まぁ何故かあなたは敵じゃなさそうだから従うけど…そこの少年の事はどうしても今すぐに殴らないといけない気がするのよね。…1発殴ってもいい?」
「断る!」
即答したキョウスケに仕方ないと呟いてフィリアはベッドから立ち上がろうとしてフラつく。
「あらら?身体が…」
1週間以上も寝たきりだったのだから当然である。
アイカが支えてゆっくりと立ち上がるとフィリアはにこやかにアイカへ礼を言う。
「ありがとう、それで…ちょっとお願いがあるんだけど…」
「なんです??」
「外に出たいから付き合ってくれない?身体が鈍ってるから動きたいのよね」
「うーん。安静にしてなさいって言われてましたし…」
悩むアイカにキョウスケが口を開く。
「その辺を歩くだけならいいんじゃないか?」
「少年、良いこと言うじゃない!そう、散歩しましょ?」
それからハベルさんに散歩に行ってくると言ってフィリア、キョウスケ、アイカは店を出た。
「…なんで君もいるの?アイカちゃんだけで十分だから」
「…俺の宿もこっちなんだよ」
「いいじゃないですか、皆で散歩するのも楽しいですし」
三人で街のメインストリートを歩いていると道行く人から度々声をかけられた。
"フィリアちゃん、怪我良くなったのかい?仕事に復帰するなら教えてくれよ?飲みに行くからさ"
"フィリアねーちゃん!こんどは負けないからね!"
"今日はハベルさんからのお使いじゃないのかい?最近来ないから心配してたんだよ"
"今度また剣を教えてくれよ?暇な時で良いからさ"
「……本当に、この街に居たんだね…私には覚えが無いけれど…」
「フィリアさんは目立ちますからね、すぐに覚えられたみたいですよ」
特徴的な赤髪に引き締まったモデルの様な体型…さらに整った顔立ちだが気さくに話すフィリアは割と人気があった。それこそ老若男女から子供達まで。
歩きながら街を眺めていたフィリアの呟きにアイカが答える。
「さっき、あのおじいちゃんは私が答えた年が何百年も昔だって言っていたけど……あれは事実なの?」
アイカは答えた方がいいのか迷ったが暫くしてから本当です、と言った。
「……そう。何故だろう…とても大切な事を忘れてる気がする…」
なんだか忘れてはいけない事を忘れている様な感じがしてフィリアは不安に思う。
そうしてゆっくりと歩いていくと目の前には…
「…あ、もうギルドの前まで来てたんですね。…今は行く必要無いですし戻りま…フィリアさん?」
フィリアがギルドのほうを見て止まったのに気が付いた。
「あれは…まさか。見間違いかな…」
フィリアの目線はギルドの入り口…よりも少し先にいたフードを被った人に注がれていた。
……あの水色の髪………
「…そろそろ戻った方がいい。あまり長く出歩くのは良くない」
キョウスケの言葉にアイカも頷くと来た道を戻っていくフィリアだったが…
やっぱり何か大切な事を…なんだろう…モヤモヤする。
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「フィリア…そのまま記憶が戻らない方が幸せなのかも知れないですね」
エレノアはフィリアが戻っていくのを眺めながらそう呟く。
ギルドでオルトから情報を仕入れるついでだが怪しまれない為に冒険者登録したエレノアは受けた依頼を確認する。
「さて、盗賊を追い払えとの事ですが…この様な依頼を私に寄越すとは…私としては薬草採取という依頼を受けたかったのですけれど……」
薬草採取の依頼書を受付に持っていったらオルトから呼ばれてこちらを渡されたのだ。
「エレノア団長は薬草採取を受けないで下さい、新人の仕事が無くなってしまいますよ」
はて?私は新人冒険者では無いのか…
「…私は新人だと思うのですが?」
「ははは、エレノア団長、冗談はやめて下さいよ。あなた程の実力者を新人達と同列に扱う訳が無いじゃないですか…エレノア団長みたいな新人が何人もいたらそりゃ楽ですけどね」
しかしギルドの規定には実力に関係無く登録した当初は最低ランクだとあったはずですが…
「例外はあると小さく書かれてますよ?」
エレノアはもう一度よく紙を確認してみると明らかに後から付け足したように小さく"例外有り"と書かれていた。
「…まぁいいでしょう。あまり目立ちたくなかったので討伐依頼は受けたくなかったのですが…」
「いやまぁ…ウチのギルドって冒険者が不足していて本部から突き上げを食らってるんですよね。それなりの成果を上げないと来月から始まる総会議でさらに嫌味を…」
「それは私に何か関係ありますか?」
冷たい視線を投げられてオルトはこれ以上言えば死ぬかも知れないと悟る。
「イエ、ナンデモアリマセン!」
「…よろしい。……ただ、依頼はキッチリこなすので心配はいりません。私もたまには身体を動かさなければいけませんからね」
「…あまりやり過ぎないで下さい…始末書は嫌です」
「善処しましょう。保証はしませんが」
「……はい」
その日、盗賊と一緒に畑が消えて無くなったと苦情が入ってオルトは倒れそうになったのだった。




