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ギルド『クォンタム』

 リッカを助け出したことでぼくの不安は消し飛んだ。

 ぼくはおかしくなったトラウム城の大広間をあとにして、3人が揃った喜びに浸りながらもギルドの建物を目指した。

 ログアウトができない上に、プレイヤーや街などあらゆる物がバグっているのだから、あまり動き回らない方がいいという判断。そして、ギルドのメンバーから情報が得られるかもしれないという希望があった。

 それに、ぼくたち3人だけでは、今は少し心細い。


「でもギルドの建物がトラウム城みたいにめちゃくちゃになっていたらやだよね」


 アサノは不吉なことを言い、相変わらず宙に浮かぶ、浮かぶはずのないものに触れている。

 頭上にはワンワンと吠えるリンゴが蝶のように宙を舞っている。


「それは想像したくないな……」


 と、リッカが疲れた表情で言った。

 リッカはバグが起こったあとの街を、いま初めて見ている。

 そしてその衝撃的なビジュアルを見る前に、城の中に閉じ込められ、一度は飛び降りる決心をした。疲れないほうがおかしい。

 リッカをギルドの建物で休ませてあげたい。

 ぼくは心の底からそう思う。

 だからギルドの建物ぐらいは無事でいて欲しい。


「それにしても城から出てきて思ったんだけど、ちょっとは街も落ち着いてきたわね」

「そうだな。静かになってきたような気がする」


 確かにアサノの言うとおり、街は静かで、エネルギッシュに叫ぶ人や騒ぐ人がいなくなっていた。かすかに高笑いがまだ聞こえてくる程度だった。

バグっている上にログアウトができないから、少し疲れが出ているのかもしれない。

 それはぼくも同じだった。

 運営側からアナウンスがない以上、じらされている気持ちになり、疲れがたまっていく感覚があった。

 ただ、それでも今は運営を信じるしかない。

 それはこんな状況下でもはっきりとすることが、1つだけしかなかったからだ。


 わかること。

 それは現実世界の時間についてだった。

 現実世界の時間はログアウトのウィンドウを見ることで確認ができる。しかし今はログアウトのウィンドウを開いても枠しか表示されない。だから経過時間がわからないとぼくは思っていた。

 しかしこの世界は現実世界と似て、天体の動きを見ることで経過時間を計算することもできる。その計算は単純なもので、どの土地でも日の出から日の入りは1時間、夜の時間は1時間、計2時間がこのゲームの1日の時間に相当していた。

 そしてぼくがログインした時に浴びた日差しは朝日で、今は日が沈みかけている。つまり1時間がそろそろ経過すると推測ができる。

 もちろんこれは、あのブラックアウトが一瞬だったという前提に基づいている。もし一瞬に感じられたブラックアウトが2時間以上だった場合、そろそろプレイヤーの誰かが尿意を感じてログアウトができず現実で漏らしていてもおかしくはなかったけれど、幸いなことにそういう声は聞こえていない。


 ぼくは日陰に覆われた街の裏道を歩き、NPCたちが多く住む住宅街からはなれた。

 ここまで来るとNPCお決まりのセリフやプレイヤーの声も聞こえない。

そして空き地が所々目立つ一角に出た。

 そこはプレイヤー自身が家や商店を建てることができるフリーエリアと呼ばれる場所だった。

 フリーエリアではNPCたちが住んでいる普通の建物は一切なかった。そのかわり、プレイヤーが作り出した建物がいくつも軒を連ねていた。

 だけどバカ高い土地代と材料費のせいで乱立されることはなく、常にフリーエリアの空き地は目立っているのが現状だった。

 建てているのは、そんな高価なものを必要とするプレイヤーたちばかりだった。そしてそれは往々にしてそれなりに蓄えのあるギルドの共同出資により建てられていた。

 ぼくが所属するギルド『クォンタム』も、例には漏れていなかった。

 ギルド『クォンタム』の建物はフリーエリアの一角、日が当たらず海も見えない安い場所にあった。


「あ、ギルドの建物は無事みたいだね」


 リッカが安心しきったおだやかな声で言い、にっこりとほほ笑む。

 相変わらずフリーエリアもバグだったけれど、バグとは無縁のままいつも通り『クォンタム』の建物は灯をともしていた。ギルドの建物は2階立てで、中世ヨーロッパ風の石造りの建物だった。1階には商用と会議用スペース、2階は寝泊りできる部屋がある。

 その一切変わらない風貌には、玄関を開けた時のような安心感が、堰を切るようにしてやってきた。


 しかし、


「いや、中はめちゃくちゃかもしれないよ?」


 と、ぼくの安心感に水を刺す。


「余計なこと言うなよ。本当にそうなっていたら恨むぞ」

「えー。運営を恨みなさいよ」


 ぼくはアサノの言葉を無視して、おそるおそるギルドの扉を開いた。

 心配は杞憂におわった。

 天井からは照明がいくつもぶら下がり、規則正しく配置された木製の丸テーブルと丸イスに暖かみのある光を落としていた。奥にはバーカウンターが見え、カウンターの棚には様々な色のワイン瓶が置かれている。

 丸イスに座っているギルドのメンバーがいなかったのは寂しかったけれど、照明が落とす暖かな光に彩られた室内は、間違いなく見慣れた光景そのままだった。


「お? コウに、アサノに、リッカの3人か。3人ともログインしてたんじゃな!」


 バーカウンターからひょっこりと顔を出す幼い女の子の姿が見えた。

 その姿が見えた瞬間、


「ああっ! ポッチェちゃん、会いたかったよぉー」


 と、リッカはポッチェをぎゅうっと抱きしめた。


「うわなにをするはなすんじゃ」


 老人のような言葉を使う幼女・ポッチェの言葉をリッカは無視して、ポッチェの頬と自分の頬をすり合わせた。


「リッカ、元気になったわね」

「ああ。でも元気になりすぎている気がするけどな」

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