告白
リッカは小動物に出会うと、普段の静けさからは想像できないほどテンションが変わる。ネコとかイヌとかは、目を輝かせて抱きつきにいくことがしばしばあった。
リッカにとって、ポッチェもまたそんな小動物たちと同類にされていた。
そんなポッチェはピンクの髪をもつ10歳ぐらいの少女で、ギルドの中でその見た目は最年少だった。
ただこの容姿に似合わず彼女は『クォンタム』のギルドリーダーでもあり、また職業・盗賊らしく曲刀・シミターを腰からぶら下げ、なめし皮でできたレザーアーマーを装備していた。
実に10歳児らしくない、性能重視の装備だった。
しかしぼくは、本当に10歳児だとは思っていない。キャラクターモデルを作ったプレイヤーの本体は、40歳のロリコンのおっさんかもしれないとぼくは思ってすらいる。
アサノもその辺は承知しているはずだ。
しかしリッカは、そのことに気付いていないかもしれない。気付いていれば、少なくともハグはしないだろうと思えるからだ。
vただ、そんな憶測を告げて仲違いさせようという気はないので、放置したまま今の関係は続いている。
「ええい、リッカやめい。私はそのへんのイヌやネコとはちがーう!」
ギルドリーダーであるポッチェはするりとリッカの熱い抱擁から抜け出し、バーカウンターへと逃げ込こんだ。
「まあ、こんな状況下でも元気でいられるのはなによりじゃ。私は3人がログインしていてすごく心強いと思っておる。で、コウよ……ログアウトができず、バグだらけの中、ギルドメンバーで冒険へ行こうって言うわけではないんじゃろ?」
バーカウンターから見えるポッチェはイスに座っているのだろう。小さすぎて顔だけしか見えていない。
しかしその幼い顔に似合わず、表情は真剣そのものだった。
「まあね。変わった情報が入っていれば聞きたかったんだけど、何か聞いてないか?」
ポッチェは様々な交流網と情報を持っている。
それはギルドリーダーならではの交流網を超えていて、ネットに散在するあらゆる噂から現在行われている多人数参加型ミッションの参加状況など、『リング・オブ・ファンタジア』に関わる大小様々な情報を網羅していた。
その情報料を元手に、このギルドの建物が購入できたぐらいだ。
しかし、そんな情報通のポッチェも静かに首を横に振った。
「すまんな。私らの友人もみな混乱しておるから、コウたちが望んでおる情報はまったく耳に入ってこん。ログイン中だった運営側の人間がログアウトができないと慌てておった……なんていう話が入ってきているぐらいじゃ。
ああ、でもバグにまつわる不思議な話は聞いたぞ」
「どんな話だ?」
「これは『アルビオン』にいるプレイヤーの話なんじゃが、キャラクターモデルのノイズがはしると同時に、虹色の光の線が見えたらしいんじゃ。戦闘中なら電撃と見間違いそうじゃが、そのプレイヤーがいたのは街中だったらしい」
『アルビオン』はこの世界『テラ・メリタ』の中心となっている巨大な国で、世界の中継地点でもあった。ただ、『トラウム』からは遠く北に離れているのですぐに行ける距離ではない。
ただ、そんな遠く離れた土地の話には見覚えがあった。
トラウム城でアサノがリッカを助けた時に出たあの光。
キャラクターモデルにノイズが起こるという点も同じだった。
「だけど今はバグだらけなんだから、そういうものが出てきたっておかしくないんじゃないか?」
しかしぼくはアサノのことは言わずに念を押す。
ポッチェの話が悪い方向に進むのなら、アサノのことは秘密にしておこうと思った。
「確かに、ノイズも光もバグであることは間違いない。ただ不思議なのは、このバグが単なる見た目だけのバグに留まらず、プレイヤーのステータスやスキルにまで影響を及ぼすということなんじゃ。例えばその『アルビオン』のプレイヤー場合は、HPが1万を超えたらしい」
「HPが1万っ!? 私の10倍ぐらいあるわね……」
そう驚いたアサノのHPは1020だった。
しかしアサノは前衛職である武闘家で、なおかつ中堅プレイヤーと呼ばれるようになるレベル30なので、1020というHPは別に低い数値ではなかった。
HP1万が飛びぬけておかしいだけだ。
このゲームでは今のところ、どう頑張ってもHPは2500程度までしか伸びない。その限界値の4倍を超えていることになる。
「すごいバグじゃろ? この『アルビオン』のプレイヤー以外にも、ほかにもいくつか事例を聞いておる。こいつらのことをみんなバグラーと呼んでいるそうじゃが、私はまだ身近に見たことがない。もしいれば見てみたいもんじゃが――」
とポッチェが腕を組んで得意げに話している時だった。
ドスン、とにぶい音と振動が建物内に響いた。
ぼくたちは、音のした天井の方に目をやった。
するとそこには、天井に片腕を突っ込んだアサノの姿があった。
「あ……ごめん。試しに飛んでみたのはいいんだけど、力の加減がわからなくて天井に突っ込んじゃったわ」
「アサノ、もしかしてその力は……」
「今日、ログインした時にはなかったからたぶんバグなんでしょうね。良いバグで安心したわ。つまり私は、そのバグラーってことでいいのかな? 身近にいてよかったわね」
ニッと笑顔を見せてから床へと降りたアサノは、体にノイズが走り虹色の光を見せていた。
「まさか身近にいるとは驚きじゃ……って、おい。天井の穴はどうしてくれるんじゃ」
「バグラーの能力が間近で見られたってことで、オッケーじゃないの?」
「んなわけあるかい。弁償じゃ」
「うーん、ケチくさいなあ」
「ケチくさい訳があるか。弁償にいくらすると思っておる」
「そもそも弁償する必要があるの?」
「あるわ!」
アサノとポッチェの不毛なやり取りがしばらく続いているのを、ぼくはため息まじりに見ていた。
一度こうなったら収拾がつかない。それはぼくもリッカも知っている。
だから、ぼくはその言い合いの中に割り込んで、こう言った。
「じゃあぼくがバグラーで、今からその能力を見せるっていったら許してくれるか?」
ぼくの突然の告白に、その場にいた全員がシンと静まった。




