チート
NPCがいる、もしくはゲームの世界観に関わっている建物のほとんどは家具の1つですら壊せない。
しかしフリーエリアに作られたものは逆にほとんどが壊すことができる。というより、プレイヤーが所有するものは武器であれ食器であれ家であれ、なんだって壊すことができた。
これはプレイヤー同士の戦いに緊張感を持たせるために作り出されたシステムの1つだ。けれどそういう自由さは当然、仲間同士に亀裂を生むこともあった。
ぼくたちのギルド『クォンタム』は亀裂こそ生むことはなかったものの、そんなシステムのために、天井の穴をふさぐ修繕費を必要とした。修繕費は主に穴をふさぐための木材に使われる。
この修繕費はそれほど蓄えのないぼくらには少し痛手だった。
「なんであんな所で見せる必要があったんだよ」
「タイミング的にちょうどいいかなと思ったのよ。場所はいま考えてみると確かに悪かったけれど、天井を突き破るなんて考えられなかったし。それに、起こったことを今さらくよくよ言ったって仕方がないでしょ?」
「それはそうだけどさ……」
問題を起こした張本人の言葉ではないよな、とぼくは真っ白に輝く巨大な月の光を浴びながら思った。
ぼくら4人は市街地の外にあるトラウム平原にいた。
ぼくがアサノのようなバグラーだと証明するためには街中ではなく、バトルが行えるフィールドに行く必要があった。
フィールドにはもちろん街灯はなく、人工の光は遠くから見える『トラウム』の街並みの光だけだった。それも都会の光のようにギラギラした刺激のある光ではなく、夜の暗幕に隠されてしまいそうなほど弱々しい光だった。現実世界なら、いまいる平原は暗闇に包まれてもおかしくはない。
ただトラウム平原には巨大な月の光があったので、光源には困らなかった。そもそも夜の暗幕が降り、夜空に幾千もの星々が輝かないような洞窟のなかであっても、このゲームの場合はある程度なら見えるようになっている。
現実の不都合は、このゲームなら改善されていることが多い。
「で、おまえはどんなバグを使うことができるんじゃ? まさか空を飛んだりするのかっ!?」
ポッチェは輝くような期待の眼差しをぼくに向けていた。
「いや、空は飛ばない……というより特別な動きとかはしない。ただ、モンスターと戦う必要があるんだ。まあ、見ていてくれ」
ぼくは近場にモンスターがいないかどうか確かめた。
そして見つける。
トラウム・ルブス。トラウム平原にいる狼属の雑魚モンスターだ。
灰色と黒の毛に覆われたルブスは現実世界の狼に近い容姿をしているけれど、体格は大型犬ほどあり、また鋭く大きな犬歯は口を閉じてもはっきりと見えるほどだった。
ぼくはそんなルブスを口笛で呼び寄せた。
そんなルブスは、ぼくだけを睨みつけ牙をむいて走ってきた。
「よし、こい!」
ぼくもまた、ルブスと同じように戦闘モードに入る。
ただし、腰からぶら下げている片手剣・カッツバルゲルの柄は握らず、拳だけを握りファイティングポーズをとった。
「剣は使わなくていいの?」
「素手がたぶんわかりやすいと思う」
戦闘が開始しているのにも関わらず、ぼくとアサノは通学途中の会話のように緊張感なく言葉を交わす。
そんなゆったりとした気分に浸っている間に、ルブスは目の前にまでやってきた。
トラウム平原のような初心者エリアの雑魚モンスターは、襲われてもダメージはわずかしかない。それにダメージを食らったところで、ぼくは痛みを感じることがない。このゲームでは息切れもしなければ、痛みもなく、また極端な気温差に体力を奪われることもない。
とにかく不快や不安を思わせる要素はとことん排除されている。だから、戦闘中に軽く言葉を交わすことができる。
だけどぼくは、近づくルブスの巨体に少し恐怖を覚えた。
普段とちがい剣ではなく素手で立ち向かっていたからだ。
戦士という職業で剣を持たずに戦うことは滅多にない。
だからぼくの拳から放たれた一撃は、手加減のない会心の一撃になった。
ひゅっ、と間の抜けた風を切る音が空気を揺らす。
その音と同時にルブスの姿は、最初からそこにいなかったかのように消えた。
そしてドオオオオという轟音が平原の奥ある森から鳴り響くとともに、木々が倒れ、森の中から土煙がまるで火事のように立ちあがった。
そしてキラキラと、虹色の光がぼくを一瞬だけ包んだ。
ステータスにある力の値は、大きくなるほどダメージだけではなく攻撃に勢いが増す。
剣や斧ならば敵の体の部位が切断しやすくなるし、弓やボウガンなら飛距離が伸びて体の奥にまで刺さるようになる。
そして拳の一撃は、相手を吹っ飛ばす距離がのびる。
最大レベルである70レベルの戦士だと力は150になる。その力は敵を吹っ飛ばすとしても木の1本が折れればよい方だ。
ところが今のぼくは、力が999もある。
ぼくは『アルビオン』にいるらしいHP1万のプレイヤーの話には驚いていた。
しかしバグったこの力の値をゲームのプログラムは正しく計算して、吹っ飛ぶ距離と勢いをはじき出し、森の木々を吹き飛ばしたのだから、HP1万よりも見た目のインパクトは大きい。
正直、めちゃくちゃなチートだ。
「コウ、すごい……」
羨望と驚嘆といったあらゆる感情が混ざりあった、複雑な表情をしながらリッカは静かに言った。
「なによその能力。力がめちゃくちゃすごくなったの?」
アサノは意外にも平然としながら言った。自分がバグラーだからなのかもしれない。
「うん。ギルドへ向かっている時にふとステータス画面を開いたら、力が999になっていたんだ」
「それって私のジャンプよりすごいじゃない。羨ましいわ」
アサノは舌打ちをした。
「天井の弁償代。支払える部分はちゃんと支払うけど、足りない部分はポッチェの方で補って欲しい……っていう形はどうだろう」
ぼくはポッチェの方を向いて言った。
「私はなんだっていいぞ。ここまできたら全額負担してもいいぐらいじゃ。それより力が999もあるんじゃから、ノートリアスも楽に倒せてレアアイテム収集が簡単にできるはずじゃ。コウのギルド内での活躍次第では、天井の弁償代なんて安くつくわ」
ポッチェは手で口をおさえていたけれど、下卑た笑みは透き通るようにはっきりと見えた。
ノートリアスはノートリアス・モンスターの略称で、簡単に言えば各エリアに生息するボスモンスターのことで、その辺にいる雑魚モンスターと比べてとても強い。しかしその強さの見返りとして、倒すとレアアイテムを手に入れることができる。
プレイヤーのお金は主にレアイテムを売ることで蓄積される。そして建物を1つ建てられるぐらい財を成したギルドのほとんどは、そういったレアアイテムを多く手に入れることでお金を稼いでいる。
ポッチェは情報を商材にお金を稼いだとはいえ、レアアイテムの取引も当然、行っている。
「そっか、ありがとう。じゃあ全額負担をお願いするよ。ただ、ぼくの力のステータスはそこまで万能じゃないぞ」
「どうしてそう思うんじゃ?」
「力が999あっても、ほかのステータスが上がったわけじゃないから、強敵となると相手の一撃でやられてしまうはずだ。まあ攻撃力が低くてHPが高いノートリアスだったら、そこそこ強いやつとも戦えるとは思うけれど……そんなノートリアスってこの周辺にいたかな」
「意外といるぞ。例えばコウがルブスを吹き飛ばした先にあった森の中や、その周辺にあるほら穴にいるノートリアスは大抵HPが嫌らしいぐらい高いやつらばかりじゃ。だが、力が999もあれば余裕じゃろう」
「じゃあ運営のアナウンスがあるまで、そいつらでも狩ろう。あんなバグだらけの街中で待っているのは正直ウンザリするからな。アサノとリッカはどうする?」
突然ぼくから振られた話に、2人は首をかしげた。
「どうするって言われても、こんな状況でマジメにミッションなんかやる気が起きないわ。バグだらけの世界は落ち着かないけど、ノートリアス狩りぐらいなら別にいいわよ。トラウム平原はとくにバグってなさそうだしね」
「私はちょっとバグが怖いけれど、みんなノートリアス狩りしたいなら、ついていくよ」
首をかしげていたアサノとリッカは、意気揚々とうなずいた。
「よし、じゃあ4人パーティーで森の中のノートリアス狩りにでも行くとするか!」
ぼくは先陣をきって、トラウム平原の森の中へと足を運んだ。




