決着 最終決戦(3)
「ほらよっ!」
持ち主のいない短剣がやってくる。
人がもつ普通の武器とはちがい、体の動きや腕の動きから攻撃を読むことができない。
ぼくはすんでのところで避けることができた。
だが、避けたところで今度は片手剣が、ぼくの肩を斬りつけてくる。
片手剣を避けることができなかったぼくは、バックラーでその攻撃を防いだ。
相手の攻撃の衝撃がぼくのHPを少し削り、バックラーはものの見事に破壊された。
バックラーの予備はもともとない。
あとの攻撃はすべて回避か、片手剣で防ぐしかなかった。
「どうした? 力が999もあるのだから、俺なんて一撃だろう? さっさとこっちまで来いよ!」
アギトはそう言うが、アギトのまえには片手剣と短剣がふわふわ浮かんでいる。
短剣は2本と片手剣は2本の合計4本だ。
数はそう多くない。だけどすべての剣先がこちらへ向いているので威圧感があった。
ぼくはまず1本の片手剣に狙いをつけ、カッツバルゲルで叩き斬った。
宙を浮いているわりには動きは俊敏ではなく、その片手剣を壊すことができた。
しかしそうしている間に、3本の剣が同時にぼくへと向かいつつあった。
軌道の読めない剣をぼくは間一髪で避けて、アギトから距離をとる。
と、そんなことをしている間に宙に浮かぶ剣は4本に戻っていた。
「いったい何本もっているんだ?」
「それを教えちゃ面白くないだろ?」
当然といえば当然だった。教えてくれるはずがない。
ただ宙に浮かべられる剣の数が、どういう仕組みかはわからないが、4本だろうという推測ができた。
5本以上はさすがにバグとはいえ操ることができないのだ。
そうとわかれば、考えるしかない。
アギトの懐にさえ潜り込めば、こっちの勝利は確定するのだ。
ただそれが非常に難しい。
この4本を避けつつ、アギトからの攻撃も避けなければならない。
「なに考え込んでいるんだ? 武器を破壊しまくって俺の攻撃力を下げまくれば驚異ではなくなるだろう?」
ぼくは黙る。その通りだが、それが難しいから困っていた。
「はあ……呆れた。勇者気取りでここまでやってきたかと思いきや、くだらない説教を垂れたうえに、もう万策がつきているとは。しょせん、蛮勇でしかなかったか」
アギトはじりじりとぼくとの距離をつめてくる。
一方でぼくの背中は壁だった。もう離れることができない。
「さっきも言ったように俺は忙しい。コウと戦っているのは大サービスと言っていい。ただお前の闘争心がその程度じゃ、このサービスタイムはおわりだ。ただ、仲間になる気があるのなら、今からでも許してやってもいいがな」
「仲間にはならない。こんなところで、死んだような生活をするお前と一緒になんてなりたくもない」
「ふん、仲間になるぐらいなら永遠に止まることを選ぶか。敵ながら潔いな」
「いや、ぼくはそんなの選んだつもりはないんだけどな」
ちらりと、ぼくはアギトのうしろを見る。
「どういうことだ?」
アギトは不審がる様子を見せたが、ぼくの視線の変化には気付いていない。
チャンスだ、リッカそしてアサノ!
「グラキエス・インゲルス!」
魔方陣の光がポウッとアギトの部屋を照らし、氷柱の塊が無数に浮かびあがった。
魔法使いであるリッカの魔法が発動したのだ。
アギトがリッカの方を振り返ったとき、無数の氷柱がアギトの身を包み込んでいた。
リッカのレベルは低く、アギトのHPは少ししか削れていない。
しかしそれで十分だった。
攻撃魔法に包まれたアギトの視界は、氷柱が邪魔をして、今まともに機能していないはずだ。
「リッカ……! おまえ、裏切るのか!!」
これまで冷静さを保ってきたアギトの美声も、荒げるとひどく醜く聞こえる。
そして、その興奮と同時にアギトに隙が生まれた。
宙に浮いていた4本の剣は、剣先をぼくに向けることなく、ふわふわと無意味に浮かぶただの物体になってしまっていた。
宙に浮かぶ剣にまで意識が回っていないのだろう。
ぼくはすぐさまその4本を粉砕し、そしてアギトに近づいた。
「4本の剣が壊されたのか!? クソッ! 視界もまだ確保できてない……が、コウ、お前はバカだなッ! 近づいてくる影が誰かはわかるぞ!」
冷静さを失ったアギトは、背中にあった大剣を手に取り、横になぎ払った。
「どうだ、攻撃力1500の威力は! 真っ二つになっただろう?」
「そんな簡単に私は斬られないよ!」
「……? コウの女か!」
またもや女と言われてムッとしたアサノは、アギトの攻撃を避けるために後退する。得意な飛翔力を使えば、避けることは容易だった。
「コウとはそんな関係じゃないわよ! ただの親友だって」
アサノが頬を赤らめる。
そんな様子が少しだけ見えた。
そのときのアサノがどんな表情をしていたのか、ぼくは少し気になっていたけれど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
ぼくはいま、アギトの隙をつき、懐めがけて飛び込んでいた。
アギトはアサノが囮だったことにようやく気付き、体勢を立て直していた。
「そこにいたのか!」
だが、遅い。
カッツバルゲルの軌道は腰を捉えていた。
そして一閃――。
血はでなかった。だが、攻撃が入ったことは確実だった。
アギトの緑色のHPバーがみるみるうちに削れていき、そして黄色となり、赤となった。赤はピンチの色だ。だがその色になってもHPバーの減少は留まることがなかった。
それもそうだ。HPがモンスターよりはるかに低いプレイヤーが力999なんていうでたらめな攻撃を受ければ、確実にやられてしまうのだ。
アギトの敗北はもはや確定的になった。
アギトはHPが減りきるまえに敗北を察したのか、手に持っていた大剣を地面に力なく捨てて、近くにあった来客用のソファーに座り込んだ。
そのソファーは、かつてぼくらがこの部屋に招かれたときに使っていたソファーだ。
「はあ……おわりか。正直言うと、ブラックアウトがここまで上手くいくとは思わなかったから、結果としてはまずまずってところかな。予想外だったのは、バカみたいに説得しようとしてきたコウの存在ぐらいだ。普通、敵なら問答無用で斬りつけるだろ?」
うなだれたアギトからは、最早赤い双眸や赤黒い鎧から発せられるプレッシャーはなかった。
「でもまあ意外といえばリッカ、お前の行動にはビックリしたぞ。俺の話、ちゃんと聞いていたよな?」
リッカはうなずく。
「何を聞いていたんだ?」
ぼくは聞く。けど真一文字に口を結んで話そうとはしない。
「いや、なに。俺の動機や現状について教えてやったんだ。その上で裏切るだなんて、覚悟を決めたんだろうなと思ったんだ」
アギトはつきものでも落ちたのか、演説のときに見せた優しい笑みを浮かべた。
そんなアギトに対して、リッカは口を震えさせながら言った。
「うん、決めた。コウの言葉を聞いて、もう1度、現実で生きてやるって決めた。アギトくん……ゴメン」
そしてリッカは、堰を切ったかのように泣きはじめた。
そしてゴメン、ゴメンという言葉が部屋にこだました。
「おいおい、泣くなって。ここは現実じゃないんだぞ」
「でも、これで本当に良かったかなんて、わからないよ」
「そんなの、これから長い未来で考えていけばいいだろ? 俺はしょうがなかったんだよ。むしろここにきてズルしただけさ」
アギトとリッカの会話を聞いていたぼくとアサノは、2人顔を見合わせた。
この2人は一体なんの話をしているんだろう?
「あー……そうか。コウたちは知らなかったな。むしろ知らないからこそ、俺たちにたてつくことができた。ただ説明する時間がないな。でもまあ、これだけは言っておく。
この世界にずっと住んでいたかった。だが、後悔もしていな――」
HPバーは無情にも、アギトが言いおえるまえに空になった。
バグラーによって攻撃を受け、なおかつHPが0になるとフリーズする。
バグ・ノートリアスの攻撃であれば、バグ・ノートリアスを倒すことでこのフリーズは治すことができた。だが、今はどうだろう。バグラーを倒してフリーズから解放されたという話をぼくは少なくとも聞いたことがなかった。
「ああ、おわったんだね。アギトの負けか……」
いつからいたのか、ぼくらの近くにキュービが突然現れた。
奇妙な余韻に浸っていたぼくの感性はすぐに戦闘モードに切り替わった。
キュービが飲み込んだバグ・ノートリアスをここで出されたらたまったものじゃないからだ。
しかしキュービは言った。
「身構えなくても大丈夫だよ。リーダー不在の組織はみっともないしね。それにこの混乱がこれ以上長く続いても、胃に悪いから……。いま、チャットで停戦を呼びかけるね」
キュービの口調は相変わらずおっとりとしていて、さっきまで喋っていたアギトのように清々しさがあった。
そしてフリーズして身動きひとつしないアギトの横に、スッと静かに座った。
「私はね、引きこもりだったの。学校が嫌でしょうがなかった。1人1人の個性は尊重されるべきだと世の中の偉い人たちはよく言うけど、学校っていう集団行動の中ではそれほど尊重はされないからね。空気読めとか気持ち悪いとか、そんな言葉ばかり投げかけられちゃった。反省はしたんだよ? でもそう簡単に人は変われないしね。でも世の中はもっと変わらない。だから諦めて引きこもったの。
このアギトと知り合ったのはそんなときだった」
キュービは愛おしそうにアギトの頭をやさしくなでた。
「最初は『リング・オブ・ファンタジア』の攻略サイトの掲示板。そこから実際にゲームの中で出会って、ずっと遊んでいる間にギルドを建てようっていう話になって『アルカディア』が生まれたの。そのときからギルドには私のような問題児が多かったけれど、その時はまだ比較的普通のギルドと同じ雰囲気だったと思う。ベルクが入ってきたのもこのあたりだったね。
でもある日、アギトが少人数の人たちだけに声をかけてきたの。実際に会おうって。お互いネカマかどうかそろそろ知りたいじゃないかって言っていたんだけど、本心は違ってた。そして私はその違いに気付きながらも、オフ会に行った。
そして知ったの。
アギトが難病にかかっているってことに」
「アギトが難病!?」
その言葉にぼくやアサノは驚いた。
一方でそのことを知っていたリッカは、顔色を変えなかった。ただ悲しそうにしていた。
さっきまで元気だったのに、という言葉がぼくの口からつい出そうになる。
しかし仮想現実は現実の体調まで反映しない。現実でたとえ体力がなくても、このゲームでは息切れひとつすることがない。アギトの難病も同じく、ゲームに反映されることはない。
「うん、想像できないよね。初めて会ったとき、声に出して驚いちゃったよ。
ゲームの中では昔からリーダーを務めるぐらい元気だから、難病にかかっているなんて想像ができなかったの。その難病は『後天性マウザー・フィレット症候群』っていう症例の少ない難病で、完治するための特効薬はなくて、痛みや症状を抑える薬物投与がなされているだけだった。だから体はもうボロボロで、私が会ったときには車いすも満足に動かせていなかった。オフ会の開催場所が病院のすぐ近くの喫茶店っていうことに気付いていれば、もうちょっとは心構えができたかもしれないんだけどね。
で、そこから『アルカディア』の雰囲気がガラっと今のように変わったの」
「どうしてそこで今のような『アルカディア』になるのよ?」
「そこに集まった人たちはただ仲が良かっただけじゃなかったの。アギトに対して、現実についての悩みを打ち明けたり、不満を語ったりする人たちばかりだったの。アギトは現実に対する不満をそこでひとまとめにしようと思ったんだろうね。
でも相談を受けながらも現実の不条理に対して1番怒りを募らせていたのはアギト本人だった。集会所の演説のようなこと、時々喋っていたからね」
「その難病っていうのはそんなに酷いものなのか?」
ぼくは疑問に思ったことをそのまま口にする。
「『後天性マウザー・フィレット症候群』は全身のしびれや痙攣がひどくて、手に力が入らないし立つこともできない。それにその痙攣が内臓にまで及んでいくと、いつ命を落としてもおかしくないって言われている難病なの。しかも健康だったアギトのような人間が突然、そんな症状に陥ってしまうから……」
笑顔を保ち続けていたキュービの顔に影が差した。
「もういい、わかった。ごめん。つまり、それがアギトの動機だったわけか……」
軽々しく聞く質問ではなかった、とぼくは後悔した。
ただリッカとキュービとアギト、それぞれの動機についてぼくは知ることができた。
リッカは家庭内暴力。
キュービは不登校。
そしてアギトは難病。
どれもこれも、普遍的に存在する不条理の代表だ。
しかしぼくはこの出来事の1つですら想像できず、アギトたちに敵対し、現実世界に戻ろうとしていた。
アギトの弱者に沿ったあの演説の内容を聞いても、ぼくは弱者のことをしっかりと想像ができていなかったのだと改めて実感する。
「リッカはこのことをアギトから聞いていたのか」
「うん、演説を聞いた直後ぐらいにチャットで私から話しかけて、そこで教えてくれたの。そこでアギトのことを信頼して、それで宿屋であんな目に……そんなことがあったから、アサノたちのチャットには気付いていたけれど、どう答えていいかわからなくなったの」
ゴメンねと、リッカは涙を浮かべながらも、落涙しないよう我慢をして言った。
「で、これからぼくらはどうすればいいんだ、キュービ」
みんなの様子が比較的落ち着きを取り戻しはじめていたので、ぼくはキュービに尋ねた。
「それはもちろん、最後のバグ・ノートリアスを倒すんだよ」
「いや、それはわかっているんだけど、そのバグ・ノートリアスがチートすぎるから、どうすればいいのかを聞きたいんだよ」
「うーん、思いつかなかったんだね」
「ああ、まったく」
「簡単だよ。バグ・ノートリアスを飲み込んでいる私を倒せばいいだけ。そしたら中にいるモンスターも一緒に消滅するから」
「そんな簡単に倒せるのか?」
「うん、だから私を斬ってみて、コウ」
キュービは大きく両腕を開いてみせて無抵抗な構えになった。
キュービとは何度も敵対したことがあり、その都度、倒す覚悟はできていた。
だけど無防備な、そして最初から負けを認めているこの少女をぼくは斬ることができるのだろうか?
「どうしたの、斬らないの? もしかしてこの世界にまだ残っておきたいとか?」
ふふふ、とキュービは笑う。
「いや、なんていうか、無抵抗なプレイヤーを斬るのは気が引けるっていうか」
「コウ、あなたの覚悟を見せて。リッカがアギトを裏切ったときのように。それともコウは、女の子ばかりに覚悟を求めるタイプのクソ男子なの?」
キュービはまだ笑う。
「いや、そんなことないよ。そんなことないから……わかったから……じゃあ一撃で決めるからな」
「どうぞ」
そう言ってぼくはキュービに向かってゆっくりと剣を振りかぶった。
次回、最終回です。




