最終決戦(2)
ベルクの案内がなくてもぼくとアサノはアギトのいる部屋のまえまでたどり着けた。
獣のレリーフがある荘厳な扉は記憶にある通りだ。
「開けよう、グズグズしていられないわ」
「うん」
ルーズたちはぼくに戦況を一切伝えてこない。心配をかけさせたくないからだろう。
ただ相手はバグラーが4人。苦しい戦いをしているのは事実だ。
早く決着をつけなければいけない。
ぼくはその気持ちを胸に、扉を開けた。
部屋は広く、そして暗い。
だから最初は誰もいないように思えたが、
「へえ、落としたのに戻ってこれたのか」
というオペラの歌声のような明瞭な声が響き、誰が部屋にいるかを把握した。
アギトだ。
そしてその隣にはリッカがいた。
顔には怯えや焦燥が表れていなくてぼくはホッとした。しかし不安そうにそわそわとはしていた。
「アギト、外にいる連中を止めてくれ」
ぼくを一度落とした相手であるアギトに対し、憶することなく言った。
「どうして止める必要がある?」
「バグラーの攻撃でフリーズしているプレイヤーが出ている」
「そりゃそうだ。そう攻撃しろと俺が仕向けたからな。蘇生可能なPKだけじゃ戦う意味がないだろ?」
「いや、そもそも今やっている戦いそのものに意味がないだろ」
「それはどういうことだ?」
アギトの眉間に皺が寄る。
「お前らが作りたかった理想郷がぶっ壊れかけているからだ。あんな鎮圧の仕方をしても、反発するプレイヤーが次々と出てくるだけだ」
「次々と出てきたら、そのたびに潰す。次第に一色に染まる。今は歴史の転換期だから、多少の犠牲はやむをえない」
「身勝手すぎるだろう、そんなの。その身勝手さで信者たちにまで被害が及んでいるんだぞ。なんとも思わないのか?」
「悲しいが、仕方がないことだ。……なあ、この話はまだ続けるつもりなのか? お前ら、暇なのか?」
暇なわけがない。時間の無駄だと思ったのは、こっちの方だ。
聞く耳をもたないことは、これまでのアギトの言動と行動から想像はできた。しかしここまでひどく思考が歪んでしまっているとは思わなかった。
今のアギトの思考は、昔に流行った管理社会SF作品の敵役そのものだ。
理想郷を作るために、気に入らないモノを徹底的に排除し、人々を力で押さえつける指導者だ。
「コウ、俺はな、お前のことも弱者だと思っていたんだ。だから俺はお前を呼んだ」
「弱者……つまり、現実を不条理だと嘆く側の人間だということか?」
「そうだ。でもお前は俺の演説を否定しただろう?」
「否定まではしていない。ただ、悲劇や不条理については理解したつもりだ」
「理解、か」
くつくつと、アギトは不気味に笑いはじめた。
なにがおかしいんだ?
「理解なんて言葉をそう簡単に使うなよ。本当に理解ができたなら、この状況はなんだ? なぜリッカがこちらへ来たと思っているんだ? そうやって理解を簡単に使ってしまうことを偽善と呼ぶんだ。理解できるか?」
アギトは演技がかった声で笑う。
不安そうなアサノはちらりとこちらの顔をのぞく。
しかしアギトの笑いはすぐに止まり、静かな口調で再び話し始めた。
「不条理を普段から感じなかったなら幸せなことだと俺は思う。ただ、そうじゃない人間も多くいる。お前はそのことに気付けなかった。それがあの演説のときだ。しかもそれだけならまだしも、この世界を保つために重要なバグ・ノートリアスを全員倒すと言ってのけた。それは俺たちを完膚無きまでに否定したということだ。さすがにあれはカチンときたな。
……で、本題に入るが、コウはいまどう思っている? また同じ考えをもってでここまでやってきたのかどうか。そのへんを聞かせてくれよ」
アギトは背中にある大剣の柄を手で握る。返答次第ですぐにでも斬るぞ、という脅しのつもりだろう。
だけどぼくの考えはそんな脅しじゃ変わらない。
アギトはやはり、大きすぎるものを抱えている。その正体はわからないが、それがぼくとアギトの理解の溝を生み出していることは確かだ。
ぼくは言葉を選び、慎重に言った。
「今は同じじゃない。ぼくの理解が及ばなかったことは確かだ。大きななにかをぼくは知らないんだと思う。どう励ますべきかは今もわからないけれど、アギトもリッカも守らなければいけないとすら思うよ」
今まで険しかったアギトの表情は瞬時に和らいだ。
「ほほう、敵である俺を守るのか」
敵対心が薄まったように見えた。
だけど、ここまで口にしてもぼくは思う。
ベルクとは、やはり敵対しなければならない。
「ただ、このバグだらけの仮想現実で暮らすっていうのは、生きているとは言えない。デジタルデータのまがい物ばかりが作り出した変化のない世界の中で暮らすたどすれば、死んでいることと変わらない。ぼくも不条理や悲劇は恐ろしいと思うけれど、もっとも恐ろしいことは、生きていないことだと思う」
「ふん、じゃあやっぱり守る気はないんじゃないか。嘘つきが」
「ちがうっ! ぼくはここじゃなくて、現実で守ると言っているんだ!」
その時、誰よりも表情を変えたのはアギトではなくリッカだった。
何かを言いたそうに口をパクパクと開けている。しかし、言葉は出てきそうになかった。
「そっちの女はどう思う。コウに全面的に賛成しているのか?」
女、と言われてアサノは露骨に不快な表情を見せた。
「私はあんたなんかすぐにでも倒してリッカを助けたい。けど、この世界で生きることが間違いだっていうことも、ちゃんと言ってあげたいわ」
「ふむ、なるほど。ただ間違いだなんて言われても、不条理を素直に受け入れるお前らが間違っているとしか俺は言えないな。
仕方がない……やるとするか。そうだ、リッカは参戦したければしろ。どちら側についても構わない。ただコウたちについたら、お前も斬る」
リッカの困惑がより一層、深くなる。
裏切りに躊躇したリッカはアギト側につくとは思えない。しかしアギトの脅しに対抗する勇気をもっているとも思えない。
「アギト、お前の相手はこのぼくだ。リッカもアサノも、やらせはしない!」
ぼくはアイテム袋から遠距離武器を投げた。
といっても石コロだ。ダメージにはほとんどならない。
だが、注意を引きつけることはできた。
アサノが跳躍を利用して、リッカのもとへとやってくる。そしてリッカをかかえて、再び跳躍しアギトからはなれた。
ぼくはその間、カッツバルゲルとバックラー、それぞれを両手にもって踏み込んだ。
石コロとリッカに一瞬だけ気を取られたアギトの反応は遅かった。だが、一撃目を懐に入れてくれるほど優しくはなかった。
アギトの引き抜いた両手剣が、ぼくの片手剣の軌道に入ってきた。
アギトにダメージはなく、大剣だけが崩れて消失する。しかしいくらでも武器装備ができるアギトはすでに新しい大剣を握っていた。
その大剣は勢いよく地面へと振り下ろされた。
一刀両断でも狙ったのだろうが、ぼくはかろうじて横にステップして逃げた。
「学習してないな。まえの戦い方とあまり変わらないじゃないか」
「そっちこそ相変わらず武器の物量作戦なんだろう? それにグラントがいない分、ズルができなくて弱体化しているんじゃないか?」
おろした大剣を両手で持ち上げるアギトの腰に、ぼくは剣先を向ける。
攻撃力999同士の戦いは最初の一撃が肝要となる。
上手くいけば、戦いは一撃でおわる。
そんなチャンスが、いま到来している。
逃がすわけにはいかなかった。
カッツバルゲルの剣先を、アギトの腰へ一突しようとした。
だが、
「なに……っ!?」
カアアンという音とともに、金属の破砕する音が聞こえた。
ぼくは何が起こったのかすぐに理解できなかった。
目の前にいるアギトは両手で大剣をもっている。しかしそれとはまた別に、破砕した短剣がぼくの足元に落ちていた。
「コウはバグに対する想像力も欠如しているな」
アギトは大剣の剣先を地面に突き立てて言う。
「俺は武器をいくらでも装備ができるといった。だが、装備した武器は必ず手で持たなければいけない、なんて言った覚えはないぞ?」
アギトの体が虹色に光る。
そしてその体の周りを、短剣や片手剣が浮かびはじめた。
「ベルクにもグラントにも言ったことはないが、俺はな、武器を持たなくても操ることができるんだ。すごいだろ?」
アギトは口角を歪めて笑みを浮かべた。
あと2話でおわります。




