再会、混乱、そして終焉
心地のよい振動が座席から体に伝わり、ゆったりとした気分に浸っていると、いつの間にか列車はフィールドに出た。
そこは見覚えのある場所だった。
アルビオンの雪原だ。青々とした空間の中をさまよっていたぼくにとって、白銀の雪原や灰色の空模様は、本来なら面白味のない光景であるはずなのにとても懐かしく感じられた。
戻ってくることができたんだ。
ぼくはさっそく列車を降りた。
トンネルなんてないところに出たJRの列車は、まるで雪原から頭だけひょっこりと出した小動物のようにも見えた。
しかしすぐにその列車は姿を消した。
列車と雪原という異様な光景は、いつもの光景へと戻った。
ぼくは列車の消滅を見届けてから、深呼吸をしてチャットを飛ばした。
『聞こえるかな?』
『聞こえるけど……え、コウ? ホントにコウなの!?』
頭の中に響くのはアサノの声だった。
『ああ、ぼくだよ。心配かけてゴメン』
少しだけ無言が続いた。
『勝手に出ていって、チャットには答えなくなるなんて、ずっと心配していたんだから……いま、どこにいるのよ?』
『アルビオンの雪原にいる。ルーズのログハウスからはそう遠くない場所のはずだ。だから今からポニーに乗ってログハウスへ向かおうと思ってる』
『そう、ならいいわ。寄り道せずに……とくにアルビオンには入らずログハウスまできてね』
『アルビオンで何かあったのか?』
『ありまくりよ。もしかしてコウ、知らないの?』
アルビオンで何かがあったなんて、今までフィールド外にいたから知るはずもなかった。
ただ、アサノはぼくがフィールドの外にいたとは夢にも思ってないだろう。
『知らないな。まあいいや、とりあえずアルビオンには近寄らないようにするよ』
ぼくはポニーを呼び出して、ルーズたちのいるログハウスへと向かった。
「まさかコウ君がフィールドの外に落とされていたとは……大変だったね。その星野っていう人には感謝しないといけないな」
ルーズはコーヒーを一気に飲み干して言った。
ぼくはログハウスに着いてみんなとの再会を喜んだ。
そして勝手に飛び出したことを誤ったあと、アギトと戦い、アギトの能力を知り、フィールドの外に落とされ、星野と出会ったことを話した。
「それにしてもアギトのやることはメチャクチャね。理想郷が崩壊しかかっていたことに薄々気付いてたんじゃない?」
フィオナはクッキーを噛み砕いて言った。
「戦っているときはそんな様子なかったけどな」
ぼくがいない間に状況は一変した、とアサノたちは教えてくれた。
ぼくがいなかったのは現実の時間尺でいうと1週間とのことだった。
睡眠ができないこのゲームの仕様を考えると、改めてそれは長いと感じさせられるし、よく精神がもったなと思った。
そして、ぼくがフィールド外をさまよっているその1週間で、アギトのギルド『アルカディア』は信用をかなり失ってしまったそうだ。
原因はキュービが保管していた星野さん似のバグ・ノートリアス。そいつが街中を暴れ回った。
さらにポッチェを中心とした信憑性のある情報源によると、『アルカディア』に対して反抗的なプレイヤーをバグ・ノートリアスで制裁しようとしたところ、バグ・ノートリアスが関係のないプレイヤーと信者を手当たり次第攻撃し、フリーズさせたことが混乱の起点になっているのだとか。
「コウ君とのチャットが途絶えたときだったかな。その頃から最後のバグ・ノートリアス討伐に向けて各地のバグラーがこのアルビオンに集結しつつあったんだ。その時期と、バグ・ノートリアスを使った制裁の事件が重なって、いまの混乱が生まれたんだ」
ルーズのサングラスを鈍く光っていた。
「でも混乱といっても、街中じゃ暴行事件なんて起きようがないですよね」
「ああ、街中での戦闘は基本禁止だからな。だが混乱させる手立てはいくらでもある。ヘイトスピーチとか通行や日常生活の邪魔とか、嫌がらせ程度ならいくらでもできるからな。まあ街の外ではもっぱらバグラーたちのPKだらけで、フリーズしたプレイヤーがいたるところにいるのが現状だ」
「しかしそんな混乱がまだ続いているということは、アギトは……」
「健在だ。ただあの趣味の悪い建物の奥に身を隠しているらしい。あの建物は不幸なことにPKもできる場所に建てられているから、おいそれと近寄ることはできないし、それ以前にあの屋敷に入れたとしても部屋にたどり着く前にやられてしまう。そして、あの建物の奥に入る方法を正確に知っているのはコイツだけだと言うから厄介なんだ」
ルーズがコイツ、と言って指で示したのはベルクだった。
「あの部屋のバグ構造をキュービはコナミコマンドと言っていたことをコウさんは覚えていますか?」
「えっ? うーん、確かに言っていた気がするけれど、あの時は意味がわからなかったんだよな。何なんだ、そのコナミコマンドって?」
「昔流行ったゲームの隠しコマンドですよ。コントローラーの十字キーを『上上下下左右左右』と入力するだけでキャラクターがパワーアップするんです。『アルカディア』の建物の構造は偶然にもこのコマンドと一致したんです」
「だったらそのこと、ちゃんと他のバグラーたちにも教えてた方が良かったんじゃないか?」
「教えなかったわけじゃないさ。ただあまりにもややこしかったんだ」
と、ルーズが言った。
「チャットは出会った人間にしか使えない。それは知っているな? ただ、ベルクと出会ったことのあるプレイヤーがいなかったんだ。じゃあ出会ったことのあるポッチェを介して伝えればいいっていうことになったが、コマンドが長いからか思った以上にバグラーたちは理解してくれなかったな。ポッチェを通して伝えるにしても相手がアギトの信者たちと戦闘中ってこともあった。……とまあ、色々あったおかげで誰もたどり着けていない」
そういえば扉に入ってはすぐ出て引き返す、なんていうことをした気がする。あれがコマンドの『上上下下』なんだろう。それだと口頭の説明だけではわかりにくい。
なら直接ベルクが行けばいい、という言葉がつい出そうにもなったけれど、そうしなかったのはベルクたちに不安があり、また保身のためでもあったのだろう。あえて聞くことはない。
単身で突入しようとしたぼくならともかく、アサノたちは2度も彼らから逃げている。それでいながらアギトのもとへと行こうというのは無茶というやつだ。
「ところでアサノ、リッカはまだアギトと一緒にいるのか?」
混乱の規模が大きいだけに、ぼくは不安になって聞いた。
「それはわからない。リッカは私たちのチャットに相変わらず答えてくれないもの」
「アサノ、思ったんだけどもしかしてコウと同じように落とされ――」
途端、アサノがフィオナをにらみつけた。
「あっ……ゴメン。こんなこと、言うべきじゃないよね」
アサノがフィオナをにらむ。はじめて見る光景だ。
フィオナはしゅんとして、イスに座りながら縮こまった。
見かねたぼくはすぐさまフォローに入った。
「いや、フィオナ。それはたぶんないと思う。アギトは、フィールドの外に落としたプレイヤーはぼくが初めてだと言っていたんだ」
その言葉を聞いて、フィオナは「そうなんだ」と胸をなでおろした。
「で、コウはどうする気?」
アサノの視線がこちらを向く。
許しきれてないのか、まだ怒気が含まれているように見える。
「どうするもなにも、アギトのいる建物に行ってリッカを説得するんだ」
「それって前やったことと変わらないじゃない」
「そうだよ。でも、それしかできることはない。それにこれは、ぼくらにしかできない」
アギトの戦術を知り、建物の構造を正確に把握しているのはぼくらしかいない。
だからぼくらにしかできない。
そう思ったぼくは、みんなに向かって頭を下げてお願いをした。
「今度はぼくだけの力じゃダメだ。力が999あってもダメなんだ。お願いだ、今度はみんなの力を貸して欲しい!」
全員がシンと静まる。幼いアイリですら黙ってぼくをじっと見つめていた。
その一瞬の静寂のあと、
「なんだ、そんなことなの」
というアサノの言葉を皮切りに、みんなが声を出して笑いはじめた。
「な、なにがそんなにおかしいんだよっ!?」
「だってそんなこと今さらじゃない? 私たちは仲間よ?」
「でも危険だぞ?」
「危険は承知の上よ。それにリッカを助け出したいっていう気持ちはコウだけじゃなくて、私たちだって一緒よ。この1週間、本当は助け出したくて仕方がなかったのよ」
うんうん、とうなずくルーズたち。
ぼくはそこで安心をした。
だから、安心ついでにもう1つお願いをすることにした。
「あと、もう一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど、なに?」
「リッカを説得して助けたあと、ぼくはアギトもできれば説得したいんだ」
「えっ……? ちょっとなに言ってるの、コウ。どうしてアギトを説得する必要があるのよ。頭がおかしいやつを説得したって意味はないわよ」
「ああ、そうかもしれない。聞く耳を持たないかもしれない。だけどぼくはアギトの動機を知りたいんだ。ここまで強い感情をもってしまった、その動機を……遊びでやっているはずがないだろうからな」
トーラスが言っていた『クズ人間』という言葉を思い出す。
ブラックアウトを起こして、他人を大勢巻き込んでまで理想郷を作り上げる人間の性質を、トーラスはそう表現していた。
ぼくはかつて、そのトーラスの考えに賛同していた。
だが、いまは違う。
アギトにも、リッカと同じように、なにかあるはずだ。
「でもそんなの知ってどうするのよ?」
「正直、どうもしない。けれどこの戦いは、アギトたちをただ倒すだけじゃダメだと思うんだ。この世界が勧善懲悪の単純な物語の中だったら倒すだけでいいかもしれないけれど、ぼくたちがいるのはもっと複雑なところだ。聞けるのなら、ちゃんと聞いておくべきだと思うんだ」
「ふうん。悪いやつなら倒すだけでもいいって私は思うんだけどね。でも、まあいいわ。納得したいことがあるなら、全力で納得するべきだと思う。でもリッカをまず助けてからね。それとアギトとお話するのはコウ、あなた自身がやってね」
「もちろんだ」
決意を固めたぼくたちはアイリの面倒を猫耳美少女のアルテリアに任せて、『アルカディア』の建物を目指した。
もちろん危険なアルビオンの街中には近づくことはなかった。
直接、『アルビオン』の建物を目指した。
「うわっ、プレイヤー多いわね」
フィオナの言うように、確かにプレイヤーが多かった。建物の扉を中心に、左右に陣営を展開してPKをやっていることが遠くからでも目視できる。
そして、明らかにフリーズ状態になったプレイヤーがちらほらと見える。
「これだけ場が混乱していれば、混乱に乗じて建物の中に入れるかもしれないな」
「そうですね。でも――」
建物の扉には厄介なやつがいた。
グラント。
ぼくをフィールドの外に落とす能力をもつ男の姿がそこにあった。




