アンフェアな戦い
「1人か」
破裂寸前の果実のようなギルドの建物を背にしてアギトは立っていた。
アギトの隣にいるのは斧をもったグラントだ。
ぼくはポニーから降りた。
「仲間はみんな置いてきた。危ない橋を渡るのはぼく1人で十分だ」
「ほう、なるほど勇敢だな。で、どうしたい?」
「リッカに会って話がしたい。チャットでは伝えられないことを、面と向かって伝えたい」
「ふん、つまりやっと彼女の悩みを聞いてあげる気になったということか」
「そうだ。アギト……お前に言われるまで気付かなったことは恥ずかしいが、そういうことだ。リッカの話を聞きたい」
「いいぞ、わかった。ただし条件がある。今からやる俺との対決に勝てたら、リッカに会うといい。……グラント、俺が負けたときはコウをリッカの所まで案内してやってくれよ」
グラントは黙って首肯する。しかし今にも笑って吹きだしそうになっているのは、顔を見ただけで分かった。
「さて、対決内容だがPK戦でいこうと思う。HPを0にした方が当然負けだが、それ以外にもエリア外にはみ出したらアウト、という相撲ルールも採用してみたい」
「エリアはどこからどこだ?」
「明確なラインはいまグラントが引くから気にするな」
やってくれ、とアギトはグラントに言った。
グラントは斧を地面に突き刺しながら、ぼくとアギトを囲うようにして歩きはじめた。それをグルグルと何周も行った。
するとぼくとアギトの周りに大きな溝ができていた。ちょっとしたジャンプでは飛び越えられそうにないほど大きな溝だ。
「グラントの能力はフィールドを武器で削り取ることだ。これでフェアな1対1ができる。ただその溝、つまりフィールドの外側に落ちると二度と助からないから覚悟しろよ」
そしてフィールドを削りおえたのか、グラントはエリアの外で座り込んだ。
「1つ、戦うまえに聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「落ちるとどうなるんだ?」
「気になるのか?」
ぼくはうなずく。落ちなければいいが、気にならないと言えば嘘になる。
ゲームを外側から眺めるだけになると言われているが、それも昔のゲームがソースになっている話だ。
「俺にもわからんな。助からないことは間違いないらしいが、落としたことがないからな。落ちたら是非教えてくれ」
「嫌だね」
ぼくはカッツバルゲルを鞘から引き抜き、剣先をアギトに向けた。
アギトは背中にある大剣には手をつけず、腰にあるダガーを2本、両手で持った。
「ダガー使いか」
「そう見えるか? なら片手剣の方が有利かもしれないな」
アギトは不敵な笑みを浮かべた。
確かに短刀であるダガーなら片手剣で破壊することができる。力が999もあればなおさらだ。
だけどアギトは笑っている。背中にある大剣を使う選択肢もあるというのに。
バグ能力と関係があるのかもしれない。
「じゃあいくぞ!」
アギトは踏み込み、ぼくの懐をめがけて突進をした。扱いやすいダガーは、リーチが短い分、かなり相手に近づかなければならない。
ならリーチがまだ長い片手剣の方が有利だ。
ぼくは相手の攻撃が届くまえに、1本のダガーをめがけて横に斬りこんだ。
手ごたえはあった。
パリン、とダガーが破砕する音が聞こえる。
狙ったのはぼくから見て右側のダガーだ。
ぼくはアギトの攻撃を右に避け、左側のダガーから遠ざかる。
これでぼくの攻撃が確実に入る。
片手剣の柄を握り、剣先をアギトに向けて斬りこんだ。
しかし剣先は、カキンという音を鳴らして方向がズレた。
そこには、破壊したダガーとは別のダガーがあった。
「どうした、コウ? 隙だらけだぞ!」
本来なら素手であるはずのアギトの手にはダガーが握られ、そのダガーはぼくの首をめがけてやってきた。
剣によるガードは間に合わず、地面を蹴って避けることもできなかった。
アギトのダガーはするりと抵抗を受けることなく、ぼくののどを斬りこんだ。
切り口からは血は当然でなかった。痛みもない。このゲームはそういう仕様じゃないからだ。
でもHPゲージは一気に減った。その減少は想像以上だった。
首という弱点に攻撃を受けた、と考える以上のダメージがぼくを襲う。
「アギトもまさか力がチートクラスなのか?」
「まあ、似たようなもんだ。ただ俺の場合は攻撃力を増やすことができる」
「どういうことだ?」
と言いぼくは少し距離をあけてアギトを見た。
ぼくはアギトの腰に目を落とす。すると不思議なものが見えた。
ダガーを2本握っているはずのアギトの腰には、ダガーが2本ぶら下がったままになっていた。その上、そんなダガーは二重、三重に像を重ねているように見えた。
そのことに気付いたぼくは、すぐさま背中の大剣にも目をやった。
すると今まで気付かなかったが、大剣もまた何重にも見えた。うっすらと別の剣の姿が浮かんでいるようにも見えた。
「アギト、おまえ武器を何本もっているんだ?」
「それは教えられないが、持っているだけじゃないぞ。装備しているんだよ、俺は」
クハッと吹きだすようにアギトは笑った。
「攻撃力を増やす……なるほど。もしかして武器をいくらでも装備できる能力だったりするのか?」
「正解だ。コウのように力が999あるわけじゃないから金はかかるが、金をかければコウを超えることができる。そして今の俺はコウより攻撃力が上だ」
つまりアギトの能力のカラクリはこういうことだ。
剣の像が二重、三重に見えるのは別の武器のグラフィックと重なっているせいなのだ。そして折れたダガーがすぐ別のダガーになったのも、ただもう1本ダガーを持っていたということだ。
わかれば、どうということもない。
「なるほど、それは強いな。でもHPや防御力がチートというわけじゃなくてよかったよ」
「ほう、まだ俺を倒せると思っているのか?」
「ああ、思っているさ」
「そうか、じゃあその気持ち。落ちても忘れるなよ」
「えっ?」
アギトの言葉を不思議に思った瞬間だった。ぼくの腕は不意に強い力に引っ張られ、体はバランスを崩した。
一体何が起こったのかわからなかったが、力は超常現象やバグラーの能力といったものではなかった。
グラントがぼくの腕を引っ張っていたのだ。
「どうしてこの中にっ!?」
「俺の能力は堀ったエリアを埋めることもできるからな。そうでもしないと、フィールドが穴だらけになってしまうだろ?」
ぼくは舌打ちをした。
なにがフェアな対決だ。卑怯すぎる。
ぼくは何とかして片手剣を持ちなおし、目の前にいるグラントをやっつけることに専念しようとした。
だが、無駄だった。
構えようとしたとき――つまり、腕の自由が戻ってきたとき。
ぼくの足元には何もなかった。
落ちるだけしか選択は残されていなかった。
「コウが仲間にならなくて本当に残念だ。俺もリッカも、心からそう思うよ」
アギトのその顔は嘲笑的な表情ではなく、むしろ悲しそうな表情をしていた。
落ちる直前に見た最後の顔が、そんなアギトの顔になるとは思いもしなかった。




