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ぼくができることは1つしかない

「そんな話、ぼくは聞いたことがないぞ」

「そりゃそうよ。男子に話す内容じゃないもの。コウがもし……うーんと、リッカの恋人とかなら真っ先にリッカは話していたとは思うけど、そうじゃないでしょ?」


 そうだ、ぼくはリッカの恋人じゃない。そういう意識を持ったこともない。


「それに、このゲームの世界に閉じ込められた日、リッカの頬に目立つ傷があったこと、覚えている?」

「確かあったな。でもリッカってよくケガするだろ? 家の中で転んだとかそんな話を――」


 ここまで言ってぼくは自分の鈍感さに気付いた。そしてその鈍感さに腹が立ってきた。

 ドジっ娘なんて、ぼくから見た勝手なキャラ付けとリッカが見せる幻想にすぎない。

 真相は日常的な虐待の跡だ。

 リッカの親は厳しい、なんていう話じゃなかった。


「プールに入るときとか、みんなの前で着替える時なんかは、絶対肌を見せないように着替えていたからね。男子は知るはずがないけれど、女子はみんな薄々虐待のにおいを察知していたはずよ」

「だからって……裏切るのかよ」

「それだけ私たちがリッカの心の傷の大きさを想像できなかったということでしょうね」

「でも待って! リッカは裏切っていたとは思うけれど、私たちを助けてくれたよね。行動が矛盾していてグチャグチャだけど、それってリッカが踏み込めてないってことなんじゃないの?」


 フィオナはぼくとアサノを交互に見ながら言った。


「踏み込めてないって、なにに?」

「アギトの考えによ。アギトに同調したい自分がいるけど、コウたちを思う自分もいる。私はリッカのことを私はそこまで知らないけどさ、友達を裏切るだなんて、そんなの簡単にできないよ。それにリッカがポッチェに助けて欲しいって言ったのは、私たちがバグ・ノートリアスと戦う前だったはずよ」

「つまり、ぼくらのことをまだ信頼している?」

「……かもしれない。本音を聞かせてくれないから、なんとも言えないけれど」


 喋りおえたフィオナはクッキーにようやく手をつけた。

 リッカはアギトに宿屋の場所をおそらく教えた。そしてぼくらに仲間になって欲しいと訴えた。

 しかし一方でぼくらを傷つけまいとポッチェに助けを求めていた。

 正直、アギトに会わせたいのか会わせたくないのか、判然としない。

 しかしそれが、今のリッカの心境なのだろう。

 なら、ぼくができることは1つしかない。


「じゃあぼくがリッカの本音を聞きに行く。そして説得する」


 ぼくは胸中を渦巻く言葉を口にした。


「なに言ってるの、コウ? デタラメに強い敵がいて、そこからようやく逃げてきたのよ。そのへん、わかってるの?」


 アサノは唇を歪めた。


「わかってる。でもケジメをつけなきゃいけないと思うんだ」

「ケジメってなんのよ?」

「これまでリッカの言葉に……いや、新田里香の言葉に耳を貸そうとしなかったぼくのケジメだ。そのためにぼくは里香のことを本人の口から全部聞く。そして説得をする。里香が本当に望む答えをぼくが探し出してみせる」

「ねえ、コウ。それならチャットはダメなの? チャットを使えば、ここからでもリッカを説得することができるわよ」

「いや、ダメだ。ぼくも無視されている」


 事実、ぼくはここに来てからずっとチャットを飛ばし続けている。でも返事はアサノたちと同様、なかった。


「でも言葉は届いているはず」

「その程度じゃダメだっていうことだ。里香とは顔と顔を見合わせて、しっかりと話さなくちゃいけないんだ」


 ぼくはコーヒーもクッキーも一気に平らげ立ち上がった。


「コウ、やめてよ。死にに行くようなものよ」


 アサノの悲痛な声に、ぼくはあえて無視をして扉へと向かう。


「コウくん、やめた方がいい。バグラーが集結するまで待ったほうがいい」


 ルーズがなだめるように言う。ぼくは立ち止まって言う。


「ルーズさん。でもそんな総力戦がはじまったら、リッカは敵になりますよね? ぼくはそれも嫌なんです」

「だからって……」

「大丈夫です。ぼくはチートのバグで力が999もあるから、力勝負ならアギトたちに勝てますよ」


 そしてぼくは扉を開けて、外に出た。

 ログハウスの中からは慌ただしく立ち上がる音が聞こえる。

 けれどぼくはその音を無視して、アイテム袋から『ポニーズ・ファイフ』を取り出した。

 召喚されたポニーは、元気よさそうに尻尾をふり、ぼくのもとへと駆け寄ってきた。


「よしよし、良い子だ。お前ならみんなをまくことができるよな?」

 ヒヒーンと、ポニーは元気にいなないた。



 来た道を戻らず、ぼくは雪原をひたすらポニーにまたがって走った。

 アルビオンに入って列車に乗ればアギトのギルドも近い。しかしぼくは、それでも迂回しながら向かうことに決めた。

 アサノもルーズもフィオナもベルクも、ぼくがアギトのギルドに向かっていることはわかっているはずだ。先回りするなら、同じ道を狙うとぼくは踏んでいた。

 そしてその予想は当たっていたらしい。

 ぼくは誰にも遭遇することなく、『アルカディア』の建物付近にまでたどり着くことができた。


『リッカ、聞こえているだろう? もうすぐアギトたちのいる建物にたどり着く。そこで一度話をしよう』


 もちろん返事はやってこない。ただ聞こえているのは間違いない。ログアウトしない限り、聞こえるシステムになっているからだ。

 そしてぼくは、もう1人にチャットを飛ばした。


『アギト、聞こえているか。ぼくだ。コウだ。今からそっちのギルドに向かう。リッカを返してもらうぞ』


 すると、こちらはすぐに返事が来た。


『返してもらうと言っても、彼女は自らこちらにやってきたんだがな。まあ会いたければ来い。盛大に歓迎してやる』


 表情を見なくても、アギトの本音がその言葉だけでわかった。

 盛大に歓迎とはつまり、戦ってやるということだ。

 望むところだ。

あと7、8話ぐらいでおわる予定です。

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