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ベルクの告白

 アサノのジャンプはさすがだった。

 グラントたちに追いかけられることもなく、すぐにアルビオンの街へ入ることができた。


「フィオナからチャットが来たわ。すぐこっちへ来るって」


 よかった、とぼくはホッと胸をなでおろした。

 ぼくらより先に出ていったフィオナに目をつけた『アルビオン』の連中が、フィオナに危害を加えている可能性もあったからだ。


「とりあえず近くの宿屋で部屋を借りて休憩をしよう。あと、ベルクの話もそこで聞く。……それでいいよな、ベルク?」


 ベルクはしっかりと首をタテに振った。

 まるで憑き物が落ちたかのように、ベルクの表情は晴れやかだった。


 南駅近くに宿屋があったので、そこを借りることにした。

 ぼくは手続きを済ませると、すぐに部屋に入った。借りたのは4人部屋で、6人パーティーであるぼくらにとっては少し狭かったものの、寝泊りするつもりはなかったので十分の広さと言えた。

 全員が入ったことを確認して、ぼくは扉の鍵を閉めた。

 宿屋の部屋は、鍵を閉めることで外のフィールドから独立する仕組みになっている。そのため外からこの扉を開くと、別の無人の部屋に繋がる。

 だから窓から外を眺めることはできるが、窓から見るとただの無人の部屋に見える。

 この現実的でないシステムは、宿屋の需要を考えて作られたもので、ゲームのサービス開始時には1つの宿屋に最大100を超える部屋が作られたのだから驚きだ。

 ただ、いまこのシステムはゲーム運営上の需要ではなく、ぼくらの隠れ家として上手く機能している。グラントたちがこの宿屋を突き止めても、部屋への侵入はこれで不可能になる。


「さて、じゃあ洗いざらい話してもらいましょうかね、ベルクさん」


 ベッドに座るアサノはベルクをしっかりと見据えていた。しかしもう、挑発するような目つきではない。

 右腕を食べられたベルクに、哀れみや同情の念を抱いていたのかもしれない。


「洗いざらい……そうですね。まずどこから語ればいいでしょうか」

「アギトの仲間だったのに裏切ったのって、どういう理由があったの?」


 いきなり核心をつく質問をしたのはフィオナだった。

 もうちょっと答えやすい質問が飛び交って、外堀を埋めていくつもりだったのだろう。ベルクは一瞬たじろいだが、一呼吸置くとセールスマンのような調子で饒舌に喋りはじめた。


「まずはぼくとアギトの関係について話しますね。

 ぼくとアギトたちがいた『アルカディア』は当初、ただの『リング・オブ・ファンタジア』好きばかりが集まるゲームのコミュニティでした。ところがある日をさかいに、『アルカディア』の言論は過激になり、次第におかしくなっていったのです」

「どうおかしくなったの?」


 フィオナが聞く。そのフィオナの顔をベルクは悲しい表情で見た。


「いまと同じですよ。現実に愛想をつかし、ゲーム世界に希望を求めようとしていました。ただ最初はブラックアウトの計画なんてなく、普通のペシミスティックな論調でしかありませんでした。ぼくは『そうだね、現実はクソゲーだね』と言って、賛同の意だけは示していたんです。本音を言うとこいつは頭が悪いな、程度にしか思わなかったんですけどね。

 ただこんな『アルカディア』がさらにおかしくなったのは、こういう言動に心を動かされる輩が結構出てきたあたりからです。そこから雪崩のように事態は悪くなって、ぼくが止める間もなく、スーパーコンピューターとデータセンターのハッキングの話が出てきました。つまり、ブラックアウト計画が浮上しはじめたのです」

「やめようとは言わなかったのか?」


 ぼくは言った。しかしアギトは力なく首を振った。


「言いました。でも聞く耳を持ちません。元々そんな連中でしたが、計画が動くころにはより酷くなっていました。最終的には『住所を晒す』『音MAD動画の素材にしてやる』などとぼくを脅して脱会させないつもりでしたからね。いや、今も脅されているか」


 ははは、とベルクの乾いた笑いが部屋に響いた。つられて笑う人間はいなかった。


「ぼくは『アルカディア』をやめることができない。計画を止めることすらできない。そんな中で時は流れ、ついにブラックアウトは成功し、全員が閉じ込められた。最悪だと最初は思いました。でもふと思ったのです。ブラックアウトが成功したのだから、もう現実からの被害を受けずに済むんだと。つまり、裏切っても大丈夫だと」

「そんな時にぼくらが現れた」

「そういうことです、コウさん。ぼくはあなたたちと会う前、ベルクにはこう説明しました。『世界各地にいるバグラーに直接声をかけて仲間になってもらうよう、営業活動でもするよ』と。当然、経過報告はしなければいけませんでしたので、コウさんたちの名前を出すことにしたのですが、時には嘘も交えて報告をしました。例えばあなた方が『アルカディア』の思想に賛同しているとか、仲間になりたがっているとか、とにかく耳あたりの良いことばかり言いました」

「しかしその嘘はバレた。それも『アルカディア』のギルドがあるアルビオンの手前で……」


 ベルクが突然ぼくらに『アルビオン入りは中止です』と言った、あの時だ。


「はい、嘘がバレた……というより、いま考えるとぼくが騙されていたのでしょうね。元々裏切りかけていたぼくが一生懸命に『アルビオン』に尽くし、律儀に報告もする。その上であなたたちの活躍も耳に入ってきたのでしょう。どう考えてもぼくは裏切っているし、ぼくが報告するバグラーもブラックアウトを生み出した組織の仲間になんてなりそうにない。近づいてきたらやっつける、ぐらいのことを考えていたのかもしれません」

「それなのに私たちにあの長ったらしい説教を聞かせたのね。それっておかしくない?」


 眠気でウトウトするアイリの頭をなでながらフィオナが言った。


「たぶんアギトは改心してくれると思ったのでしょう。あの演説で信者を集めていますからね」


 フィオナはその言葉を聞いて、鼻で笑った。

 その時だった。

 調度品の上に置かれていたインテリアのコップが地面に落ちて割れた。 


「あ、その……ゴメンなさい。割れたコップは片付けるから」


 リッカが慌てて何かを探そうとする。たぶんホウキを探しているのだろう。

 しかし、


「リッカ。ここはゲームの中で宿屋の中。フリーエリアじゃないから壊れた物ぐらい、ほっとけば復活するわよ」


 と、アサノがリッカを静止した。


「そ、そうだよね。ゴメン……」


 リッカはそう言って、部屋の隅に置かれたイスに座った。

 逃げるときもそうだったが、今のリッカはどこかずっとうわの空だ。

 何があったのか、聞くべきなのかもしれない。

 ただ、いまはベルクの話が先だ。


「あの……まだ疑問があるんだけど、いい?」

「どうぞ、アサノさん。ぼくもまだ喋りおえたつもりはありません。遠慮なく聞いてください」

「わかった、じゃあお言葉に甘えて聞くわ。仲間に裏切られていたことがバレたからアルビオン入りを辞めようとしたのよね」

「ええ、そうです」

「もしバレてなかったら、私たちをアルビオンの中に入れてどうするつもりだったの?」


 ベルクはうつむき、考える。すかさずアサノからさらに質問が飛ぶ。


「ベルクだったら、バグ・ノートリアスが狩れない理由も知っていたはずよね? そしてキュービに今の私たちじゃ勝てないってことも……ベルク、あなたは私たちを殺すつもりだったの?」

「そんなはずがありません! ぼくは、そこまでクズじゃないです!」


 木材の床を蹴る音が聞こえた。傷はつかないが、みしりと鈍い音がした。

 ベルクが足で蹴ったのだ。

 そのベルクらしくない行動に、ぼくらは驚き目を丸くした。


「あ……取り乱してしまい、すみません。それにあなた方を利用し、そして危ない目に合わせようとした事実は否定できません」

「どういうことよ?」

「ぼくは……あなたたちとアギトたちを対峙させようとしました。アルビオンまで来て、アギトがブラックアウトを起こした張本人だと言い、戦わせようと――もちろん、バグラー同士のPK戦がどういうものかは知っていました。でも元の世界に戻るには、誰かがアギトを倒さなければならなかったんです。ぼくは、コウさんたちなら出来る……そう思ったんです」

「買いかぶりすぎだよ、ベルク。それにぼくは倒すだなんて一言も言ったことはないぞ」


 ぼくは身震いをしながら喋るベルク見て言った。


「そうですよね、あなたは優しいから――」

「ちがう。優しい、優しくない関係なく、アギトを倒すことに意味はないんだ。ぼくらがやるべきなのは、バグ・ノートリアスを倒してバグをもとに戻すことだけで、今はただ、アギトがとても大きな障害になっているだけだ。そこは勘違いしないでくれ」


 そして一呼吸置いて、言葉を続けた。


「ただ、ベルク。その対峙はぼくらが勝てるから準備しようとしていたんだよな。途中でダメになった理由はあるのか? それは例のキュービの能力と関係しているのか?」


 ベルクは苦虫をかみつぶしたような顔になりながら、うなずいた。


「ええ、キュービの能力のせいです。彼女のお力は暴食と言いましたが、詳しく説明すると、食べた物をいつでも取り出せる能力も備わっています。そして何でも食べます。ここで問題になるのは彼女の食べる能力ではなく、いま何を食べているのか、です。ぼくはアルビオンのあの雪原で、脅迫として何を食べたのかを知らされました」


 ベルクの苦しむ表情を見て、ぼくはキュービが何を食べたのかおおよその察しがついた。

 しかし口にはしない。

 あまり信じたくないからだ。

 だが、ベルクは言った。


「キュービはいま、バグ・ノートリアスを食べています。それもこれまでとケタ違いに最強最悪のバグ・ノートリアスです」


 みんなは黙った。驚いてしばらく声がでないようだった。


「ちなみに、どのぐらい強いの?」


 アサノがおそるおそる言うと、


「倒せません」


 ベルクがうつむきながら言った。


「あくまでキュービの言葉を前提としていますが、HPが無限にある上に、常時回復機能までついているらしいのです。コウさんの力は999とチートクラスなのはわかりますが、こんな相手に勝つ方法はありません」

「バグ・ノートリアスは何でもアリな雰囲気があるから、可能性としてなくはないけれど、さすがにはったりじゃないか?」


 そうかもしれません、とベルクはうつむいた。

 そんな時だった。


「あ、誰かきたよ」


 アイリが窓の外を指で示した。

 そこにはアギト、グラント、キュービの3人がいた。

 アギトはのんきに笑顔で、ぼくらに対して手を振っていた。

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