それは普通のPK戦じゃない
「言いたいことはわかった。だけどぼくはアギトたちの仲間にはならない」
アギトは肩を落としたかのように見えたが、すぐに姿勢を正した。
「コウなら賛同してくれると思ったんだが、どうしてだ?」
「現実が悲劇的とかそういう話はわかる。だけどぼくはそんな現実に戻ることを決心して、ここまでやってきたんだ。アギトの仲間になったら、これまでの行いを否定することになる。それだけはしたくないんだ」
それでいいよな、とぼくはアサノたちに視線を送る。
非難はなく、アサノたちは一様に首をタテに振った。ぼくと同意見だったらしい。
ぼくはフィオナに「アイリを連れてアルビオンまで逃げろ」と耳元で囁いた。
突然のことだったのか、驚きを隠せないようだった。しかしすぐにうなずくと、アイリをあやすようにして集会場から不自然なく出て行った。
ぼくにはいやな予感がしていた。
いまのアギトはカリスマ性のあふれた優しいリーダーだ。
それはそれで間違いはないのだろう。
しかしぼくらはさっき部屋で、気味の悪い笑みを浮かべたアギトの口からこう聞いた。
『ブラックアウトを起こし、世界を止めた』
思い出せ。
アギトは仲間どころか敵なのだ。
そんなアギトの誘いを断ったのだから、何かしてくるかもしれない。アギトの信者たちの衆目があろうとPKをする可能性は高い。
ぼくは片手剣・カッツバルゲルの柄に手をかけ、いつアギトが攻撃していてもいいように身構えた。
だけどアギトは背中や腰にある剣に手をつけるどころか、演説のときの柔らかな笑みを浮かべて言った。
「残念だが、俺はお前らの気持ちを尊重するよ」
そしてアギトは一礼をしてから、その場を去った。
ぼくは去っていくアギトに頭を軽く下げ、ギルドの建物から出ていった。
「ふうーこわかった……。戦わずに済んで良かったわね」
横にいたアサノが安堵の表情を浮かべていた。
「相手のバグラーとしての能力が分からない以上、こっちも対策ができないしね」
「そうよね、どんな能力なのか聞けば良かった。でもなんで普通に帰してくれたんだろう? 私たちはアギトからすればバグ・ノートリアスを狩る邪魔者よね」
「それはぼくにもよくわからない。もしかしたらアギトは、ぼくらにアルビオンのバグ・ノートリアスが狩れないと思っているのかもしれない」
「それ、私たちを舐めてるってこと?」
「いえ、それはないはずです」
と、ぼくらの会話に割って入ってきたのは、ここまで口を開かなかったベルクだった。
「なんであんたがそう言えるのよ」
アサノの目が急に鋭くなる。侮蔑の眼差しだ。
ただベルクは怖気づきながらも、普段通りに話しはじめた。
「アギトたちがバグ・ノートリアスを倒せない状況を作っているんです。それはキュービ本人から聞きました」
「倒せない状況ってどういうことよ?」
「これはキュービのバグラーとしての能力なんですが、彼女はバグ・ノートリアスを――」
「おっと、キュービが何だって? 裏切者」
会話が中断した。
肩に手を置かれたベルクは身をゾクリと震わせた。
アギトのギルドからは随分と離れ、そろそろアルビオンへと入るところだった。
街中に入れば助かる。
その思いのせいで完全に油断していた。
「あなたは……」
「俺はグラント。『アルカディア』ギルドの幹部の1人……盗賊でありバグラーだ」
両手斧をもった巨漢が舌なめずりをしながらぼくをにらみつけた。ドラゴンの鱗でできたスケイルアーマーに、アゴに生えそろっている髭からして、まさしく盗賊といった出で立ちだ。
「あと私もいるよ」
フードをかぶったキュービがペコリとお辞儀をした。
総勢2人のバグラーに、ぼく、アサノ、リッカ、ベルクの4人は囲まれていた。
「なんの用?」
アサノがじっとグラントを睨みつける。
「『アルカディア』のギルド長を甘く見てもらっちゃ困る。お前らを帰したのは、あんなに信者がいる前で戦いたくなかったからだ。それ以外に理由はない」
グラントもアサノをにらみつける。
「でも私たちは4人で、あなたは2人よ? ハンデはつけないわ」
「いらないな、そんなの。むしろそう好戦的なところを見ると、お前らの方がハンデを背負っているように俺たちには見える。そうだよな、キュービ」
「うん」
キュービは口元に手をあてて笑う。
「どういうことだよ、キュービ」
ぼくは笑っているキュービに腹が立った。
「どうもなにも、私たちがやるPKが普通のPKとはちがうってことに気付いてないんじゃと思ったの。もしかして気付いてた?」
「気付くもなにも、PKはPKだろ。プレイヤー同士が戦って、勝ち負けを競うんじゃないのか?」
くっくっくと押し殺すようにしてグラントとキュービは再び笑う。
グラントは笑いながら言った。
「お前ら、ブラックアウト後にPK戦をやったことがないんだな。いいだろう、簡単に教えてやる。
本来のゲームのシステムなら、HP0になったプレイヤーは復活ポイントで蘇生することになっている。これはPK戦でもモンスター戦でも同じだ。ところがお前らも知ってのとおり、バグ・ノートリアス戦でHP0になったプレイヤーは、復活ポイントには行けずにフリーズしてしまう。詳しい原因はわからんが、バグ攻撃のせいだと思っていいだろう。ここまではいいな?」
ぼくは黙ってうなずいた。ここまでは知っている話だ。
「だが、ここで少し考えてみてくれ。バグ攻撃がフリーズの原因だとすれば、フリーズの特権を持っているのがバグ・ノートリアスだけに限らない……つまり、俺たちバグラーも相手をフリーズさせることができる、という部分に気付かないか?」
言い終えるころには、グラントから笑顔は消えていた。
急に寒気が襲い、思考が止まり、足が震えそうになる。
「逃げよう」
アサノがぼくの肩をゆする。
そのおかげで思考が戻ってきた。だが、
「逃がさないよ」
ぼくとアサノのそばにはすでに、戦闘モードに入ったキュービがいた。
武器はもっていない。
しかし人の頭が1つ丸々入るぐらい異様に大きく口は開かれていた。
これがキュービのバグラーとしての能力だと気付くには、あまりにも遅すぎた。
「っく!」
食べられそうになった瞬間、目をつむった。
しかし食べられた感触どころか、触れられている感触すらなかった。
ぼくは目を開けた。
するとそこには、キュービの首に短剣をつきつけたベルクがいた。
ベルクの右腕はキュービに噛まれ、口の中に納まってしまっていた。だがそうすることでキュービの動きを止め、短剣を首に突きつけることができたのだろう。
首を刺されたキュービは口を開きベルクを解放すると、すぐさまうしろに退いた。
現実世界ではないので、首を1度刺された程度では致命傷にはならない。だが、相手に痛手を確実に負わせたはずだ。
「ベルク、助かった。ケガはしてな――」
最後まで言葉が出なかった。
ベルクのHPはもちろん削れていた。だがそれ以上に重大なことが起こっていた。
ベルクの右腕が綺麗に消えてしまっていた。
「キュービの能力は暴食。なんでも食べて自分のお腹の中に入れてしまうんです。間に合ってよかったです」
「よかったってベルク、右腕が……」
「右腕を失うぐらい、みなさんにかけてしまった迷惑を考えれば、何てことはないですよ」
気にしないでください、とベルクはぼくらに笑顔を向ける。
その笑顔はベルクのことを嫌っていたアサノですら、顔をゆがめ気を悪くしていた。
「おい、裏切者。調子に乗るなよ!」
グラントは大きく鼻を鳴らして、両手で巨大な斧を勢いよく振り下ろした。
ベルクは高速で移動し斧を避け、ぼくらのもとまでやってきた。
斧には誰も当たることなく、地面をえぐった。
「コウさん、気をつけてください。彼の能力はフィールドをえぐって穴を作ることです。その穴に落ちるとフィールドの外側に出てしまいます」
「そうなると完全におわりだな」
フィールドの外側に万が一飛び出せば、あとはただ落ちていくだけだ。
フィールドの外側に飛び出したプレイヤーをぼくは見たことがなかったけれど、仮にそうなった場合、そのプレイヤーを助けることができるのはゲームの運営だけだと言われている。ただ、いまはゲームの運営がもう機能していない。
フリーズ以外にも、こいつらには強力な武器があるということだ。
「いちいち喋りやがって……。おい、キュービ。2人でまずこのお喋りベルクをやるぞ」
しかしキュービは首を振った。
「私はグラントの部下じゃないから、言うことは聞けない。お腹の中でベルクの素体を完成させたいから、ベルクは私にやらせて」
「なんだとっ!?」
グラントはキュービをにらみつける。キュービもそんなグラントをにらみつけた。
そして下らない言い争いがはじまった。
「コウ、いまのうちにあいつら斬ったら?」
アサノがボソリとぼくのそばで耳打ちをした。
「そうだな」
ぼくはカッツバルゲルの柄に手をやった。
だが、その手にベルクの手がかぶさった。
「アサノさん、コウさん。ここは逃げましょう」
「どうしてよ?」
「グラントはともかく、キュービが本気を出すとぼくらは間違いなく負けるからです」
「コウは力が999もあるのよ?」
「それでもです。理由はあとで必ずお話します。いいえ、これまで隠していたことすべてお話します。だからアサノさん、この隙に、アルビオンまでぼくたちを連れてジャンプしてください」
「……わかったわ。あと、アルビオンに着いたら必ず全部嘘偽りなく話すのよ」
ベルクは静かにうなずいた。
アサノはベルクとぼくの手を引っ張った。ぞしてはなれた所で1人立っているリッカに声をかけた。
「ほら、リッカ。さっきからなにボーっとしてるのよ。ジャンプするから来て」
「え……あ、ううん。ゴメン」
リッカはうわの空で返事をした。怒っているアサノの表情もとくに気にしていない。
「じゃあ大ジャンプで一気にアルビオンに戻るわよ! しっかりつかまってなさいよ!」
アサノがそう言った瞬間、ぼくの体は宙に浮いた。
あの「42」の顔をもつバグ・ノートリアスと戦っていた頃をぼくは思い出した。
「あ、逃げるな、こら! 逃げ切れると思うなよ!」
口論を中断し、ようやくぼくらに気付いたグラントが、足元で吠えていた。
次は1ヶ月放置しないよう努力します。




