痛すぎる大男
ぼくたちは黄金の輝きを全方向に放つトーラスの宮殿に招待された。
サントゥスの街へ戻ると、どこに今までいたのか、多くのプレイヤーが拍手でぼくたちを迎えてくれた。
もちろんその中心にいたのはトーラスだった。
そんなトーラスはぼくを見てギュッと力強くハグをして、「今日は俺の家でゆっくりしていきな。旨いものをごちそうするからよ」と言ったのだった。
「俺の家、どうだ?」
先導してくれているトーラスが胸を張って言った。
「……すごい家だと思います」
ぼくのその言葉は歯切れが悪かった。しかしそれが率直な感想だった。
赤いカーペットの敷かれた廊下は長く、端はなかなか見えてこなかった。吊るされたシャンデリアの数も数えきれないほどだった。
それに金箔で曲線模様が描かれた扉をいくつも横切っても、目的の部屋にはたどり着きそうになかった。
豪華な扉を通りすぎるたびに、この部屋はいったいなんの部屋なのだろうか、という疑問が浮かびあがった。
そんな疑問を抱きながら黙ってトーラスのうしろを歩いていると、
「あの……この部屋には何があるんですか?」
アサノがぼくの気持ちを代弁してくれるかのように言った。
トーラスは歩くペースを緩めずに言った。
「ああ、その部屋か。とくに何もないよ。壁紙と床は初期設定のままだしな」
「えっ? ベッドとか机とかタンスとか入れないんですか?」
「タンスもベッドも机も、全部1つの部屋にまとめているよ。分ける必要がないからな。あっ、もしかして部屋の数が多くてビックリしたか?」
アサノはうなずいた。
「まあ、大した理由はないさ。1つ目は俺のステータスを他人に見せつけるため。つまり自慢だな。2つ目はこのゲームでどこまで増築できるか試してみたいっていう少しマニアックな欲求を満たすため。目標はサントゥスのフリーエリアを囲むことだ。まあ、贅沢な暮らしだけ言えば、中世ヨーロッパの貴族たちを追体験していると言えるかもしれねえな」
トーラスはガハハと大きな声で笑った。
ぼくもフィオナもつられて笑ったけれど、ぼくの笑いは乾いていて、少なくともトーラスとの壁を感じた。その壁は拒絶ではなく、理解の範疇を超えたものに対する驚きや想像力の欠如といったものだった。
ぼくとトーラスは同じプレイヤーでいながら、違う次元にいた。
「さ、到着だ。ここで飯にしよう」
そんなぼくの動揺をよそに、トーラスに連れられてぼくたちは大部屋に入った。
「お姉ちゃん、このお部屋すごいね。結婚式場みたい」
「うん、そうだね。でもここ食べる所なんだよね……」
「ポッチェに大金渡したら、ギルドの建物にこんな部屋作ってくれるかな?」
「それは無理だと思うよ、アサノさん……」
「噂では聞いていましたが、想像以上にすごい部屋ですね」
みんなが口々に感想を述べる。そんな中、ぼくは唖然としてしまって言葉が出てこなかった。
見たこともないぐらい大きな長机。机を覆う純白のテーブルクロス。等間隔に並べられた純金製っぽく見える燭台に花瓶。花瓶に添えられた淡い色彩の花々。そんな長机を照らす巨大なシャンデリア。
貴族、豪華、きらびやか……その光景からは簡単にそんな言葉が出てきそうになった。
でもこの部屋は、その言葉だけで片付けられる単純なものじゃなかった。
この大部屋には天井画や5メートルを超えるぐらいの額縁があった。
しかし、この部屋の額縁や天井画には天使やキリストはいなかった。
そこにいたのは、アニメやゲームの美少女のイラストだった。
「あっ、あそこミクちゃんがいるー!」
「そうだね、ミクがいるね。じゃあ早く座ろうか」
指をさすアイリの腕を取って、フィオナは無理やり席につかせた。
妹のアイリに、この部屋にある絵を見せたくなかったのだろう。当然といえば当然の反応だった。
どのイラストも肌の露出は異様に多く、天井画にいたっては水着の少女たちが戯れている巨大なイラストだった。
おそらくヘッドマウントディスプレイ対応の他のソフトで描かれたイラストだろう。
このゲームそのものにイラストを描く機能はないし、パソコンやスマホで保存できるデータをヘッドマウントディスプレイ関連のソフトに入れることはできない。そこを許すと、非公式ツールがはびこる混沌としたゲームになってしまうからだ。
しかし他のソフトとのデータ共有はまだ許容範囲内だ。トーラスは許容範囲内で色々とダウンロードとアップロードを繰り返したのだろう。
このゲームが18禁じゃなかったことが救いだとすら思えた。
もし18禁なら、男のぼくでもここを逃げ出したくなる。
「どうだ、すごい痛部屋だろう?」
「ええ、まあ……」
トーラスは自分でこの部屋を痛部屋と言った。
ぼくも美少女アニメを見るオタクではあったけど、あらゆる意味でトーラスのことが痛いと思った。
食事がいざ始まると、目に入ってくる美少女イラストのことは気にならなくなった。
ただ、慣れたわけでは決してなかった。
次々とやってくる物事に、頭の整理が追いつかなくなったのだ。
バタン、と盛大な音とともに扉が開き、部屋の中にやってきたのは料理をもったメイドたちだった。
トレイに載った料理も豪華なもので、この家に負けないぐらいの高級感を漂わせていた。そんな料理がたくさん運ばれてくる。本来なら、そっちの方に目を奪われるだろう。
しかし幼いアイリ以外は、料理を運んでくるメイドの方に目を奪われてしまっていた。
丈の短いスカートに、カウベルつきの首輪に、それにネコミミ。それを違和感なく装着したメイドたちが部屋に次々と入ってくる。その中には、名前入りのスクール水着を着てカチューシャをつけた少女までいた。
そして美少女たちは例外なく、みんな満面の笑みを浮かべていた。ざっと見て、10人以上はいた。
「トーラス様のご友人ですね? 料理をお持ちしました」
メイドたちはニコリと微笑みかけ、料理をテーブルに並べはじめた。
ここにいるメイドたちはもちろんNPCだったので、無駄な動きや言葉は1つもなかった。むしろ全員がほとんど同じ動作をして、同じ言葉を発していて、違和感を覚えるほどだった。
「ああ、念のために言っておくと、この娘たちはみんなNPCさ。性格設定はみんな従順。ツンデレは見ている分にはいいけど、疲れるだろうと思って入れなかったんだ。ただ年齢や種族まで同じにすると、似たような顔がずらっと並ぶし、セリフも被ってしまうからそこだけは避けることにした。まあセリフが被るといっても、今どきのAIだから当然ディープラーニングは導入されているわけでさ、それぞれ学習差というか、個体差みたいなのは必然的に出てくるんだ。だからここにいる全員が、同じメイドだなんて思わないでくれよ」
トーラスは得意げな顔をして饒舌に語った。そしてニコリと、メイドの一人に微笑んだ。
メイドもまた、トーラスにニコリと微笑み返した。
その様子を見ていたフィオナは明らかに嫌そうな顔をし、口元を手で押さえた。
自分の建物に好みNPCを住まわせ役割を与えることや、そのNPCに好きな装備を与えることは、高価なサービスだけど誰にでもできた。
ただ、メイドを1人雇うだけでも他人の視線が気になるこのゲームの中で、10人以上もメイドを雇い、しかもパーティーグッズのようなお遊びの装飾品をどのメイドにもつけている人間は聞いたことがない。
トーラスの痛さは、無限に増築をする予定の建物と同じような、マニアックな欲求に満ちているように見えた。
「あっと……メインはメイドの話じゃなくて料理だったな。食い足りなかったら、メイドに食べたい料理を言ってくれ。料理スキルはマックスだからゲームに存在する料理なら何だって作るれるし、食材も腐るほどあるから遠慮することはないぞ」
しかしすでに、長机の上には改めて注文をする必要がないほど、大量の料理が並べられていた。
その料理はグラタン、鶏肉料理、ソーセージ、パン、シチューなどではあったけれど、どの料理も豊富な具材が使われていて、簡単にできそうな料理は1つもなさそうだった。
クォンタムのメンバーの中でも一番料理スキルのあるポッチェがいても、おそらく作れないだろう。そもそも、こんな高級な素材を揃えることができない。
「さっ、みなさん、遠慮なく食べてください」
そのトーラスの合図のあと、ぼくらは「いただきます」と言って、とにかく手前にある料理から食べはじめた。
「うまっ、なにこれっ!? こんなシチュー、このゲームで作れるの?」
アサノがトーラスのほうを見て言った。興奮しているからだろう、ぼくやリッカに話しかけるような口調になってしまっている。
「アルビオン・シープのしっぽを肉に使って、赤ワインで煮たものだ。細かく刻んだトラウム・ニンニクやタマネギがシチューに上手く溶けて良い味を出しているだろ?」
「うん、すっごく美味しい。へえー……タマネギとニンニクとシープのしっぽと赤ワインか。ちなみに料理スキルはどのぐらい必要なの?」
「255。マックスだ」
はあーと、アサノは深いため息をついた。
料理スキルをマックスまで上げるには、たくさんの時間が必要になる。アサノは手が届かない、と諦めたのだろう。
「料理スキルを255まで上げるのは大変だったんじゃないですか?」
フォークで鶏肉を刺しながら、今度はベルクがトーラスに質問をした。
「そうだな、大変だったな。なんせ俺自身が料理スキル255になるだけならともかく、メイド全員の料理スキルも255にしたからな」
「メイド全員もですか?」
「おう。バカみたいに時間はかかったが、1人じゃできないレアな料理だって作れるようになったぞ」
「そんなによく時間が作れましたね」
「時間を作ったというか、基本的に食事と風呂とトイレと睡眠以外はずっとこっちにいるからな」
「え……」
不意に失礼な声を漏らしたのは、会話をしていたベルクではなく、さっきから引きっぱなしのフィオナだった。「引きこもりですか?」という言葉をあえて口にしていないようにも見えた。
ただ、トーラスはそんなフィオナを見てニヤリを下卑た笑みを浮かべた。
「俺は引きこもりだけど、勘違いしないでくれよ。ちゃんと年金も保険も家賃も収めているし、自分で食事だって取っているさ。
稼ぎはRMT……こっちの通貨を円や元に換金して、そのままネットの銀行に振り込んでいるんだ。あとはそれを元手に株を買って、プログラムトレードをしてさらに稼いでいくのさ。ただ、プログラムトレードは頼りすぎるといつの間にか大損してしまう場合もあるから、俺はそういった事態にも対処できるよう、危機管理もできるVR株価ソフトをヘッドマウントディスプレイに入れてある。株価が異様に下がれば起動するようなソフトだ。
あと稼ぐ方だけじゃなくて買う方もほぼネットだ。食事も家具もフィギュアも全部、ネット通販があれば買える時代だからな。自給自足はすべて自室で完結させているんだ。
だから俺からしてみれば、引きこもりがマイナスに見られる理由なんてこれっぽっちもないと思うんだよな。むしろみんなわざわざ何で外に出るんだよって思うよ」
その言葉は、体格も顔つきも武闘派なトーラスから出てきたものとは思えなかった。
ただプレイヤー自身とキャラクターが一致しないことは、性別単位でも当たり前にある。ポッチェが極端な例だし、ぼく自身はほとんど変えていないとはいえ、顔のニキビや傷ぐらいは綺麗に消し去っている。
「すごい廃人プレイですね」
フィオナが静かに言った。口調に尊敬の念がこもっていないことは、明らかだった。
しかしトーラスは、フィオナの挑発的な態度はものともせず、笑顔を保ったまま言った。
「まあな。だが世間様から見れば、VRMMOをやっている時点はみんな廃人だろう。『現実のような空想に浸って逃避している』ってな。中にいれば簡単に見分けることのできる差異まで世間様は考慮しない」
「でも私たちから見ても、トーラスさんは随分変わっていると思いますよ」
そう言ったのはリッカだった。
リッカはフィオナとは違って、いつものやさしい笑みを浮かべていた。
「……だろうな」
トーラスは、ふうとため息をついた。しかしまだ笑みを浮かべていた。
「あの……私、そんなトーラスさんに聞いてみたいことがあるんですけれど、いいですか?」
「なんだ、いいぞ。遠慮なく聞いてくれ」
「私たちの旅は、バグを直していって、最終的にこのゲームから脱出することです。それまでの間、現実世界には戻れません。ただ、いくら時間が経ってもお腹が減ることはありません。ログアウトする必要がなくなっているんです」
「みなさんと出会う前にベルクさんから聞いた。にわかには信じられなかったが、そうらしいな」
「そこで質問なんですが……失礼を承知で聞きます。生活のほとんどがゲームになっているトーラスさんから見て、私たちがやろうとしていることは邪魔に見えますか?」
言葉の最後は震えて、かすれてしまっていた。
ただ、その言葉はトーラスの耳にしっかりと届いていた。その証拠に、トーラスの顔から笑みが消えていた。




