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空中街

 仮想現実のポニーは、現実のポニーにはない脚力と体力を見せつけていた。

 トラウム平原から山へと入り、森林限界近い高さにまで登り、そこから急斜面をくだる。悪路という悪路をひょいひょいと駆ける乗り心地は、ジェットコースターに近いものがあった。

 爽快感があって実に気持ちがいい。

 しかし、


「うわああああっ! お姉ちゃん、こわいよおー落ちるよー」


 アイリはポニーの首に抱きつき、ふり落とされる恐怖と闘っていた。


「なに怖がってるのよ。このゲームじゃ絶対に落ちないんだから堂々としなさい。ほら、こんな姿勢でも大丈夫だからさ」


 アイリの姉のフィオナは両手を広げた上で、さらに体を斜めに傾けた。

 現実なら落馬するような姿勢だ。

 しかしフィオナは落馬せず、何かに支えられるような姿勢でポニーにまたがっていた。

 ポニーから降りる感覚コマンドを使わなければ、どんなことがあっても落ちることはない。フィオナはそれを実践してみせていただけだ。


「わかったよ、お姉ちゃん。私、頑張ってみる……」


 そう静かに言いながらも、アイリはポニーの首に抱きついたままだった。

 そしてトラウムを出てから数時間が経過し、太陽が頭上にやってくるころになって、ようやくぼくらは次の街『サントゥス』へとたどり着いた。


「うわ、これはすごいな……」


 ポニーから降りたぼくはさっそく驚きの声をあげる。

 隣にいたリッカやアサノも同じような反応をした。驚き、口をあんぐりと開けてしまっていた。

 正直、そんな反応をしてしまうのも、仕方がなかった。

 壁に囲まれた街の中には更地が広がっているだけで、木や街灯すらなかった。そこにいるのは僅かなプレイヤーと『サントゥス』に住むNPCの姿だけで、あとは更地を包む巨大な影だけだった。

 巨大な影の正体は、視線を上に移し、宙に浮かぶものを見ればすぐにわかった。

 街だ。

 本来なら地面にあるべき家や街灯や木といったものがすべて宙に浮かび、静止していた。

 しかも傾くことなく、元の向きを維持したまま宙に浮かんでいたので、自分が地面に沈みこんでいるかのような錯覚に陥りそうだった。


「トラウムより酷いわね」


 アサノが力なく言った。


「そうだな。これならトラウム城の方がマシだ。見上げるとクラクラしてくるよ」


 ぼくも力なく言った。


「でも『サントゥス』がこのバグを解消できてないってことは、バグラーがいないってことよね?」

「もしくはバグ・ノートリアスを探せていないか、どっちかだろうな」


 いずれにせよ事態は深刻そうだった。

 更地を見渡す限り、今の『サントゥス』にはプレイヤーはあまりいそうになかった。一定の動きしかしないNPCの方が多いぐらいだった。

 おそらくプレイヤーの多くは、フリーエリアの家を捨て近くの街へ避難したのだろう。

 そんな街には当然バグラーは集まらないし、バグ・ノートリアスの情報が集まるはずもない。


「これは結構骨が折れる作業になるかもしれないな」


 ぼくはそう呟き、舌打ちをした。

 しかしその様子を見ていた営業スマイル全開のベルクは、いいえ、と首を横に振った。


「そうでもないみたいですよ。いま『サントゥス』で一番のお金持ちの人に話を聞いてみたんですが、バグ・ノートリアスの居場所は知っているそうです」

「それは助かる。……って、いつの間にそんな人物と会話していたんだ?」

「ポニーに乗っている時ですよ。『サントゥス』に家をもつ有名なプレイヤーだったので、もしかしたらと思ってチャットを飛ばしてみたんです。バグ・ノートリアスの居場所を知っているなんて、助かりましたね。いまそのプレイヤーは家の跡地にいるそうですよ。みなさん、行きましょう!」


 ベルクは異論をはさむ余地がない勢いで喋り、『サントゥス』の中へと1人入っていった。そして、そのあとをリッカとアリサが追いかけていった。

 ぼくは主導権を握りつづけるベルクに少し戸惑っていた。

 悪い流れに誘導されているのではないかと疑いたくなる。

 しかし、だからといってぼくにできることはない。

ぼくはリッカのあとに続いてベルクを追いかけた。



 更地をしばらく歩くと、腕を組んで立っている男性が目に入った。

 その男性にベルクは快活に声をかけた。


「こんにちは、ぼくがベルクです。あなたが情報をくださったトーラスさんですか?」

「ああ、いかにも! 俺がトーラスだ。待っていたよ、ベルクさん! しかしこの人たち、みんながバグラーなんですかい?」

「いえ、全員じゃないです。ぼくを含めた4人がバグラーです」

「4人もいるのか、そいつは頼もしいなあ!」


 ベルクと喋っている男性は白い歯を見せながら上機嫌に喋っていた。

 肩をしっかりと露出させ、黒く焼けた筋肉質な腕を見せ、武闘家然とした男性からは、家をなくした悲壮感がひと欠片も見えなかった。

 むしろ不謹慎なぐらい、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。


「あっと……みなさんに対する挨拶が遅れましたな。俺はここ『サントゥス』の長とか領主だとか、色々な肩書きで呼ばれているトーラスだ。ちなみに俺の家はあれだ。『リング・オブ・ファンタジア』でも特にでっかい家で有名……なんだそうだが、見たことはないか?」


 ぼくたちはトーラスが指で示す上の方を見た。

 ぼくはその家を見たことはなかったけれど、有名になる理由は一目見ただけでわかった。

 トーラスの家はヴェルサイユ宮殿を思わせるほどの巨大さで、なおかつ金閣寺のように全体が黄金の輝きを放っていた。

 もはや家ではなく宮殿と呼ぶ方が相応しく、どれだけの大金がつぎ込まれたのか、見た目から想像すらできそうになかった。

 こんなものがフリーエリアで作れるのかと、ぼくは改めてこのゲームの自由さを実感する。

 ただ、そんな宮殿も、空に浮かんでしまっては意味がない。


「ベルクさんから話は聞いたんだが、この辺にいる変なノートリアスを倒せば、この街はもとに戻るんだって?」

「ええ、まあ」


 まだ1回の実例しかないので、ぼくは曖昧に返事をした。


「そりゃあ、いい! じゃあさっそく頼みたい……と言いたいところだが、『ヴォイニッチの鍵』って知っているか?」

「知っていますよ。『サントゥス地下迷宮』に行くための鍵ですよね」


 その鍵はこの近くにある『サントゥス地下空洞』に入るために必要なアイテムだ。『サントゥス』で発生するクエストをクリアすれば、その鍵を手に入れることができる。


「そうか、なら話は早い。その変なノートリアスはいま、『サントゥス地下迷宮』にいるらしいんだ。俺が直接みた訳じゃないんだが、地下迷宮から逃げてきたやつの話を聞くと、敵の攻撃を受けて何人かがフリーズしたらしい。だから俺は地下迷宮にノートリアスがいると踏んでいる」

「しかし鍵は家の中、ですか……。クエストを受けて新たに入手することはできないんですか?」

「できたらとっくにやっている。肝心なNPCが家の中にいるんだ……」


 先ほどの上機嫌から打って変わり、トーラスさんは眉をくもらせため息をついた。


「もしかしてこれ、バグ・ノートリアスを倒すより難しい状況なの?」


 ねえねえ、とフィオナはこの停滞した空気を読まずぼくの顔を覗き込むようにして質問をしてきた。

 ぼくはそんなフィオナを無視して考える。

 何か方法はないか。

 バグっているのだから、地下迷宮の扉を破る方法があるのではないか。


「あの、ちなみに『ヴォイニッチの鍵』ってどの辺に置いてます?」


 そう質問をしたのはアサノだった。


「玄関の棚の上にある。綺麗なんで、飾ったままにしていたんだ。アイテム袋に入れなおしておけば、君たちに迷惑をかけることなくノートリアスの討伐を頼めたんだが――」


 ガシャンという破砕音が、トーラスの言葉を完全に遮った。


「え?」


 みんなが音のした方を見た。

 トーラスの家の窓だ。玄関近くの窓が割れている。

 そしてトーラスに質問をしていたアサノの姿が、ぼくのそばから消えていた。


「まさかっ!?」


 フリーエリアの物はほとんど壊すことができる。

 だからといって、他人の家の窓を破って中に入るなんてことは、聞いたことがない。

 しばらくすると、玄関扉が開き、中からアサノが出てきた。

 そして身軽に跳躍し、ぼくたちの所まで戻ってきた。


「この鍵でいいですか?」


 アサノの手のひらには、飾りたくなるぐらい綺麗な鍵があった。

 アサノの突然の行動に呆気にとられながらも、トーラスはじっとその鍵を見つめた。


「ああ、これだよ、この鍵だよ。それにしてもバグラーっていうのはすごいなあ」

「というより、私の跳躍の能力が便利なのよ。ね、コウ?」

「あ、ああ」


 確かにアサノの能力は便利で、だからこそ『42』のノートリアスに勝つことができた。

 でも今のぼくは、そんなことどうでも良かった。

 宙に浮かぶトーラスの家の割れた窓を見ながら、弁償額の計算を頭の中で行っていた。

 ポッチェのときと違う額になることは、容易に想像ができた。

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