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もし出会ったら

「ふあ……よく寝た、かな」


 ベッドから起き上がったぼくは部屋を見渡す。

 ヘッドマウントディスプレイが置かれ、制服が吊るされ、漫画が無造作に置かれている。そんないつもの自室であって欲しかった。

 だけど目の前に広がっている部屋にそんなものはなかった。

 部屋には片手剣・カッツバルゲルが立てかけられ、ささくれや皮膚のひび割れがひとつもない綺麗なぼくの手のひらが視界にあった。

 ログアウトができなくなってから1週間が経った。

 現実なら28時間が経っている。

 しかしぼくはまだ『リング・オブ・ファンタジア』の世界のなかにいて、ギルド『クォンタム』の見慣れた2階の部屋にいた。

 嘘だ、と目の前の事実を否定したくなる。

 だけどよく寝たこと自体も嘘だから、否定しようがなかった。

 ぼくは単純に目をつむっていただけで、体はしっかりと覚醒していた。

 このゲームはどんな運動をしても疲れないよう設計がなされている。それに眠たくなる時は、現実の体が睡眠を欲しているので、大抵は強制シャットダウンモードが起動し、ログアウトすることになる。

 だけど眠気は一切やってこないし、ベルクが言うように尿意もまたやってこなかった。

 ベルクの『現実の時間はほとんど進まず、仮想現実の時間だけが進んでいく』という理論は、時が経つごとに説得力を増していた。

 そしてその説得力が増すごとに、バグラーの力で世界を救わなければならないという責任が重しのようにのしかかってきていた。

 そんな救世の旅がそろそろ始まる。

 そう思うと頭の中がモヤモヤしてきたので、ぼくはみんなに一言「部屋で休む」と言ってベッドに入った。

 今はもう色々とスッキリしている。

 肉体は疲れなくても、休むことは大切らしい。

 

 階段をおりるとバーカウンターにはポッチェがいた。

 ポッチェはぼーっと何もない宙を見つめていたけれど、階段をおりるぼくに気が付くと、


「旅の準備はできたのか?」


 と、静かに言った。


「準備もなにも、用意するものが特にないよ」

「いや、あるじゃろう。旅だぞ……って、ここはゲームの世界だったな」

「そう、ゲームの世界だから歩き続けても腹は減らないし、疲れもしない。回復アイテムぐらい持っていてもいいかもしれないけれど、アイリがヒーラーだから正直それも必要がないな」

「そうか……」


 ポッチェは寂しそうに言った。

 そんなポッチェを見ながら、ぼくはカウンターの席についた。


「ポッチェ。もう一度聞くけど、本当にぼくたちと一緒に旅はしないんだな?」

「ああ、ワシはここに残る。その考えは変わらん」


 ポッチェは目を見開き、決意をもった眼差しでぼくを見つめた。


「あえて聞くけど、どうして? ぼくやアサノやフィオナはバグラーだけど、全員がバグラーっていうわけじゃない。足手まといになるとか、そんなことは考えなくていいんだぞ」

「いや、足手まといだなんて……考えなかったこともないが、それよりワシには別の役割があると思ってな」

「別の役割?」


 情報屋らしい何かだろうかと、ぼくは勝手に想像をする。

 ぼくやアサノたちは、ポッチェも旅に同行するものだと勝手に思い込んでいた。

 だから「ワシは旅に出ない」とみんなの前で言った時には全員が驚いていた。

 ただ、ポッチェの口からその理由が語られてはいなかった。

 聞きたければいつでもチャットで聞けばいい。

 そういう雰囲気が、その時にはあった。

 ただぼくは、面と向かって話すことができる旅に出る今しかないと思っていた。

 ポッチェはバーカウンターから出てきて、ぼくの隣に座り、そして言った。


「娯楽を作るんじゃよ」

「娯楽……?」


 ポッチェの言う娯楽が何を指すのか、イマイチぴんとこなかった。この『リング・オブ・ファンタジア』だって娯楽のはずだ。

 ポッチェはそんなぼくの困惑を予想していたんだろう。

 すぐさま得意げな顔をぼくに近づけてきた。


「そうじゃ、娯楽じゃ。まだ細かくは決まっていないがな。ところでコウ、今のこの世界に娯楽はあると思うか?」

「クエストやミッションは止まっているけれど、たとえばモンスターを倒すとか、そういうことはできるから娯楽はあると言えるんじゃないか?」

「なるほど。じゃあコウは、いまこの状況でモンスター退治をして楽しめると思っているということかな?」

「いや……それはないかな。たぶん、すぐ飽きそうだ」

「じゃろう? つまり、この世界にあった娯楽はもう失われておるようなものなんじゃ。そんな世界にいて、なおかつ生活をするための仕事がないとくれば、誰だって生きる目的を失う。そしてログアウトができない今は、そこから逃避することだってできない。コウも街道の隅っこでぼーっとしておるプレイヤーたちを見たことがあるじゃろう? 今はまだマシじゃが、じきにああいったプレイヤーは尽きることなく増えてくる。そうなれば、プレイヤーどころか世界そのものが廃人となる」

「じゃあポッチェはそういった生きる目的を失ったプレイヤーたちを救うために娯楽を作るっていうのか?」

「まっ、大袈裟に言えばな。それにワシ以外にも協力してくれるものはおる。ただコウも知っての通り、この世界でできることは意外にも限られておる。楽器はかろうじてあるが、世界観にそぐわない電子楽器はない。娯楽施設はフリーエリアでつくればいいが、簡単に建物が作れる分、特異な形の施設なんかは材料がいくらあっても作ることができない。意外と自由ではない中、どこまでできるか。今はそれを話し合っている最中じゃが、まあ簡単にできるとなれば歌と踊りじゃな。簡単な楽器の演奏に合わせて、ワシが踊って歌おうと思っておる」

「ポッチェが歌うっ!?」


 ぼくは驚き、つい声が裏返った。

 バーカウンターで情報収集と料理をしているポッチェのイメージからは、踊って歌う姿が想像できなかった。


「コウ、そんな驚くことないじゃろう? ワシの姿を見て想像してみよ。可憐な服を着て歌って踊る幼女がいれば、たちまち男どもの心はワシの奴隷になるはずじゃ。コウもワシの可憐の姿を見てみるか?」


 ポッチェが下卑た笑みを浮かべた。

 ぼくは首を振って断った。

 見た目はどう見ても幼女だ。それもかなり可愛い。

 しかし付き合いが長いとプレイヤーの本当の姿が見えてきそうになる。

 ぼくはそんなポッチェの本当の姿を想像したから驚いたのだ。


「そうか、興味なしか。まあ帰ってきた時にはYATU☆HASHIぐらい人気のグループになってるじゃろうから、有料で見せてやるわい」

「そ……そうか。それは楽しみにしておくよ」


 ぼくはどう答えていいものかわからず、曖昧に返事をした。

 それにしてもYATU☆HASHIというグループ名は、とても懐かしい響きだった。その名前は、妹のリオンのことを思い出す。

 現実の時間がほとんど進んでいないのなら、リオンはぼくの異変にまだ気付いていないだろう。

 それは明日にしても、明後日にしても同じことだ。

 ログアウトしない限り、リオンはぼくのことに気付くことができない。


「そろそろ行くのか?」


 ポッチェはさっきまでの下卑た笑みを引っ込めて、静かに言った。

そういえば、だいぶ話し込んでいる気がした。


「ああ、自由時間だとかみんなは言ってるけど、みんなぼくを待ってると思うからね。そろそろ行かなきゃ」


 ぼくはそう言って、カウンターの席を立った。

 そして建物の扉に手をかけようとしたとき、ポッチェの声がぼくのうしろから聞こえてきた。


「そういえば1つ、聞き損ねたことがあった」

「なんだよいきなり。チャットモードであとから聞けばいいじゃん」

「いや、いま聞きたい。こんな世界にした犯人のことじゃよ。ワシはずっと考えておったんじゃが犯人はこんな世界にずっと住みたいと思っているやつじゃよな?」

「ああ、そうベルクも言ってたな」

「旅に出て、その犯人ともし出会ったらコウはどうする?」


 ポッチェの声には、興奮も震えもなかった。淡々と質問をしているように聞こえる。

 だからぼくも淡々とした口調で質問に答えた。


「まあ、出会う機会なんてないと思うけれど、もし出会ったら、この世界で暮らすっていうことがどういうことなのか、少し考えてみろよって言いたくなるかもな」



 集合場所はトラウムの街と平原を繋げる跳ね橋の上だった。

 そこにやってくると、すでにぼく以外のメンバーはポニーにまたがって待っていた。

 巨大なオープンフィールドで作られたこのゲームで、まともに旅するのなら、ポニーに乗らないわけにはいかなかった。現実の地球のように、広大な砂漠や山脈があるわけではなかったけれど、それでも徒歩の旅はあまりにも厳しい。

 ぼくも他のみんなに習って、アイテム『ポニーズ・ファイフ』を使い、ポニーを召喚した。


「おそいっ! なに道草くってるのよ」


 フィオナは頬を膨らませて言った。怒っているのは明らかだった。


「ポッチェと別れの挨拶をしてたらつい……」

「それ以前に寝過ごしてたんでしょ?」


 アサノが会話に入ってきては、ぼくを睨みつけた。


「そんなことないよ」


 と、ぼくは強く首を横に振った。


「では揃ったことですし、そろそろ行きましょうか」


 そう言ったのは、このメンバーの中では新参者となるベルクだった。ベルクは営業スマイルを浮かべ、屈託のない笑顔をぼくらに見せていた。

 しかし人を疑うことをあまり知らないリッカとアイリ以外は、ベルクの営業スマイルを見て明らかに不審がっていた。

 それはぼくも同じだった。

 ベルクは突然現れ、誰も知らない情報を持ってきて、旅を提案した。

 それどころか旅の目的地をアルビオンと決め、アルビオンにたどり着くまでの経路もぼくらの意見を取り入れることなく決めた。

 ベルク本人もバグラーだから、戦力になることは間違いない。

 それに敵意や悪意といったものも感じない。

 今さら旅の同行を断る理由がない。

 しかしベルクが何を考えているのか、その営業スマイルからはまったく読み取れない。

 それだけが違和感になっていた。

 ただぼくらはそんな違和感を抱えながらも、そして次なる目的地へと向かっていった。

 ベルクによると、そこもまたバグに悩まされている土地とのことだった。

まさか1ヶ月以上も更新しないとは……。

色々とひと段落したのですが、しばらく不定期です。

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