再会
気がつけばぼくは見慣れた場所に立っていた。
しかしそこが自宅でないことは一目瞭然だった。
アーチ状になった石造の高い天井、太い石柱、整然と並べられた燭台、敵にやられて悔しがっているプレイヤーたち……。
それらのおかげで、ここは『リング・オブ・ファンタジア』にあるトラウム教会だとすぐにわかった。
死んだプレイヤーが飛ばされる復活ポイントだ。
そうだ。勝ったとはいえ、相討ちだったのだ。
あのバグ・ノートリアスに対して。
「おっ、コウもやられたのか?」
ふと、うしろから声が聞こえてきた。
その声はとても懐かしいように感じられたし、なおかつ聞きたかった声でもあった。
二度と聞けない声とまで思っていたのだ。
だからぼくは、その声を幻聴とすら感じていた。
「どうしたんじゃ、コウ? 様子が変じゃぞ」
しかし幻聴じゃない。
そう確信したぼくは喜びのあまり、振り返ると同時にその声の主である幼女をぎゅっと抱きしめた。
「ポッチェ! ポッチェ! 良かった……本当に良かった!」
「うわーなんじゃお前! 私は男と戯れる趣味はないぞ! というか、絵面的にお前がロリコンにしか見えんから早く離すんじゃコラ!」
ポッチェは手足をじたばたとさせてぼくから逃げ、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を整えた。
「一体何があったんじゃコウ……お前の様子、ちょっと変じゃぞ」
「いや、動くポッチェには二度と出会えないかと思って、つい取り乱してしまったよ」
「その言い方、まるで私が動かなくなったみたいな言い方じゃな。何があったんじゃ? というより、今は何が起こってるんじゃ?」
そういえば何が起こっているんだ?
いざ聞かれると、ぼくも大して理解していないことに気付く。
バグ・ノートリアスの必殺技を食らってHPが底をつきブラックアウトが襲ってきたんだから、ぼくは自分がオブジェになったはずだった。
でも現実には、そうなっていない。幼女であるポッチェを抱きしめることができた。
何かが変わったからだ。
ポッチェがやられた時と、ぼくがやられた時との決定的な違い。
もちろん、それは1つしかなかった。
「いまさっき、バグ・ノートリアスを倒したんだ。相討ちだったから、いまここにいるんだけどな」
「おぉっ! あんな訳の分からぬノートリアスをよく倒せたな」
「ああ、あいつには法則があったんだ。そこでアサノと協力して――」
と、口にすることでぼくはもう一人、この教会で探さなければいけない人物を思い出した。
ぼくと一緒に戦って、ぼくより先にオブジェになってしまったアサノ。
「アサノと協力して、どうしたんじゃ?」
「いや、その話はまた今度にするよ。それより、アサノ見なかったか?」
ぼくは視線を巡らし、アサノを探した。
しかし、いない。
「アサノ? いや、見てないが……」
「ちょっと探しに行ってくるよ。話は色々と落ち着いてからにしよう」
「あ、ちょっと待つんじゃ……」
ポッチェとの会話を切り上げ、ぼくは教会の中を歩き回った。
教会の中には、バグ・ノートリアスと戦っていた高レベルプレイヤーが苦々しい顔を浮かべながらひそひそと何かを語っていた。
会話の内容は聞かなくても、バグ・ノートリアスにダメージを与えられなかったことに対する不満や憤りだろうと予想ができた。
あれは普通のプレイヤーじゃ絶対に攻撃を加えることができない。バグに対してはバグ。つまり、バグラーが攻撃しないとダメなんだ。
そう事実を言ったところで、彼らの憤りが消え去るとはとても思えなかった。彼らは結局、バグ・ノートリアスを倒すことができない。
「なあ、コウよ……」
「うん、どうした?」
ポッチェが呆れた顔をして言った。
「アサノは教会の外にいるらしいぞ。お前、さてはチャットモードのことを忘れておるな」
ぼくは「あっ」と素っ頓狂な声をあげた。
ゲームにログインしている限り、チャットがあればどこにいたって会話がスムーズにできる。
現実のように、わざわざ探す必要はなかったのだ。
ぼくはポッチェの言う通り、教会の外へ出た。
外に出ると、赤い瞳と赤い髪をたくわえ、武闘家用のチュニックを着たアサノの姿が目に入った。
もちろんオブジェではなく、生き生きとしていて、顔も腕も足も全身が動いていた。
「あ、コウ……なんか、避けるって言ってたのにモロに食らっちゃってたわね。ゴメン……」
「いいよ、もう。それにムチャさせていたのはぼくの方だし」
「そんなことない……こともないわね。これで負けていたら許さなかったかも」
「それは手厳しいなあ」
ぼくはプッと吹きだして笑った。
それと同時に、アサノも笑った。
さっきまでの緊張感や絶望感が嘘のように、心の底から笑いがもれた。
あの戦いが本当にしんどいものだったのだと、ここにきてようやくわかった。
「それより見てよ、コウ。この光景すごいよ」
ぼくはアサノの視線の先を見た。
そこには今まで見たこともない光景が広がっていた。
空中に浮かんでいた植木鉢はもともとあったプランターへと戻っていき、空中を走っていたNPCの少女は地面に足をつけ、地面に足を埋め込んでいたプレイヤーはピョンと跳ね上がるようにして地面の中からジャンプし地に足をつけた。
そして前後左右が積み木崩しようにアンバランスになっていたトラウム城は、ゆっくりと昼間の太陽に照らされながら元の形へと戻ろうとしていた。
その光景は、壊れた物が元に戻っていく、いわゆる逆再生映像のように見えた。
しかもそれが映像ではなく、フォトリアルな光景として目の前に広がっているのだから、超常的でもあり一種の美しさもあった。
「全部、もとに戻っていくわね」
「ああ」
「私たちが動けるようになったのも、こうやって街の姿がもとに戻るのも、バグ・ノートリアスを倒したからなんだよね」
「たぶんな。バグ・ノートリアスを倒した特典がこれっていうのは、規模が大きすぎてイマイチピンとは来ないけれど、あのノートリアスの強さと異様さを考えれば、これぐらいの報酬があっても良いんじゃないか?」
「そうよね……あっ、だったらログアウトもできるんじゃない!?」
と言ってアサノはすぐさまログアウト画面を開いたのか、宙をじっと見つめた。
しかし少しして、首を力なく横に振った。
「ログアウト、まだダメみたい……街はこうも見事に戻っていくのにね」
はあ、とアサノはため息をついた。
フィオナが盗み聞きをしたギルドの情報はガセだったから、ぼくはバグ・ノートリアスを倒してもログアウトはできないと思い込んでいた。
だから落胆はしても、絶望まですることはなかった。
「とりあえずリッカたちにチャットで呼びかけて、一度『クォンタム』に集まってみましょう」
「そうだな。突然消えたことで心配してるかもしれないし、ポッチェが動いたってこと、教えてあげないとな」
「いや、コウよ。その話はもう済んでおる。お前たちがイチャイチャして私のことを無視するもんだから、リッカにここへ来るようチャットで呼びかけておいたぞ」
「イチャイチャなんてしてないわ」
「イチャイチャなんてしてないぞ」
ぼくとアサノの言葉は見事にハモり、そして同時に赤面した。
ぼくとアサノは決してそんな関係ではなく、親友同士だというのに、こんなことをポッチェは言ってくるものだから恥ずかしくて仕方がなかった。
しかし、久しぶりの平和なひと時は、愛おしさすらあった。
ただ、そんな平和なひと時も、次第に退屈なものへと変化しつつあった。
日は傾こうとしていた。
しかし、リッカたちは教会へやってこない。
「遅いな……」
ぼくは少しイライラしながらも、チャットでリッカを呼び出そうとした。
しかしチャットを送ろうとした瞬間に、リッカたちは姿を現した。
「ポッチェちゃん、無事でよかった、ホントによかったよ……」
感動の再会らしい涙をリッカは浮かべて、ポッチェをぎゅうっと抱きしめた。
しかしポッチェは「離せ、やめろ」と小声で抵抗するだけで、いつもみたいに暴れることはなかった。
なぜならそこには、リッカたちが連れてきた見ず知らずの男が1人いたからだ。
「どちら様でしょうか」
ぼくは値踏みするように、少しにらみつけて問いかけた。
顔だけ見ればぼくと同じ青年のように見え、装備を見ればポッチェと同じ盗賊のように見えた。
ただ装備品はポッチェと違い、所々に貴金属が装着されているため、機動性はもちろんとして、防御性にも優れているように見えた。そして高価な装備のようにも見えた。
そのため、この中の誰よりもレベルは高く、かつ金持ちであることは、その見た目からして明らかだった。
しかし男は、ぼくの失礼な視線をものともせず、ニッコリと笑顔を向けて言った。
「はじめまして、ぼくはベルクと言います」
男は深々とお手本になるような綺麗で丁寧なお辞儀をした。
その慇懃な挨拶に、教会にいたぼくらは、たどたどしくも頭を下げることになった。
この男は一体何者なんだろう。
リッカにそう問いかけようとしたけれど、その問いかけが飛んでくると思ったのか、先にリッカは説明をはじめた。
「ベルクさんもコウ君たちと同じバグラーで、バグ・ノートリアスにも詳しいんだって」
「またバグ・ノートリアスに詳しいやつか……」
ポッチェはそう小声で言い、険しい顔つきになった。
情報屋であるポッチェが知らない出来事がたくさん起こっている上に、さっきは自分の知らないバグ・ノートリアスについて知るフィオナと出会ったばかりだった。
情報で商売をしているポッチェにとってはベルクの登場もまた、面白くないはずだ。
しかしそんな中、ベルクはポッチェに視線を合わせてから、こう言った。
「ポッチェさんや『クォンタム』さんの情報には普段からお世話になっていました。ペェール・ムスカの出現地域データと討伐方法は本当に役に立ちました。ポッチェさんのようなご高名な情報屋の方に会えるなんて、ぼくはなんと言っていいのかわかりません」
セールスマンか饒舌な外国人のように、ベルクはポッチェを褒める言葉を並べあげる。
その様子を見たぼくは呆気に取られそうになったけれど、すぐにポッチェは「うむ、私の情報が役に立ってなにより」と偉そうに答えた。
もちろん情報屋としてのメンツが保てたので、険しい顔はやわらかな笑みへと変わっていた。
「それで、ベルクさんは『クォンタム』の人間に何か用でもあるんですか?」
憧れのポッチェさんに挨拶をしたくなった、という訳ではないはずだ。
現状のこととベルクの知っていることを考えれば、ただ会いたかっただけはさすがに呑気すぎる。
「実は、先ほどの戦いを見ていまして……加勢するまえにおわっちゃたんで手伝えなかったんですが、これからはともにパーティーを組みたいなと思っているんです」
「これから? これからってどういうことですか?」
ログアウトはできないけれど、戦いはおわったはずだった。
だけどベルクは口元を緩めて、爽やかな笑みを浮かべながらこう言った。
「はい、実はみなさんとパーティーを組んで、これからこの世界を救い、完璧な姿に戻したいと思っているんです」
街の姿を戻して安堵していたぼくは驚いた。
世界を救い、世界の姿を戻すなんていうことまでは考えてもみなかった。




