余韻
「ねえ、根拠はなんなの?」
フィオナはぼくをじろりと見つめる。
でもぼくは臆することなく言った。
「敵のHPバーの減り具合を見ていて気付いたんだ。今のあいつのHPは、ぼくの攻撃とアサノの攻撃以外で削られた様子はない。あれだけ攻撃を受けていてもだ。つまり、バグラーが攻撃をしないと、あいつを倒すことはできないと思うんだ」
すぐ横で聞いていたアサノは「なるほど」と言い、腕を組みながら首肯した。
「でもさっきの戦いで一度、私たち負けたわよね。勝てる見込みはあるの?」
フィオナの物言いはネガティブな方向へと完全にシフトしていた。
しかし、フィオナの指摘は正しかった。
「そう、今のままじゃ間違いなく負ける。あの一撃必殺の噛みつきを避けて、ぼくが4回攻撃を加えるか、もしくはアサノが何十回と攻撃を加えるかの、どちらかしか策はない」
「私、あんなやつに何十回も攻撃当てられる気がしないわよ」
アサノはぶんぶんと強く首を横に振った。
それはそうだ。
ぼくが4回攻撃を加えられるかどうかですら怪しいのだから、アサノが何十回と攻撃を加えることはできない。
唯一考えられるのは、ぼくが攻撃をすることを前提に、誰かがぼくの代わりに攻撃を受けるという、嫌な発想しか思いつかなかった。
万策が尽きそうだった。
しかし、
「あの……」
と、教室の隅っこで手を上げるようにして、リッカが小声を発した。
「ん、どうしたリッカ。なんかいいアイデアでも思いついたのか?」
「うん。倒す方法、ちょっと自信ないけど思いついた」
「ホントか!?」
リッカの声は相変わらず小さかった。
しかしぼくは、リッカの考えには大いに期待していた。
フィオナの剣の実体を見破ったのもリッカだ。
そんなリッカのアイデアなら少しは期待したくなる。
「これは別に必勝法とかではないんだけど、アサノのジャンプって敵の攻撃が届かなくなるぐらい高く飛べたり、真っ直ぐに飛べたりするんだよね?」
「ええ、前でも上でも飛べるわ。今なら着地のコントロールだって、ある程度ならできるわよ」
「だったら、飛んで戦えばいいんじゃないかって私は思うの?」
「飛びながら? どうやって攻撃するのよ」
「コウが剣で斬るの」
「ぼくが?」
アサノの戦術かと思いきや、ぼくの名前がリッカの口から突然出てきた。
アサノのジャンプに、ぼくの攻撃……。
その2つを同時に考え、頭の中でミックスした瞬間、リッカの言いたいことがわかった。
「なるほど。つまりアサノにおんぶしてもらって、ぼくが剣で攻撃をする騎馬戦スタイルってことか」
「そう」
「そう……って、リッカ、その作戦本気?」
「本気だよ。変な考えかもしれないけど、私にはそれ以外、思いつけない」
リッカは拳をぎゅっと握りしめて言った。
小声ながら、熱意のこもった言い方だった。
確かに変な戦術に聞こえるけれど、ぼくにはこれ以上の案は思い浮かばなかった。
そしてそれ以上の案は、ほかの誰にも思い浮かばなかったのだろう。
誰からも反論はでなかった。
やがてリッカの熱意に答えるようにして、アサノは言った。
「まあしょうがないか。私が馬の役っていうのはちょっと抵抗あるけど、やらないとあいつはもっと暴れるだろうから、そろそろ私たちが食い止めないとね」
アサノは高レベルプレイヤーと戦うバグ・ノートリアスを見た。
バグ・ノートリアスは意味のなさそうな機械音声を発しながら、生き残った高レベルプレイヤーたちに攻撃を加え続けていた。
しかしバグ・ノートリアスの犠牲になった10人ほどの高レベルプレイヤーたちは、言葉を発することのないオブジェと化していた。
そのオブジェはポッチェと同じように、動いていたことを物語ように、表情や姿に躍動感があふれている。
ぼくはその姿をみて胸を痛めた。
「今すぐにでも戦おう。これ以上、犠牲者を増やしたくない」
ぼくはそう言って、アサノに合図を送った。
アサノはその合図にうなずき、ぼくに近づいた。
ともに戦闘準備は、すでにできていた。
「あ、そうだ。リッカ、フィオナ、アイリは街中に逃げてくれ」
バグ・ノートリアスが、ぼくかアサノ以外に狙いを定めたときのことを考えて言った。
しかし、
「どうしてよ?」
そう不満そうに答えたのはフィオナだった。
「危ないからに決まっているだろ」
「でもこのノートリアスの話を持ち出したのは私よ? 戦いを見届けるぐらいの責任は持っているわよ」
「お……お姉ちゃんが残るなら、私も残る」
不満そうなフィオナに寄り添うようにして、アイリが言う。声の震えから、バグ・ノートリアスを怖がっているのは明らかだった。
「私も、コウとアサノが戦うんだから見届けるわ。それにアイデアを出したのは私だしね」
てへ、とリッカは笑みを浮かべた。
心強い、とぼくは素直に思った。
このゲームはMMOだからもちろん仲間同士の繋がりや絆が大切になってくる。
今まで何度も、繋がりや絆を感じた場面に遭遇したことはあった。
だけど、ここまで心強く感じる瞬間はなかったように思えた。
「なるほど。でも攻撃範囲には絶対入ってくるなよ。あいつから守れる保証なんてないから」
ぼくはそう念を押した。
「わかってるわよ。邪魔にならないところで応援してるわ」
フィオナたちは言われた通り、ぼくたち2人からは少し距離を置いた。
ぼくらはフィオナたちが安全そうな場所にまで移動してから、
「そろそろ行く?」
「ああ」
ぼくはアサノにかかえてもらってから、剣を抜いた。
「剣、振り回せそう?」
「正直振り回しにくいけれど、ゲームの世界だから攻撃力にはたいして影響はでないよ」
「力、999もあるものね」
そう、力がそれだけあるからあと4回の攻撃でおわらせられる自信はある。
「今は高レベルプレイヤーに気を取られているみたいだし、不意打ちといこう。アサノ、真っ直ぐに飛ぶんでみてくれ」
「わかったわ……振り落とされないでね」
アサノはそう言うと同時に、ビュンと風を切るようにしてバグ・ノートリアスに急接近した。
かつがれていたぼくは、一瞬にしてバグ・ノートリアスに近づく。
そしてあの「42」の顔に、ふと目があったような気がした。
その一瞬に、ぼくはその「42」の顔に切り込んだ。
「わっと、通りすぎちゃった」
斬り込んだあと、一瞬にしてぼくら2人は遠くまで跳躍していった。
アサノが足で踏ん張り止まったころには、バグ・ノートリアスとの距離は随分とあいていた。
「どう、攻撃できた?」
「なんとか……HPバー見てみればわかるよ」
「ホントだ。半分近くまで削れてる。この作戦、成功だね」
「いや……まだわからないよ」
そう、攻撃はあと3回も残されている。油断はできない。
バグ・ノートリアスは目の前にいた高レベルプレイヤーから、ぼくらに視線を移した。
そして気味の悪いほど早いスピードで、こちらに近づいてきていた。
「あいつ、近づいてきたよ。どうする? 相手の攻撃のタイミングをみて上へ飛ぶか、さっきみたいに一瞬だけ近づく?」
「一瞬だけ近づいてみよう。ただ、相手の攻撃が当たりそうになったら、緊急回避をしてみてくれ」
「難しいことを簡単に言うわね……でもわかった、やれるだけやってみるわ」
アサノは再び真っ直ぐに跳躍をした。
遠ざかっていたバグ・ノートリアスに急接近していくのがわかる。
ぼくはバグ・ノートリアスの姿を捉えて、カッツバルゲルを構えた。
バグ・ノートリアスも負けじと脚をあげて、攻撃の構えを示していた。
そして、互いに攻撃範囲に入った。
ぼくはカッツバルゲルを振りかぶり、バグ・ノートリアスは脚でアサノを蹴り飛ばす。
それは一瞬の出来事だった。
「くっ!」
アサノは苦しく息を漏らすと、右へと跳躍しなおして方向転換をはかった。
「大丈夫かっ!?」
「ゲームだから痛みはないんだけど、さっきの攻撃、もろに食らっちゃったみたい」
アサノのHPゲージをぼくは感覚コマンドで確認をする。
すると満タンだったHPゲージは半分まで削れていた。
アサノのお腹には、赤く光る傷跡があった。
「噛まれたらもちろんダメだけど、あの足蹴りをもう1回食らってもダメみたいね。それより、さっきちゃんとダメージ与えられた?」
「うん、相手のHP、もう半分は切ってるよ」
あと2回、攻撃すればこの戦いはおわる。
でも、アサノはあと一撃食らえばやられてしまう。最悪、オブジェになる。
この作戦は本当に続行するべきなのだろうか。
ぼくは遠くにいるバグ・ノートリアスを見ながら考えていた。
するとアサノは振り返って、かついでいるぼくをにらみつけた。
「もしかして、私の心配でもしてる?」
「いや、そんなことは……」
もちろん心配だった。あと一撃でやられてしまうのだから、心配して当然だ。
そうぼくは答えなかったけれど、その心が見透かしているかのようにアサノは言った。
「心配とか、そんなのいらないわよ。私、あいつの攻撃、今度は絶対避けてみせるから。それよりコウはあいつを斬ることだけに集中して……オッケー?」
ああ、とぼくは元気なく返事をする。
ぼくは心配で胃が痛くなってきていたけど、いまぼくの足の代わりになってくれているのはアサノだ。
アサノを信頼しないことには、バグ・ノートリアスを倒すことはできない。
ぼくはカッツバルゲルを再び構えた。
「アサノ、飛んでくれ」
「わかった。飛ぶよ」
びゅんと風を切る。背景にある草花が一瞬にして遠ざかる。
そしてバグ・ノートリアスの異様な姿が迫ってきていた。
「うおおおお!」
ぼくは叫び、そしてバグ・ノートリアスの体躯を斬った。
深々とバグ・ノートリアスの体躯を斬り込む、確かな感触があった。
それはアサノの跳躍コントロールが上手くなり、バグ・ノートリアスに最接近した成果だと思われた。
ただ、深々と斬り込んでもHPを急激に減らすことは当然できない。
遠ざかるバグ・ノートリアスのHPバーを見ると、攻撃1回分のHPはしっかりと残っていた。
「アサノ、あと1回で倒せるぞ!」
跳躍をおえ、平原に足をつけたアサノにぼくは言った。
しかし、返事はかえってこなかった。
「アサノ……?」
ぼくは聞き返す。
だけど返事はない。
そして悪い予感がしながらも、頭におそるおそる触れた。
「アサノっ!」
アサノの髪の毛は鉄のように硬くなり、髪の毛1本すら動く気配がなかった。
ぼくはアサノから降りて、正面に立った。
アサノは全力を出し切った体操選手のように、満面の笑みを浮かべている。だけどその表情はしばらくしても変化することはなく、精巧なオブジェのように硬直していた。
「嘘だろ……」
バグ・ノートリアスの一撃を避けられなかったことは明らかだった。
絶対避ける。その言葉をアサノは守れなかった。
ぼくは悔しさのあまり、目から涙が浮かびあがってきそうになった。
犠牲を出さないための作戦だったのに、結局犠牲を出してしまったのだ。
だけど涙を流して、悲嘆にくれる時間は、ぼくに与えられていなかった。
バグ・ノートリアスは生き残ったぼくを狙って、近づきつつあった。
ぼくは涙をぬぐって、カッツバルゲルを構えた。
あと一撃ですべてがおわる。
そのことだけを考えた。
「よし、こいっ! 倒してやる!」
その言葉が耳に入ったのか、バグ・ノートリアスは「42」の顔から鋭い犬歯をのぞかせて、ぼくに向かって走ってきた。
一撃必殺の噛みつきを繰り出すつもりなのだろう。
だけどぼくはひるまなかったし、そもそも怖いとも思わなかった。
ポッチェやアサノ、2人の仲間のことを思えば不思議とそう感じた。
逃げることを諦めたわけではない。
必ず倒す、その思いだけがぼくの体をつき動かしていた。
『カトウセイブツヨシンデシマエ』
女性の機械音声がそう叫んで、ぼくに噛みつこうとする。
しかしそれよりも早く、ぼくはカッツバルゲルをその犬歯の先にある口腔へと突き刺した。
そして、バグ・ノートリアスのHPバーはみるみるうちに減っていき、遂に底をついた。
『あfjふぁいあmdしs¥“!!!!』
バグ・ノートリアスは声にならない断末魔の叫びをトラウム平原に響かせ、虹色に輝き、ノイズを走らせながら消滅していった。
「勝った……仇は取ったぞ!」
ぼくは剣をもって、勝どきをあげようとした。
しかし、体は動かなかった。もっていたカッツバルゲルは、手から離れて地面へと落ちた。
体の異変に気付いたぼくは、急いで自分のHPバーを見る。
すると、HPバーは見事に底をつき、HPは0になっていた。
勝ったつもりだったけど、違っていた。
相討ちだった。
気付かないうちに相手の一撃必殺はぼくにまで及んでいた。
どんな一撃必殺の攻撃を受けても、プレイヤーは死ぬまでの数秒は動くことができる。
即死は心臓に悪いしドラマチックじゃないということで、このゲームでは即死する瞬間がほとんどない。
そのためポッチェはやられてから少し喋ることができたし、アサノは跳躍をおえることができた。
そしてぼくは、このシステムのことをすっかりと忘れて勝利の余韻に浸ろうとしていた。
せっかくバグ・ノートリアスに勝てたのに、これからぼくはフリーズしてしまう。
そう思うと同時に、あのブラックアウトはやってきた。
昼間の太陽に照らされながら、ぼくの目の前は真っ暗になった。




