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見えているすべてが正しいとは限らない

「ちょっと待って、もしかしてあなたもバグラーなの?」


 アサノはじりじりと後退しながら言う。

 長身で細身のはずのレイピアは、すでに木の幹と同じぐらいの太さになっていた。

 もはやそれは両手剣の大きさを、軽々と凌駕してしまっていた。

 しかしフィオナは、その巨大な剣を顔色ひとつ変えずに持ち上げる。


「バグラー? なにそれ。私はそんな言葉、知らないわ」


 フィオナは鼻で笑う。

 そして、アサノに向かって走り出した。


「お姉ちゃん、やめて!」


 だけど姉・フィオナは刺突の先を、アサノにしっかりと定めたまま止まらない。


「そうだ、これだけは教えてあげるわ。この剣の攻撃力は、大きさに比例するの。そしていくらでも大きくできる。今の攻撃力は……通常の3倍よ!」

「あぶなっ!」


 近づく剣先を、アサノは間一髪で横に避けた。

 しかしそれで危機が去ったわけではなかった。

 大きくなったレイピアの刀身は、レイピアが得意としない斬撃にも応用が効く。


「アサノ、まだ安心するなっ!」


 ぼくは大きな声でアサノに呼びかけた。

 それをしっかりと聞いたのか、アサノはジャンプして、高い所にある木の枝に捕まった。


「えっ、飛んだ……? それがバグラーっていうやつなの?」

 巨大なレイピアを軽々と持ち直して、剣先を頭上にいるアサノに向けた。

「教えない」


 頭上から、見下すようにしてアサノは言う。


「どうしても?」

「バグ・ノートリアスモンスターを私たちに譲ってくれたら、教えてあげてもいいわ」

「……っち、調子に乗るなっ!」


 アサノの挑発に、フィオナは舌打ちをする。

 だけど舌打ちしただけで、追随はしなかった。

 今度はその巨大な剣先をぼくに向けてきた。

 ぼくはカッツバルゲルを鞘からひき抜いて、身構えた。

 巨大なレイピアが、その大きさから想像できる質量で勢いよく向かってくるのなら、重い一撃を食らってしまうことになる。だからぼくの攻撃が避けられてしまった場合、なんとしてでも、相手の攻撃は武器で受けとめなければならない。

 その一撃で自分のカッツバルゲルが壊れてしまったとしても、HPを守るためには仕方がない。

 それに万が一、カッツバルゲルを失ったとしても、力が999の素手の一撃を入れることができれば、ぼくたちは勝つことができる。相手のHPが1万でもない限り。


「次はあなたよっ!」


 その宣告通り、フィオナはぼくに走って近づく。

 ぼくはレイピアの剣先を避け、間合いを読みながら彼女の懐に近づくことを考えた。

 だけどその考えは一瞬にして打ち砕かれた。

 レイピアの動きは想像以上に早い。

 その動きは、ぼくがカッツバルゲルを持つのと同じように、軽々としていた。

 アサノと戦っていた時よりはるかに大きい刀身の重さを無視しているようにも見える。

 だから剣先を避けるのが精一杯。

 間合いに入って斬り込む、なんていう余裕はなかった。

 ここにきてアサノのジャンプは、ぼくの忠告を聞いて動いたわけではなく、そうするしか選択肢がなかっただけだということに、ぼくは今さら気付いた。

 ただ、ぼくはアサノのように、避ける手段を持っていない。

 せめて、カッツバルゲルを失ってでも、攻撃を受け止めるしかない。

 ぼくはすぐさま身を縮めて、刀身を前面に出して防御の体勢に出た。

 だけど、フィオナの刀身はぼくの方へはなかなか向かってはこなかった。

 刃は確実にぼくを捉えている。

 それは間違いなかった。

 しかし、ぼくを斬ることに躊躇するかのように、刀身の動きは止まっていた。


 なぜ止まったのか、よくわからない。

 しかし間合いをつめる、チャンスだ。

 そう思ったぼくは、地面を蹴ってフィオナの懐に飛び込んだ。

 その瞬間、フィオナは叫んだ。


「バカね、そう簡単に間合いを詰められてたまるものですかっ!」


 そして、止まっていたレイピアは再び動きだした。

 ガキン、とカッツバルゲルの刀身に巨大なレイピアが勢いよくぶつかった。

 力は999もあるから、力勝負で負けることはない。だけど、カッツバルゲルは折れてしまうだろうと思った。

 しかし、反動は鈍く、カッツバルゲルの刃はヒビ1つとして入らなかった。

 むしろ攻撃を仕掛けたフィオナが、よろけてバランスを崩した。


「なに、この強さっ!?」


 レイピアはもとの小さな片手剣に戻り、フィオナは地面へ倒れ込んだ。


「さすがコウ、やるわね」


 木の上から観戦でもしていたのか、アサノが地面へと降りてきた。


「何倍にも強くなっていた武器だったんでしょ? よく相手を負かすことができたわね」

「あ、ああ。そうだな……」

「浮かない顔して、どうしたの?」

「いや……」


 なんとなく、ぼくは違和感を覚えた。

 刀身同士があたった時の感触。反動のなさ。


「コウ、あの……」


 ぼくのうしろから、リッカの声がした。


「どうした?」

「あのね、私、みんなが戦っている所を見ていて気づいたんだけど……」


 そして、ひそひそとリッカは、ぼくに耳打ちをした。

 アイリがいつの間にか泣き止んでいたことで、ここは風で揺れる木の葉の音しか聞こえない。そんな中で、ひそひそと話すのだから、同時にリッカの息づかいも耳に入ってきていた。

 リッカの息はくすぐるように、ぼくの耳をなでる。


「たぶん、あの剣。変わっているのは見た目だけだと思うよ」

「やっぱりそうか。反動がなさすぎておかしいと思っていたんだ。もしかしたら強さはあまり変わらないんじゃないかって」

「それだけじゃないよ、コウ」

「それだけじゃない?」

「強さが変わっただけじゃなくて、実際の大きさもおそらく変わっていないよ」

「いや、大きさは変わっているだろう。それは見た通りだと思うよ」

「普通なら、それでいいと思う。でもコウ、ここはバグった世界だよ? 見えているすべてが正しいとは限らない。アサノが戦っていたときのこと、覚えてる?」

「ああ、木に登って逃げ切っていたな」

「どうして逃げ切れたと思う? レイピアはいくらでも大きくできる。それなら、アサノのいる場所に届くぐらい、大きくできた。でもあの人はそれをしなかった」

「大きくするには限度があったんじゃないのか?」


 しかし、そのぼくの発言にリッカは首を横に振った。


「それも考えた。でも、握っている手を見た時にわかったの。彼女が巨大なレイピアを握っているとき、その手からは握っているはずのレイピアの柄が見えたの。つまり彼女が握っているのは、巨大なレイピアじゃなくて、本来の大きさのレイピアなのよ」

「つまり、フィオナのレイピアはコケおどしでしかなく、攻撃力や重さどころか、攻撃範囲も変わってない……ということなのか」


 今度は首を縦に振った。

 ぼくはにわかには信じられなかった。

 ただ、バグった世界なのだから、見た目がすべてと思うのは危険だとも思った。

 見えているすべてが正しいとは限らない。

 まったく、その通りだ。

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