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みんなが求めているもの

「いつまでコソコソと喋っているのよ、まだ戦闘中よ! 今度は魔法使いのあなたが私と戦う?」


 フィオナは指名したのはリッカだった。

 ローブをまとったリッカは、魔法使いの杖・エルブダムールを両脇でかかえて、フィオナから遠ざかった。

 リッカの専門魔法は攻撃魔法だ。遠距離を得意とし、高い魔法攻撃力をいくつも覚えている。ただ、近接戦闘になると守備力の弱さとHPの低さから、すぐ敵にやられてしまう。

 パーティー戦では、前衛職がリッカのような魔法使いを守る必要があった。

 この場面においても、フィオナが攻撃を仕掛けたら、巨大なレイピアがたとえコケおどしだったとしても、すぐにリッカのHPは削られてしまうことは想像できた。


 ぼくはリッカの前に出た。

 そして毅然とした態度で、片手剣・カッツバルゲルを構え、フィオナに立ち向かった。


「ふん、またあなたが立ち向かうのね、いいわ。でも今度は油断しないわよ」


 フィオナはレイピアを巨大化させる。

 ぐんぐんと巨大化するレイピアは、さっきぼくが刀身で受け止めた時より、2倍ほど大きくなっていた。

 その大きさは、さすがに嘘くさく見えていた。

 フィオナは大きさを気にしないぐらい必死になっていたのかもしれない。フィオナの顔には、いつの間にか余裕が消え、このゲームでは見たことがないぐらい引きつった作り笑いを浮かべていた。

 ぼくはそんなフィオナの持つ、レイピアの柄の部分に目を向けた。

 確かに、柄のグラフィックが手から飛び出し、浮かびあがっていた。

彼女がつかんでいる部分は、実際の大きさのレイピアなのは間違いなさそうだった。

 攻撃力は、さっき受けた反動から弱いと推測できる。

 攻撃範囲だけが依然不明のままだけど、そこまでわかれば彼女の懐に飛び込んで一撃をくらわせられる。


「くらえっ!」


 巨大なレイピアの剣先がぼくに向かってくる。

 細身のレイピアとはいえ、剣先はもはや手のひらと同じぐらい大きい。

 ぼくはそんな剣先をあえてギリギリに避けて、試しに軽く刀身に手を近づけた。

 刀身に実体があれば、少しダメージを食らってしまう。しかし実体がなければ、手は刀身の中へと入ってしまう。

 ぼくは後者に賭けて、刀身に手を振れた。

 手は、刀身のなかにすんなりと入っていった。

 同時にフィオナは「あっ」と、不意に声をもらした。


 確定した。

 リッカの予想はすべて正しかった。

 巨大なレイピアは、攻撃力どころか大きさもコケおどしにすぎない。

 フィオナはただ武器のモデルを大きくするだけの能力しかなく、ぼくたちはその能力にまんまと振り回されていただけだった。


「なるほどな」


 そう言ってぼくは笑みを浮かべた。

 出会ったばかりのフィオナがしていたような、余裕の笑みだ。


「くそっ、な……なめるなっ!」


 フィオナは巨大なレイピアをがむしゃらに振り回した。

 だけどそれが無意味なことはわかっていた。

 巨大なレイピアは、凄まじいスピードでぼくの体を何度も通過していった。当然ダメージはなかった。

 巨大なレイピアのモデルの中にぼくが入っても、レイピアの側面を作り出す精巧なテクスチャーが見えるだけで、そよ風すら起きなかった。

 注意すべきなのは、レイピアの実体に当たってしまうこと。それだけだった。


 ぼくはカッツバルゲルを片手で握り、地面を蹴って、フィオナに近づいた。

 瞬間、目に映るフィオナの顔に恐怖が現れた。

 ゲーム内の死を予感しただけではない、それ以上の恐怖をフィオナからぼくは感じた。

 そこには、バグった世界でやられてしまう未知の恐怖も含まれているように見えた。

 実際、今のこのゲームでちゃんと教会の復活ポイントに行けるのかどうか、ぼくもわからない。

 だけどぼくは勢いを止める気はない。

 フィオナが眼前に迫る、その瞬間までぼくは走った。

 そしてフィオナと目があった。

 真っ赤に燃える緋色の眼は、勢いがなくなった火と同じように、弱々しかった。


「お姉ちゃん!」


 近くにいた妹のアイリが叫んだ。

 だけどぼくは、その声を無視して、剣を振りおろした。

 そして、パキイイインとあたりを震わす高音が森の中に響いた。


「えっ……?」


 フィオナは、その気の抜けた声とともに、手で自分の頬を確かめていた。

 そして体がちゃんと動くことに、そしてHPがまったく削られていないことに驚いているようだった。


「言ってなかったけれど、ぼくは力が999もある。だから君を直接攻撃しなくても、こうやれば簡単に無力化はできる。まだ戦うのか?」


 フィオナは首をゆっくりと横に振った。

 ぼくは結局フィオナを斬らず、レイピアの破壊だけを行った。


 別にバグった世界でやられるとどうなるかを考えたわけじゃない。

 単純に、PKが嫌いだからぼくはフィオナを斬らなかった。

 PKのあるこのゲームは、プレイヤーの良心や信頼によって楽しいゲームになっている。

 しかしぼくは、その良心や信頼以前に、フォトリアルな世界で人を斬って倒すという発想そのものが嫌いだった。

 斬るときの感触を、仮想現実の快楽に置き換えることができる気がしなかった。

 だからぼくは、代わりに彼女のレイピアの実体を斬った。


 斬られた巨大なレイピアは刀身が半分になり、もとの大きさに戻り、そして空中で霧散した。

 そしてフィオナの手元にあった、きらびやかな装飾が施された柄も、刀身を追うようにして空中へと霧散した。

 フィオナは力なく、その場でひざをついて座り込んだ。


「一発で武器を破壊……それに力が999だなんて、そんなのムチャクチャだわ……」


 緋色の眼に涙を浮かべながらフィオナは言う。


「お姉ちゃん!」


 アイリはフィオナに抱きつき、そして胸の中で泣いた。

 放心状態だったフィオナは、その抱擁に気付き、泣きつくアイリの頭をやさしくなでた。


「だからやめてって言ったのに! 強くなってないこと、絶対にバレるって!」

「そうね、素直に教えておけば良かったね。そもそも強くなってない時点で、あまり役に立ちそうになかった技だし」


 ぼくたちは無言で立ちつくしながら、仲の良い姉妹の姿を見ていた。

 フィオナはアイリが泣きやむまでの少しの間、やさしく静かに頭をなでていた。

 そしてアイリが泣きやむと同時に、フィオナは立ち上がり、ぼくを見て言った。


「さっきはえっと……ごめんなさい! あんな勝手なこと、許してくれるなんて思っていないわ! 私のことは煮るなり焼くなり好きにしていいわ! で……でも、妹のアイリにだけは手を出さないで! お願い!」


 そして頭を下げた。

 さっきまでレイピアを持って高笑いをしていた少女とは別人のように見えた。

 どう反応すればいいか、ぼくは困ってリッカに助け舟を求めるように目配せをする。

 しかしリッカもわからないのか、首を横に振った。

 ポッチェもアサノも、同じく反応がなかった。

 虫が一匹としていない静かな森で、みんな沈黙していた。

 そこにはさっきまであった、暴力的で殺伐とした空気は消えてなくなっていた。

 いまは、決して壊すことのできない姉妹愛の美しさだけが森にあった。


「あーもう。色々と言われて腹が立ったけれど、文句を言い返す気分じゃなくなったわ」


 沈黙の空気を打ち破ったのはアサノだった。

アサノは静寂な森のなかで、ひとり声をあげて笑っていた。


「私もじゃ」


 ポッチェもつられるようにして笑った。

 そしてぼくやリッカも、ようやく笑った。


「なに……許してくれるの?」


 弛緩した空気に、口を半分開き呆けた様子でフィオナは言った。


「許すもなにも、別によくあるノートリアスの取り合いでしかなかったからな。戦っていた環境がちょっと変わっていただけさ」


 ぼくは笑みを浮かべたまま言った。


「そうそう。でもバグ・ノートリアスのことはしっかりと教えてもらうわよ」


 アサノも笑みを浮かべたまま言う。

 しかしその笑みは、下卑たものがあるようにも見えた。


「わかったわ、教えてあげるわ……バグ・ノートリアスについて」


 フィオナは一呼吸置き、そして落ち着いた口調で語り出した。

「バグ・ノートリアスはその名の通り、街中に点在するバグのようにおかしくなったノートリアス・モンスターのことを言うの。そして私はそのバグ・ノートリアスの話を街中で聞いてしまった。静かな路地裏で、ギルドの仲間内だけの情報交換だったんでしょうけど、私は息を殺してその話に耳を傾けたわ……。

 すると彼らはバグ・ノートリアスの出現場所や姿だけじゃなく、バグ・ノートリアスについての驚愕の内容まで喋ってくれたの。それは倒した時の報酬についてなんだけど、どんな報酬だと思う?」


 フィオナはキリっとした目つきでアサノを見つめた。

 アサノは困惑した表情を浮かべて言った。


「いや、わからないわ……レアアイテムは落とさないんだっけ?」

「そう、レアアイテムは落とさない。ただ、レアアイテム以上に価値のあるものをバグ・ノートリアスはくれるの」

「うーん、そう言われても想像できないわ。……というか、もったいぶってないで、さっさと教えてよ」


 だんだんとアサノの表情に苛立ちが見えはじめていた。


「わかったわかった、教えるわよ……。その価値のあるものっていうのはね、ログアウトの権利よ。バグ・ノートリアスを倒した者だけが、ログアウトできるようになるの」

「……えっ!?」


 会話をしていたアサノだけではなく、ぼくもポッチェもリッカも、その場にいた全員が驚いた。

 ログアウトはいま、この場にいる誰もが望むことだった。

そんな希望がノートリアスを倒す特典になっている発想は、少なくともぼくにはなかった。


「私が言わなかった理由、少しはわかったでしょ? こんなことをコソコソと喋っていたギルドの連中も言っていたけど、そんな特典をもつノートリアスのことが知れ渡ったら、そいつの取り合いだけで大混乱になるわ」

「確かにそうじゃな。私がお前と同じ立場だとすれば、ギルドの連中以外には決して口外しないと思う。が、私の場合は、まずその話自体を疑うな」


 ポッチェが眉間にしわを寄せて、いつになく真剣に言った。


「どうして?」

「どうしてって、話がうますぎるからじゃ。誰もがログアウトを希望する中、そんな話が出るだなんて、いくらなんでも都合がよすぎる」

「でも私が聞いた話では、ログアウトに成功した人がいたって」

「しかしそれも、実際にログアウトを見た話をした訳ではないんじゃろ?」

「うっ……」


 図星だったらしい。

 フィオナは気まずそうな顔をし、それから顔をそむけた。

 フィオナの話を聞いて、素直に驚いたぼくも同罪だけれど、確かにポッチェの言うことには一理あった。

 それにたった1時間前に変わってしまった世界のこととはいえ、情報通のポッチェがまったく知らなかったことだから、ポッチェ自身がその話を信じたくなかったのかもしれない。

 ぼくはポッチェを信じてここまで来た所もあったので、今はフィオナよりも説得力があるように聞こえた。


「で……でも、バグ・ノートリアスを実際に見たって言ってた人は、すっごく具体的に容姿について言及していたわよ!」

「どんな容姿なんじゃ?」

「それは……」


 と、言いかけてフィオナの言葉は止まった。

 言葉に詰まったわけではなく、あるものに集中するために言葉を止めてしまったかのように見えた。


「どうしたんじゃ?」


 ポッチェが一転して心配そうに言った。

 しかしポッチェの心配をよそに、フィオナは恐怖と喜びが交った、奇妙な表情を浮かべて、視線の先を指で示した。


「あれよ、あんな感じだったのよ!」


 ぼくはポッチェが指で示すうしろの方を振り返った。

 するとそこには、見たこともない何かが蠢いていた。


「こいつが……こんなのがバグ・ノートリアスなのか?」

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