PK(プレイヤー・キル)
「バグ・ノートリアスを知らないなんて、あなたたち、遅れているわね」
「なっ!」
2人の少女のうち、背の高いほうが笑みを浮かべる。
情報通のポッチェにとって、この笑みは心外だったらしい。ワナワナと体が震えているのが見てとれた。
「バグ・ノートリアスっていうのはなんだ?」
怒りで震えているポッチェの代わりにぼくが冷静に聞く。しかし、
「教えない。教えたらあなたたち、奪うでしょうし」
と首を振った。
「フィオナお姉ちゃん、仲良くしようよー。ケンカしないでよー」
2人いる少女のうち、小柄な少女がいまにも泣きそうな声で言った。
背の高い少女はフィオナというらしい。
「うるさいわね、アイリ! こんなバグった世界になった以上、協力とかそんな悠長なことは言っていられないの!」
姉の罵声が容赦なく森にこだました。
すると小柄な少女、アイリはたちまち大声で泣き出してしまった。
小柄といってもアイリと呼ばれた少女は、中学生ぐらいの顔立ちに見える。一方で姉のフィオナはぼくらと同じ高校生ぐらいに見える。
だけど感情を包み隠さず泣くアイリは、まるで小学生のようだった。
中身は大人っぽくて容姿も子どものポッチェとは正反対のプレイヤーだ。
「あの……フィオナさんは何をそんなにカリカリしているんですか……このゲームがバグっているのは一時的なことですよね?」
アサノが恐る恐る姉、フィオナに聞く。
しかし彼女は勝気な表情を見せて、また首を振った。
「ふん、想像しなさいよ。もしかしてあなたたちは、まだ運営が助けてくれると思っているの?」
「そ、そんなの当たり前でしょ。ゲームがバグっているのに放置をする運営なんて、ありえないわ」
そうでしょ、と言わんばかりにアサノがぼくを見た。運営は放置しないとちょっと前に言ったぼくを信頼している、そんな目をしている。
「アナウンスもなく、何十分も放置されたままになっている時点でありえないわよ。それでもあなた達は、普通にノートリアスを狩って運営が動くのを待っているの? のんきなものね」
「そういうあなただって、ノートリアスを狩ろうって言ってるんだから、同じでしょ!」
「だから、私はバグ・ノートリアスを待っているの! 普通のノートリアスと一緒にしないでちょうだい!」
「じゃあ違いを教えなさいよ!」
「教えないわ、あなた達に横取りされたらかなわないもの!」
「うーん、わかった。わかったから落ち着いて。じゃあ聞いたらすぐに立ち去るから教えて……っていうのはダメか?」
ぼくは会話に割って入った。
ヒステリックに喋る2人を黙って見ていられるほど、ぼくの神経は図太くない。
それに森にこだまするアイリの泣き声は、聞くにたえなかった。
だから、気になることだけ聞いたら立ち去るつもりでいた。
しかしそれでも、フィオナは首を横に振った。
「ダメよ。バグ・ノートリアスを倒すっていうのは、ただのレアアイテムの奪い合いじゃないの。そんな情報を他人に言うほど、いまの私は甘くないわ。それに言ったら、絶対にあなた達は私からバグ・ノートリアスを奪うはずだわ」
そこで一呼吸置いて、フィオナは手をアゴにあててなにかを考え出した。
するとフィオナは突然、腰にぶら下げていた細身で長身の刺突剣・レイピアを握って、その切っ先をぼくに向けた。
「……いや、もう奪う気でいるかもしれないわね。ちょっとお喋りしすぎた気もするし」
「なにをするつもりだ?」
ぼくも片手剣・カッツバルゲルを握る。
フィオナが考えていることは、聞かなくても手に取るようにわかっていた。
PKをするつもりだ。
殺されたプレイヤーは死んで再起不能になるわけではなく、手持ちのお金と稼いだ経験値の一部を失って、街中にある教会にワープする。
それだけ聞けば、死のペナルティーは少ないように思える。
しかし死ぬ感覚もそうだけど、失う経験値とお金の量がやや痛いので誰もワープのために死のうとはしないのがこのゲームの常識だ。
そんなゲームだけど、街中じゃなければどこでもPKができた。
それでも『リング・オブ・ファンタジア』が楽しいゲームとして成り立っていたのは、多くのプレイヤーが互いに信頼と良識を持っていたからだ。
PKをするとしても、ギルド間の決闘といったプライベートで小規模な大会程度にしか使うことはなかった。
だけどいまぼくの目の前にいるフィオナには、信頼も良識もなさそうだった。
いまのフィオナの目には、獲物を狩る冒険者の濁った輝きだけが宿っている。
「なにって、わかるでしょ。あなた達を倒すの。そしてバグ・ノートリアスは私たちがいただくわ」
「倒すって言っても、こっちは4人もいるんだぞ。そっちは2人……いや、泣いている妹さんを入れなければ1人だ。それでもやるのか?」
「やるわ。4人が相手でも倒せる……この剣があればね!」
そしてフィオナは、妹の泣き声なんて気にせずに声高に笑う。
その刹那。
ぼくに突きつけられたレイピアの先端が、頬にあたりそうになった。
その不意打ちを間一髪でかわしたぼくは、フィオナをにらむ。
しかしフィオナに動きはない。
レイピアを真っ直ぐに持つ、その構えに変化はなかった。
だけど、別のところは大きく変化していた。
レイピアは、その刀身をどんどん大きくしていた。
「なんじゃそのレイピアは!?」
ポッチェが驚きとともに、フィオナから後退する。
ぼくもアサノもリッカも、ポッチェに続くようにしてフィオナから後退する。
ぼくもポッチェと同じように驚いていた。
武器が大きくなるなんて、聞いたことがない。
だから大きくなったレイピアの威力も、想像しようがない。
しかし自分の体ぐらい大きくなったレイピアを、フィオナは得意げに構えながら、口角を尖らせて不敵で余裕をもった笑みを浮かべていた。
そして体からは、少しばかりのノイズと虹色の細い線が光って見えた。
ぼくはそこまできて、ようやく巨大化の正体を確信する。
フィオナは、ぼくやアサノ同じバグラーだ。
そんなバグラーの彼女が牙を向けている。
それが現状だ。
つまりこの戦いは、一筋縄ではいくはずがない。




