五十三
「センっ!!」
クゼは、男を押し退けその幼子に駆け寄り、小さいその身体を掻き抱いた。途端に濡れる己の手。
「……セ、ン……? センっ、セン!」
幼子の名前を何度も呼ぶ。しかし、その目は、見開かれたまま、こちらを向くことはなかった。
よくクゼの後ろをついて回っては、たくさんの質問をした。勉強が大好きだと、将来は人にものを教える人になりたいのだと、そう言って笑っていた。零れんばかりのその笑顔が、皆を明るくさせていた。今は、絶えず吹き出る紅い血に濡れ、その顔は、その表情は、もう動かない。
(これは、何?)
目の前のモノが、あの笑顔を見せていた幼子だと、同じものだと、俄かには信じられなかった。しかし、その小さな身体が、良く撫でていた頭の重さが、これはあの幼子なのだと、これは現実なのだと、生々しくクゼに突きつけている。
「……ぁあ……あああ、ああぁあああああああ!!」
それは獣のように。クゼは、幼子の躯をきつく抱きしめ、焦点の合わない目を見開き、声を上げた。もう、限界だった。理解が追いつかない。しかし、これは現実らしい。派手に吹き出る血が、見開かれ濁った両眼が、この子の死を明確に表している。涙は出ない。ただ、絶叫するだけ。受け入れるので精一杯だった。




