五十四
「……なんだ、食い物じゃねぇのかよ」
慟哭の中で、後ろから、声が聞こえた。現実に、クゼはゆっくりと振り返る。そこには、紅く染まった角材を放り投げ、包みの中身を見て溜息をつく男の姿があった。その手の中には、何やらひとつの書物が。
(……ああ、そうか。大切にしてくれていたんだな……)
何度も、あれを見せていた。何度も、あれを使って教えていた。新しいものが来ても、代わりがあっても、最初のあれに思い入れがあったのか。
「……ぇせよ……」
「……あ? なんか言ったか?」
ぽつりと、クゼの口から零された言葉に、男は漸くこちらを見た。
――ならば、この子にそれを捧げよう。こんな男には、渡せない。
「……返せよ、それ。返せって、言ってんだ!!」
(それに、汚い手で、触るんじゃねぇよ!!)
クゼは、立ち上がった。幼子の躯体を抱きかかえ、その顔を憤怒に染め、頬にひとつの筋を流す。その少年の身体が、どこか赤く輝いているように、男には見えた。
「……なっ、返せって、たかが書物だろうが! そのガキといい、何書物なんて大事に抱きかかえてやがる!」
クゼの気迫に、後ずさりながら男が喚く。
「……るせぇ」
「だいたい、この国はもう終わる! 俺はそれでも生きて! 食うためだ! 生きるためなんだよ!」
「うるせぇ」
「そんなガキが大事だったのか? たかだかガキひとり、何になるってんだよ!」
「うるせぇ!!」
遂に、男は押し黙った。口を開くことが、できない。
「もう、何も喋んじゃねぇよ……。黙って、燃えろ。燃やし尽くせ、【火鼠】!!」
男には、少年が最後なんと言ったか聞こえなかった。男の目の前で、赤が爆ぜた。




