7話 『国1つを創造できる万能生成AI』
「……寝たか?寝たな?ヨシッ」
草木も眠る丑三つ時。
布団に横になっていた俺は、ナミがスリープモードになっている事を確認し、布団から起きあがる。
今日は初めての外出で普段よりも運動量が増えたからか、ナミはいつもより早めに充電に入っていた。
スリープモードだろうと、イヤホンを付けていようと、物音がすればナミは起きると既に知っているので、余計な小細工はせずになるべく静かに行動をする。
目的の物は物置と化しているダンボールの山の底の方に封じていたはずなので。ゆっくりゆっくりとダンボールを崩して、ソレを取り出す。
「……よぉ、久しぶりだな。10年ぶりぐらいか?」
取り出したのは昔使っていた液タブだ。
10年前の当時ではそこそこ高性能なモデルだったが、今の時代からすればデバイス接続に特化したもっとスペックの高いモデルや、仮想ディスプレイに直接描き込めるペンなどがそれなりに安価で存在している。
ようは、使えない事はないが古いタイプって事だな。そう表現するとシンパシー感じるぜ。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけさ」
液タブをデバイスとペアリングして、お絵描きアプリを立ち上げる。
昔使っていた物は全てアンインストールしてしまったから、デバイスに標準搭載されているフリーのアプリだ。
線の粗さはともかく、レイヤーすら存在しないのには笑ってしまったが、どこかへ出す訳でもない。一発描きで描いてしまおう。
「錆び付いてんなぁ。まぁ当然だが……」
目を瞑れば思い出す、脳裏に刻まれた記憶を写し取る様に画面へ描き起こしてゆく。
ただ見たままを描き出すだけならば写真と変わらない。むしろ時間と手間が掛かるだけ損だ。
だが、絵とはそう言う物じゃない。必ず描き手というフィルターを通して出力されるそれらは、例え同じ風景を描いたとしても描く人によって全く違う顔を見せる。いや、例え同じ人が描いたとしてもその時の心理状態一つで絵は変わるんだ。
だからこそ、俺は、
「今日の『思い』を残しておきたかったのかもな」
なんて、詩的な事を言ってはみたが、人が本当は腹の底で何を考えているのかなんて誰にも分からない。例えそれが自分自身だとしても。
大事なのは、俺が今、絵を描きたいと思っていること。少なくともコレは嘘ではないから。
さぁ、眠って記憶が整理される前に、生のデータを出力しておこう。
見るも無惨なクソッタレな絵としてさ。
◆◆◆
「……ソーマ?何してるの?」
「うぉっ!?」
あーでもないこーでもないと絵を描いていると、突然ナミに声を掛けられ、垂直に飛び上がるほど驚いてしまった。
しまった。絵を描くのに夢中になってナミの事が頭から消えていた。無意識に鼻歌なんか歌っちゃってたかもしれん。ミスったな。
「お、おぉ、すまん。起こしたか」
「んんぅ?もう起きる時間過ぎてるよ?」
「え?」
閉めっぱなしの遮光カーテンをチラリと捲ると、真っ暗な室内に朝日が差し込んできた。マジやんけ。あ、自覚した瞬間めちゃくちゃ眠くなってきたわ。そりゃそう。
「ソーマは何してたの?わ!これナミ!?スゴイ!キレー!」
「あ、おい、ちょっと」
起き上がったナミは俺の手元を覗き込んだかと思うと、目にも止まらぬ速さで液タブをかっぱらっていった。
まだ描きかけだったんだが……いや、集中の糸が切れた以上今から続きを描く気にはならんが。
「スゴイスゴイ!ナミ、こんなにキレーな絵初めて!ソーマが描いたの!?」
「あぁ……まぁ、な。昔取った杵柄ってやつだよ」
絵の腕は衰えていたからこの表現は正しくないか?まぁいいか。どうでも。
「ねぇソーマ!もっと描いて!ナミ、ソーマの絵もっと見たい!あのねあのね、ナミはーーー」
「絶対に嫌だ」
ナミの言葉を遮るように、強い否定の言葉を発する。
自分の絵を描くのにも抵抗があったが、誰かの望みで絵を描く事はその比ではない。俺はもう、誰かに見せる為の絵は描かない。
「えぇー!なんでなんで!ヤダヤダヤダ!みーたーいー!かーいーてー!」
布団へ倒れ込み、ブレイクダンスもかくやと駄々をナミだが、こればかりは譲る気が無い。
「なんで、ね。ナミ、折角デバイスを買ったんだ。自分で調べてみろ。俺の名前は創真。天地 創真だ」
ナミを転がして布団から下ろし、代わりに布団の中へ潜り込む。そろそろ眠気も限界だ。昼夜逆転の睡眠時間になっちまうが、1日ぐらいなら問題ないだろう。
天地 創真。その名は、10年と少し前であれば多くの若者が知る名前だったはずだ。
少なくともSNSにそれなりに触れている人ならば、必ず一度は俺の見た事がある。それぐらいには売れっ子のイラストレーターだったんだ。
漫画は面倒でやってなかったが、ラノベや美少女ゲームのイラストを担当して大ヒットしたり、気が向いた時に描いた風景画がそこそこ大きなコンクールで優勝してニュースになったりはしてた。
昨日の豪遊の資金はその売れっ子時代の遺産から出した訳だな。
絵画コンクールに出展した関係から、本名も年齢もオープンにしてたからな。現役学生イラストレーターってのも、ネットでウケが良かったんだろう。
ともかく何を描いても褒めそやされて万事上手くいく黄金時代だった。
そんな黄金時代は20歳の誕生日に終わった。
高校を卒業したから付加価値が下がったせいでも、俺の画力が落ちた訳でもない。
単にイラストレーターに取って代わる存在が現れたからだ。
過去の俺はミスを犯していた。あれは高校一年生ぐらいの時、調子に乗ったガキだった俺の元へ、スーツ姿の大人達が商談へやってきた。
出版社やゲーム会社とWeb会議ならした事あるが、初手から俺が住んでたド田舎まで足を運んできたのはアイツらが最初で最後だったな。
「君の描く絵は心が宿っている。今作っている新型AIの学習に君の絵を使わせてくれ」
高天原社と名乗った連中の言う事を要約するとそんな感じだった。
その当時、世間では生成AIによるイラストの無断学習が問題になっており、俺のイラストを学習したAIイラストも大量に存在していた。
だが、AIが描いた絵ってのは、俺から見るとどれも描き方がぐちゃぐちゃで気持ちが悪いものばかりだった。まるで、怪物が人間のガワに肉塊を詰めて模倣しているような、そんな気持ち悪さって言えばいいか?詰まるところ……
舐めてたんだ。生成AIってものを。
過信していたんだ。世間の評価ってものを。
誤解してたんだ。俺は自分の描きたい物が描ければ満足な人間だと。
だから俺は、高天原社が出した契約書にサインをした。
あぁ、もちろん両親にも相談し、詐欺じゃないか、契約内容に不都合は無いかチェックしてからの話だ。
契約内容は俺に有利な物であり、当然詐欺でもなかったため、高天原社は今でも四半期ごとに莫大なロイヤリティを俺の口座へ放り込み続けている。もっとも、その口座の数字を見ているのは確定申告をぶん投げられた税理士ぐらいだけどな。
閑話休題
高天原社との契約から約5年。契約そのものを忘却していた俺の元へ1つのニュースが届く。
それこそが、高天原社による万能生成AI『イザナギ』の発表だ。
当時社会に必須となっていたAI事業において、初の国内産大型サーバーを政府が後押ししたこともあり、鳴り物入りで登場。
『国1つを創造できる万能生成AI』の売り文句に恥じぬ高スペックにて、国内のAI市場をあっという間に席巻。海外へと飛び出せば、そちらも瞬く間に食い荒らしていき、わずか3年で全世界AI事業トップシェアとなった怪物だ。
イザナギは昨今のAIによる著作権侵害問題への対策として、ユーザーが取り込んだイラストや小説の学習へ大幅な制限を設けていた。
その代わりに、高天原社が契約したクリエイター達の創作物を学習元として利用した。
高天原社が契約したクリエイター……すなわち俺だ。
当然だが、高天原社が契約したイラストレーターは俺だけではない。AIの学習には何千何万もの絵が食われたはずだ。
なのに、イザナギの描く絵は特に指定をしなければ俺の描く絵によく似ていた。似すぎていた。
もちろん一流の者が見ればその違いは一目瞭然だ。描いたのが俺じゃない事も、そもそもAIが描いた物だと言う事も分かるだろう。
たが……当たり前の話だが、世の中の大半の人は一流の絵描きではない。そして俺の絵を評価してくれていた人達もまた、一流はひと握りだけだった。
そこからはあっという間だった。本当に、あっ、という間に俺の居場所はイザナギに奪われた。
俺が一枚絵を描く間に、イザナギは何万もの絵を出力する。
絵を知らない奴らには俺とイザナギの絵の区別がつかず、なんなら俺に対してAIの絵を自作発言するなと見当違いの非難する者まで現れる始末。
クリエイターの時代は終わった。授業で習った産業革命と同じ。低コストで大量生産出来る機械の出現により、手作りの職人は職を、意義を失う。
俺は、俺達は、イザナギの出現によってクリエイターとして死んだんだ。
◆◆◆
「んがっ……んん、寝てたか……」
なんだか嫌な夢を見た気がする。
俺を認めてくれていた人達が全員イザナギを褒めたたえだし、俺の周りからは誰も居なくなる夢。
なんだ、ただの現実か。
「何時だ……うわ、もう昼過ぎじゃねぇか。すまんナミ、一緒に昼飯作るって……ナミ?」
「……」
振り返った俺が見たものは、床にペタンと座り込んだナミが、瞳孔のかっぴらいた目で虚空を凝視している姿だった。
目や手が動いている事から電源が落ちている訳では無く、デバイスで表示した仮想ディスプレイを見ているんだろうが、真剣すぎて怖いぞ。何も無い所を見つめる猫みたいだ。
「ナミ?おーい、ナミさーん。昼飯作るぞー」
「っ!ソーマ!!!!」
「うぉ、声でか」
声を掛けても反応が無かったのでナミの肩を軽く叩くと、バカデカボイスを発したナミがぎゅるんとこちらへ振り返り、ギュン!と目の焦点が俺に合う。
怖っ、ロボットっぽい動きをしたらしたで怖いのなんなの。
「ソーマソーマソーマ!ソーマの描いた絵凄い!見て!ほら!すごいよ!」
「あーうん。俺が描いたからな。見せんでも分かるわ」
ナミのデバイスから画面共有のリクエストが飛んできたので一応受けたが、ナミは視界いっぱいにタブを開き、俺が過去に描いた絵を表示していた。
怖っ。ストーカーの部屋みたいになってる。
「ねぇソーマ!やっぱりナミ、ソーマに絵を描いて欲しい。ナミの絵を描いて!ナミ、ソーマに描いて欲しいの!」
「それは絶対に嫌だと言ったはずだ。俺はもう、誰かに見せる為の絵は描かない。この話はこれで終わりだ。さ、飯の準備をしよう」
――― もしも、の話だ。
もし、この場に居たのが普通の人間だったなら、俺の頑なな態度に、過去に何かがあったことを察して退いただろう。
もし、この場に居たのが普通のアンドロイドだったなら、主人の命令に従い退いただろう。
「――― 分かった!!なら、ナミ。ソーマにナミの事描きたいって思わせる!!」
「……はぁ?」
だが、この場に居たのはブレーキが搭載されていない暴走列車の様なアンドロイドだった。
「ナミはソーマにナミを描いて欲しい!でも、ソーマは絵を描きたくない。なら、ソーマにナミを描きたくさせれば解決!でしょ?」
「いや、それは……まぁ、そうかも?」
実際昨日の夜から朝に掛けて描いてた訳だしな。誰かに見せる為の絵じゃなくて、俺が描きたい絵ならば描く事は実証されている訳で。
「う〜〜~よっしゃぁ!『ソーマにナミを描かせたくする大作戦』の発動をここに宣言する!!」
「うるさ、てか作戦名ダッサ」
「ソーマも、何時でもナミの事描いていいからね!」
「はいはい。もし、描きたくなったらな」
「うん!約束!ららら〜♪作戦立てないと〜♪」
謎の鼻歌を歌いながらクルクル回って踊るナミに気が付かれないようにそっと息を吐く。
なんだかよく分からない展開になってしまったが、主体が俺にあるならまぁ、いいか。これを機に家事全般にやる気を出すかもしれないしな。
「ナミ、とりあえず飯を作るぞ。そう言えば、女の子が料理する姿は絵になるって聞いた事があるような……」
「!!ナミがやる!ソーマはナミを見てて!」
「はいはい」
うむ。扱いやすくて結構な事だ。




