6話 アンドロイドは夢を見るか
「つ、疲れた……」
ショッピングモール内にあるフードコートにて、俺は燃え尽きたボクサーの様に椅子に座って項垂れていた。
ある程度大変な事になりそうだと予想はしていたが。ある程度を大きく超えた諸々のイベントが走馬灯の様に脳内を駆け巡っていく。
最初に訪れたデバイスショップはマシだった。
適当な安いエントリーモデルのデバイスを買って、子供用の制限(閲覧制限と支払いの許可制)を付けるだけだったからな。
デバイスの形状決定にはそこそこ悩んでいたが、結局は俺と同じく耳に掛けるイヤーカフ型になった。
良いよなイヤーカフ型。コンタクト型は目に入れるの抵抗あるし、ヘアピン型は無くしそうだもんな。まぁ、お揃いが良かっただけの説はかなりあるが。
問題は次に行った服屋だ。
自分の服すら安い量販店で適当に買っているのに、女性服なんて分かるわけが無いので目に付いた店に入って店員にお任せしたんだが、この店員がその、なんというか大変仕事熱心な人で、服の提案だけでは留まらず、近くにあった靴屋、鞄屋、装飾屋、化粧屋、美容院その他なんと呼ぶのかも知らんオシャレの店の店員を招集し、ナミのトータルコーディネートを初めてしまった。
いや、気持ちは分からんでもないぞ?ナミはアニメから出てきたような美少女型アンドロイドで、APPで言えば18(6版)か90(7版)はあるもんな。その道のプロなら着飾りたくなるのも分かる。ナミ自身も非常に乗り気で着せ替え人形になってたしな。
ただその……時間と、金が!掛かる!最初に予算を言わなかった俺が悪かったんだが、まさか服一式がデバイスの価格を超えるとは思わなかったぜ……。これが基本料金無料の罠か。いや、買ったけどね。昔の貯金を残したままでよかったぜ。
買った服達の大半は郵送を依頼したが、麦わら帽子だけは持ち帰ることになった。定員曰く、この日差しで帽子無しはあり得ないらしい。アンドロイドは日焼けとかしないと思うが、まぁ荷物にもならんしいいか。
今のナミの恰好は麦わら帽子、白のワンピース、ブカブカのサンダル(俺の)と完全夏スタイルになってるわけだな。
「ソーマ!買ってきた!クレープ!」
「お~……センキュー……」
店員一同とナミの熱気に当てられて参った俺は、休める場所を求めてフードコートへ辿り着き、ナミに疲労回復用の糖分の買い出しを頼んでいた。
「ありが……待て、なんだその花束みたいな塊は!?」
「クレープ!トッピング25種類全部盛り!ソーマ疲れてたからいっぱい食べて充電して!」
ナミが持ってきたのは、2kgでは済まなそうなバカでかクレープだった。
しまった……買う物と予算の指定をしなかった俺のミスだなこりゃ。って、このミス今日二回目だぞ。学習しない奴め。
「ん!ソーマ、食べて!はい!」
「あー。ありがとうな、ナミ」
「うん!」
「でもな、どう考えても食い切れないから。半分も食ったら胸焼けするぞ」
「?充電用のバッテリーは大きい方がいいよね?」
そうかな?そうかも知れんが、残念ながら俺はアンドロイドじゃないし。クレープはバッテリーほど長持ちしない。
「買っちまったもんは仕方ないから、ナミも半分食ってくれ。いや、半分と言わず7割ぐらい食ってくれ」
「え、ナミも食べていいの!?食べたい食べたい食べたーい!!」
この前ちょっと調べたら、アンドロイドも物を食べる事はできるらしい。
ただ、アンドロイドが食べた物は圧縮されてカードリッジにして排出されるだけでエネルギーになったりはしない。様は完全に無駄な訳で、今までナミが何かを食べたことは無かったはずだ。
「あーん!あーーーーーん!!」
「どこで覚えてくるんだ本当に……ほら、あーん」
「あー……んっ!んんぅー!!甘い!おいしい!すごい!おいしいよソーマ!!」
顎が外れるんじゃないと思うほど大口を開けるナミの口の中へクレープの端をつっこむと、砂山を削るショベルカーの様にナミの口が閉じ、口いっぱいにクレープを頬張ったナミの瞳がキラキッラに輝きだす。物理的に。
「こっち見んな、眩しいだろ。ほら、気に入ったならもっと食え」
「あ、んー。でも、これはソーマの充電用のクレープだから、ソーマも食べて!あ、ナミがあーんしてあげる!貸して!」
俺が持つクレープへとナミの手が伸びてきたので、サッと避けてナミが口を付けた場所の反対側からクレープをバクバクと口へ放り込む。
「あー!!ナミが食べさせたかったのにー!!」
「むぐむぐ、ゴクン。ご馳走様。残りはナミが食べてくれ」
「えー。ぶーぶー。一緒に食べたかったー!」
フードコートで出来るかそんなこと。どこのバカップルだよって話。
……いや、家だったら良いのかって訳でもないが。場所の問題じゃないだろ。落ち着け俺。
「それ食べ終わったらスーパー行くからな。食事が気に入ったんなら、ナミの分も買っていいぞ」
「ホント!?わーい!すぐ食べちゃうから!むぐむぐむぐー!」
わぉ、推定2キロオーバーのクレープがナミの口に吸い込まれていく。フードファイターみたいな食い方だな。あれで味が分かんのか?
「むぐむぐ、むぐん!ご馳走様でした!行こうソーマ!」
「はいはい。そんなに沢山は買わないからな。折角デバイス買ったんだ、作りたい物決めてから必要なものだけ買うぞ」
「わかった!」
返事はいいんだよな。まったく。
そして俺達は2人分の食材と大量のお菓子を手にショッピングモールを後にした。
◆◆◆
「うーみーだぁー!」
「冷蔵庫に入れなきゃならん物もあるから、すぐ帰るからな……おーい聞いてるかー?」
「聞いてるよー!ソーマも一緒にあそぼー!」
遊ばないってば。
ショッピングモールを出た後はまっすぐ家へ帰るつもりだったんだが、ショッピングモールの窓から見えた海へどうしても行きたいと駄々をこねるナミに負けて、少しだけ寄り道をすることにした。
砂浜に降りれる場所はあったが、海水浴場では無いから海には入るなと言ってあるがちゃんと理解してんのかね。
「ソーマー!水が動いてる!ナミを追ってくるよ!」
「波な。サンダルだからマシとは言え濡れたら面倒だから気を付けろよ」
「波!ナミと同じ名前!あははー!おもしろーい!」
ナミは、寄せては退く波に合わせて、ギリギリを攻めるように砂浜を右往左往している。子供か。今更だが。
「ギャー!やられた!ソーマ!足濡れたー!あははー!」
「あーあー。言わんこっちゃない。家に入る前に足洗えよ。サンダルもな」
一回波に捕まって足が濡れたナミは開き直っったのか、浅瀬で波を蹴って遊んでる。あーあー。あれはワンピースも洗濯コースだな。一着ぐらい着替えも持ち帰るべきだったか。
「ねーねー。ソーマ!ナミ、決めた!」
「何をだ?次の飯のメニューか?」
「ちがーう!夢!ナミね、やりたいことが出来たの!」
「……」
夢?アンドロイドが夢を語るってのか?
「ナミね、今日ソーマとお出かけして、すっっっっごい楽しかった!すっごいすっごい楽しかった!ショッピングセンターまで2人で歩くのも、たっくさんのお洋服を見るのも、一緒にクレープ食べるのも、こうして海に来たのも全部、ぜぇーんぶ!」
「でもねでもね、デバイスに聞いたら、楽しい事ってもっともぉぉぉっとあるんでしょ!?人間は、い~~っぱい楽しい物を作れるんでしょ!?」
「だからね、全部!ナミ、全部欲しい!楽しい事、嬉しい事、ぜーんぶ知りたい!楽しみたい!」
「……それは、なんとも、欲張りなアンドロイドだな」
「うん!それでね、ナミ、ソーマと一緒の方がいい!ソーマと一緒の方が絶対楽しいもん!だからソーマも、一緒に遊ぼう!この世界、全部を!」
「……ハハッ」
ナミの言うことはめちゃくちゃだ。
世界中全部の楽しい事なんて、どれだけあると思っているんだ。
ナミが高天原社へ帰るまで、もう2か月も無いんだぞ。
一緒がいいと言うが、費用は全部俺が払うんだろう。
ナミの夢を否定する現実的な言葉はいくらでも湧いてくる。
それでも、俺の口から出た言葉は別の言葉だった。
「……いいんじゃねーか。手が空いてる時なら、俺も付き合ってやるよ。ただし、家事はしっかりやってもらうからな!」
アンドロイドは夢を見るか。そんな事、俺には分からない。ナミの今の言葉も、高天原社が作ったプログラム通りの言葉なのかも知れない。かも、と言うか。現実的に考えればそうだろう。
……だがまぁ、悪くないんじゃないか。と思う俺もいる。俺はアンチアンドロイド派の人間だったはずなんだがな、この感情は、果たしてどこから出てきたやら。
「~~~っ!ほんと!?やったぁぁぁ!!」
喜色満面となったナミが、水面で踊るようにクルリと回る。
跳ね上げられた雫が、暮れていく夕日を反射してキラキラと輝く。
「ありがとうソーマ!だいすき!」
その時のナミの笑顔があんまりにもキラキラしていたものだから、久しぶりに絵を描きたくなってしまった。




