52 連なる想い
『建国祭』も終わり、学園の華やかな空気は一変して学業へ集中していった。
学園は社交シーズンと同じ、春から冬の始まりまでの期間だ。
冬は領地に帰り、領地で過ごす。
これから夏の盛りの夏季休暇までは男女共に基礎学習とマナーを学ぶ。
男子は秋に再び多くなるであろう害獣駆除の為の実技と座学。
女子は刺繍と家政学を学ぶ。
夏季休暇の後は、秋の『部門別発表会』に向けての時間に充てられる。
秋の『部門別発表会』は、主に二学年の生徒が部門内の活動を発表する。
一学年はサポート要員として加わる。
そして『部門別発表会』後は、その年度の締めとして成果を見る試験が行われる。
クリスは夏の休暇までの間、セーレナから課題を出されている。
・授業は休まず必ず受講する。遅刻は厳禁。
・生徒会活動も同様。活動中、淑女らしからぬ行動の有無をセーレナが確認する。
・休日はミニュスクール公爵邸でセーレナの家庭教師から淑女教育を受ける。
・セーレナへの報酬として、二週ごとに何かひとつガラス細工の作品を提出する。
「セーレナ様は休日、王太子妃教育でお忙しいのではないのですか?」
婚礼を来年に控えたセーレナの時間を奪わないかと、クリスは心苦しく思った。
セーレナは鷹揚に微笑み返す。
「もう殆ど終わっているの。王妃陛下にもお話してあるから問題ないわ」
──という事は。
「私の事をご存知なのですか!?」
「わたくしよ。ええ。国王陛下もご存知よ。お二人とも貴女の頑張りに期待していらっしゃるわ。特に国王陛下は、アルドー様ご自身が相愛のお相手を見つけられた事に大変お喜びですわ」
何と言うプレッシャー。
アルドーと一緒に歩みたいのは勿論だが、夢を叶えるためには何としても両陛下に認めていただくしか道が無い。
それに王妃のもとに居る母と対面するには乗り越えなければならない壁がある。
クリスは拳を握りしめ気合を入れた。
すかさずセーレナから「お行儀が悪くてよ」と叱咤された。
「課題の他に相談したい事がありますの」
ミニュスクール公爵邸でのその日の淑女教育を終えたクリスに、セーレナから声がかかる。
セーレナの私室のテーブルに茶器が揃えられ、クリスの前にも疲労回復のハーブティーが供された。
「注文していた婚礼衣装用の『虹の蜘蛛』の原反が揃ったと、『芸術』から知らせがまいりましたの。実は『聖女コンテスト』の一件でクチュリエールの変更がありましてね⋯⋯」
聞けば初めに決まっていたクチュリエールは、『芸術』コルデラ侯爵との契約で主家に近い人物。
しかし、その人物の娘はコルデラ侯爵令嬢イブリンの取り巻きの一人だった。
イブリンが以前生徒会室に乗り込んで来た時に一緒にいたのだ。
コンテスト当日にドレスを汚したのは侯爵夫人の姪。
その娘自身は手を貸してはいなかったが、親のクチュリエールは事態を重く見て婚礼衣装の製作を辞退して誠意を見せた。
新たに選び直される事になった。
セーレナはコンテストでクリスのドレスを担当したクチュリエールを指名した。
名をオルタンス・デュランという。
「マダム・オルタンスと打ち合わせていくのですけれど、まだ正式な契約が出来ておりませんの。貴女にも立ち会っていただくわ。わたくしの両親にも許可は取ってあります。⋯⋯同席する事も多いと思いますけれど、今後の勉強と思ってくださいな」
怒濤の如く迫り来るセーレナ専属への道の険しさに圧倒されるクリス。
服飾の世界は未知の世界だ。
多少の気後れはあるが、それでも知らない世界の扉を開くのはとても興味深い。
「私、いえ、わたくし精一杯努めさせていただきます」
「期待しておりますわ。ところで、次のガラス細工の課題は何になさるの?」
初回は三種類の大きさの違うグラスビーズを、それぞれ違ったデザインで製作した。
セーレナの花が綻ぶような笑顔が美しくて、次はもっと素敵な物を作りたいと思った。
「次はブレスレットを⋯⋯と思っていますが、同時にやってみたい事があります。とんぼ玉を作ってみようかと思ってます。ただ、初めてなので完成品をいつお渡しできるか解りません」
とんぼ玉は足踏みのフイゴを使って、アルコールランプの火を強めて作る。
父ノアが学園時代にはまっていたとかで、王都の一角に小さな工房がある。
「危険ではありませんの?」
「全く危険がない訳ではありませんが、職人と父にアドバイスを受けるつもりです」
「楽しみだわ」
セーレナは気遣いながらも、興味深げに微笑んだ。
クローステール男爵のタウンハウスは中心地から商業地区にやや近い場所に建っている。
ミニュスクール公爵のタウンハウスとは違って、間口の狭い、地階を含むと四階建ての住居だ。
短冊状の敷地が、何棟も横に連なった内の一棟だ。
クリスは帰宅すると、休日で在宅しているはずのノアを探す。
居間で寛ぐノアを見つけ走り出そうとしたが、セーレナの顔が目に浮かび慌てて歩調を緩めた。
「お父様、ただいま戻りました」
できる限り淑女然と畏まり、ノアに声を掛ける。
ノアは途中で気付いていたが、口の端が緩むのをぐっと堪えて待っていた。
「おかえり、クリス。今日の淑女教育はどうだった?」
ノアにはアルドーと共に全てを話し、交際の許可を求めた。
初めは戸惑い「身分をわきまえろ」と、クリスを諌めた。
アルドーの強い願いにノアは承諾せざるを得なかった。
クリスはセーレナの婚礼衣装の製作に立ち会う事と、とんぼ玉製作の助力を願い出た。
「とんぼ玉は、キアラ無しでは語れないんだ。憶えているかい? 彼女の眼鏡のグラスホルダーを」
クリスは母の姿を思い出す。
胸の上で光る眼鏡と、首に巻かれたネックレスの様なグラスホルダー。
眼鏡を使用しない時に、真ん中のリングに眼鏡のテンプルを引っ掛けておくものだ。
何種類かの大きさのビーズを連ねて作られていた。
「透明感のあるビーズで作られていたような⋯⋯?」
「そうなんだ。最初に彼女に作ったのは学園で一学年の時だったかな。彼女は目が少し悪くなって来て、眼鏡をかけ始めたんだ。ずっとしていると耳が痛いと言うので、工房のビーズを組んで作ってみたんだ。でも派手すぎるって言われてね。それで売っている物でなく、自分でとんぼ玉を作り始めたんだよ」
ははは、とノアは照れ笑いした。
「はまっていたというのは、そういう理由だったのですね。お父様素敵!」
「卒業まで、いいと言ってもらえなかったがね。いい修業になったよ」
懐かしむような、愛おしむような、そんな瞳でノアは遠くを見つめた。
クリスは言いようのない胸の痛みを感じた。




