50 フリアの想い
『医療』のバストン侯爵嫡女、フリア・ロペスは、ぼんやりとその様子を眺めていた。
睦まじく寄り添うアルドーとクリス。
二人を支えようと決意する三人。
フリアはクリスをとても眩しい存在だと思っていた。
引っ込み思案で『医療』の知識ばかり詰め込んでいる自分とは違って、明るく成績も優秀で、しかも手先が器用なクリス。
王子と男爵令嬢が結ばれるのは少女の夢物語のようで、とても輝いて見えた。
自分も全力であの三人と同じ様に協力したい。
だが、『医療』の足枷がフリアにはある。
フリアは知っていた。
『内務』の先代公爵ジュゼッペ・ガルシアが謀叛を企てている事を。
父や『医療』の一族が王家に不満を持っている事も。
だからなるべく不干渉に徹していた。
クリスに思いを寄せているアルドーの事も『医療』の誰にも話していない。
話せば今の素敵な空気が壊れてしまいそうな気がして。
『私も』と言えたらいいのに、と胸が痛んだ。
「ロペス嬢」
目の前に夜空と同じ色が広がった。
不思議に思い顔を上げると、アルドーの友人のフラッハ・フェンが立っていた。
「我慢してる?」
声を潜めてフリアに囁く。
──え? フラッハを見返す。見透かされている、そんな気がした。
「フェン様?」
「フラッハでいいよ。ペールと紛らわしいだろう? 『医療』の君はどこまで知ってる?」
ニコニコ笑っているのに何故かどんどん凍らされていくような、そんな微笑。
「他の役員たちがわざわざ資料室に入って話し合ってるのに、君は何も聞いてこないよね。誰にも」
「っあっ、あのっ。私はっ」
「大きな声で話してはだめだよ。⋯⋯大丈夫。『医療』が今の扱いに納得していない事は、国王陛下も知ってる。君自身はどうなの?」
確かに今の扱いは『医療』にとって弊害でしかない。
対症療法ばかりで、根治治療の研究や、新薬の開発は制限されている。
『科学』と共同で開発したくても、建国以来の科学を捨てるという理念に反する為に何も出来ない。
『科学』は『内務』についたらしい。
何故かはフリアは知らない。
「不満を持ってはいるが、それだけだ」と父のバストン侯爵は言う。
「もっと良い治療をしたいです。それには『科学』との連携は必要だと。でも、『内務』に付くのは父も反対です。それに何より、あのお二人の幸せを壊したくないのです」
「へえ。良い事を聞けた。『医療』に謀叛の意思はないんだ。さて、『科学』だけどね、『内務』に弱みを握られてる」
「えっ!」
フリアは驚愕した。
「びっくりした? どう? 私たちに協力しない? 大人たちの思惑なんてぶっ潰したくない? アルドー様はね、ずっと大昔に決められた事を、今でもズルズル続けているのが不満なんだよ」
──なんて大それた事を。
そう思う反面、とても魅惑的に思えた。
「ああ、王太子に取って代ろうなんて思ってないよ。サピエンティア公爵になって支えるつもりでいるからさ。アンバーブロウ嬢に惹かれるのも無理ないよ。爵位が低くても毅然として頑張ってるんだから」
──そうか。みんな、ただ可愛いと思って側に置いたんじゃなかったんだ。
やっぱりクリス様のすべてが気に入っていたんだ。
そう思ったら、何だか心が軽くなった。
「私で出来る事なら何でもします」
「ははっ、まーた同じ事言ってる」
後ろからエミリオの声がした。
振り返ると以前とは違う、柔らかく明るい表情。
「女の子は苦手じゃなかったんですか?」
フリアは笑う。
「言うようになったなあ」
エミリオはバツが悪そうに頭を掻いた。
クリスの唇に触れた瞬間、アルドーは自分のしでかした事に慌てた。
──公衆の面前ではないか!
恐る恐る顔を離すと、触れただけのくちづけに驚いて、顔を真っ赤にしたクリスと目が合った。
「⋯⋯つ、つい、嬉しくて」
言い訳すると、クリスは「ふふっ」と笑った。
ふわりと空に舞う天燈を、二人はずっと何も語らず見つめる。
しばらくして天燈は燃え尽き、暗闇に消えた。
クリスは生徒会役員の姿を探して、頬を染めた。
「みんなこっちを見てますよ。⋯⋯見られちゃいましたね」
「あぁ、恥ずかしいな。でも、何だか、みながいい雰囲気だ。エミリオが笑ってる」
クリスがアルドーの手を引いた。
「行きましょう、アルドー様」




