03 固く誓う未来の王妃
「アルドー様。何とも鬱陶しいご様子ですこと」
セーレナ・ラティオ 『財務』ミニュスクール公爵令嬢。十七歳。
卒業後はアルドーの兄、クレプスクルム王太子に嫁ぐ。
しっとりした栗色の髪をハーフアップでまとめ、控えめなリボンが揺れる。
弧を描く眉の下には、少しつり気味の青から緑へ移りゆく瞳が輝く。
生徒会室のドアを開けるなり彼女の目に入って来たものに呆れ返った。
窓にもたれかかり、ぼんやりと外を見るアルドー第二王子だ。
──平和な学園とはいえ、王族が窓際で放心するなど。
軽く苛立ちを覚える。
アルドーとは同じ学年で成績優秀、二人は首席を争う仲だ。
生徒会長がアルドー、セーレナは生徒会副会長である。
「ああ、セーレナ。祝辞がうまく書けなくてね。王族だからと生徒会長に任命されているけど、正直苦痛だね」
兄のような牽引力があるわけでもなく、人前で言葉巧みに話せる自信もない。
そんな自分が生徒会長だとは、何という拷問かとアルドーは嘆いてみせた。。
「仕方ありませんわ。それでも二年間逃げて、図書館の千年分の本を読み漁っていたではありませんか。将来の事も放り投げて」
すでに王太子となった兄を将来支えるべく知識を蓄えるから見逃せ、とアルドーは教師たちを煙に巻いていたのだ。
「成年の王族として独り立ちする時のために地盤作りをしなければいけませんのに。将来自分の側近にふさわしい人物を探しておかねばならないのですよ?」
開いた扇の上から覗くセーレナの瞳が冷たく光る。
「それは、すまなかった。⋯⋯実はね、ちょっと気になることがあって、集中力に欠けている自覚はあるんだ」
「あら、いつもなら簡単にお出来になるアルドー様がどうされましたの?」
セーレナが興味を持って話を促すので、気をよくしたアルドー。
先日の『芸術』でのガーデンパーティの一幕を話す。
「美しい細工のネクタイピンと、それを手にした少女。気になって仕方ないんだ」
苦笑交じりに語った。
セーレナは扇で顔を隠し、くふっ、と堪え切れずに笑う。
「本にしか興味のないアルドー様が! クラーワ様からお聞きしましたわ。婚約者探しだったのですって?」
「両陛下からは『出来る限り自分で探せ』と、言われているからね。でもそれとは関係なしに、とても気になるんだ。綺麗な紫色の瞳で、小さくて可愛らしかった。なのに気が強そうで。多分セーレナも気に入ると思うよ」
セーレナは小首を傾げる。
女性に興味のないアルドーがここまで言うのならば余程の事かと、名を訊ねる。
「クリス・アンバーブロウ クローステール男爵令嬢。実は教師が書記にどうかと答案を見せてくれたんだ。入学試験で三位でね。理論の正確さと、何より筆記の美しさが際立っていた。余計に気になってしまって」
クローステール男爵といえば、繊細で色鮮やかなガラス工芸の街の領主。
セーレナは瞬時に思い浮かべた。
将来王妃になる為に蓄えた知識だ。
「本当に明日が楽しみですわ」
アルドーがいつになく興奮しているのがセーレナの興味を引いた。
「実は先日のパーティで彼女にブローチの製作をお願いしてね。明日入学式が終わったら迎えに行くことになっているんだ」
「⋯⋯手が早いですわね。それでは祝辞など手に付かなくても仕方ありませんわね。草稿は出来ていらっしゃるの? ⋯⋯ありますのね。わたくしが清書致しますわ」
「一緒に入学してくるコルデラ侯爵家の双子、ジュールとイブリン・ギルランドには注意が必要かもしれない。どうにも彼女の存在が疎ましいようでね」
侯爵家で圧力をかければ男爵家など吹けば飛ぶような存在だ。
名産品であるガラス工芸を、侯爵家当主が潰す愚挙に出る事はないだろう。
だが、街を治める領主などいくらでもすげ替えられる。
双子達に振り回されなければ良いが、そうアルドーは危惧していた。
「⋯⋯⋯アルドー様もお気をつけて。嫌な感じが致しますわ。もしかするとですが、双子の兄君は令嬢の事がお好きなのでは?」
嫌がらせの裏に何かあるのでは? と、セーレナの直感が働いた。
「え?」
「好きな娘に冷たくしてしまう少年特有の⋯⋯」
アルドーの眉間に寄せていた皺がますます深くなり、「理解しがたいが、そうなのか?」と熟考するように首をひねった。
「それと妹君の方は、アルドー様を狙って来る可能性がございますからご注意なさって」
「はあ!?」
アルドーはひたすら首をひねりまくる。
セーレナはアルドーが本当は社交や駆け引きなどしたくない事を知っている。
本に埋もれて知識の波に揺られていたいのを抑えているのだ。
それが王族として、第一王子のスペアとしての有り様でない事は承知の上だ。
とはいえ、気の合う将来の義弟につい肩入れしてしまう。
──その恋、実らせて差し上げます!
セーレナはぐっと扇を握りしめた。




