02 本に埋もれたい少年
「アルドー、八つの部門の『春の顔見せ』に参加なさい」
王妃クラーワは言い渡した。
マグノリア王国の第二王子、アルドー・ルカ・マグノリア。十七歳。
クラーワ譲りの、濃紺の瞳にさらりとした胡桃色の髪。
「本に埋もれてばかりいては駄目です」
クラーワは苦言を呈するが、どこ吹く風。
アルドーは情報に接するのが何よりの幸せ。
他には何もいらない。
兄の第一王子クレプスクルムの補佐が出来ればそれでいい。
それだけを考えているような第二王子。
クラーワはそんな彼を憂いた。
学園卒業後には王族として公務に出る事となるが、今はその前の地盤作りである。
将来自分の側近にふさわしい人物を探しておかねばならない。
そして何より、アルドーが第二王子として肝に銘じるべきは『必ず生き延び血を繋ぐ』だ。
過去千年間で、王太子、第二王子までもが流行病で逝去した事例は何度もある。
クラーワはふがいないアルドーを送り出した。
『春の顔見せ』の場へと。
「婚約者候補を探し出せ」そう命じて。
『芸術』のガーデンパーティは最後の訪問先だった。
つまり、七つの部門では見つけられなかったのだ。
そもそもその気がないのだから。
ふわふわと揺れる薄紅色がかった金の髪。
見え隠れする大きな紫色のアーモンドアイの輝き。
コルデラ侯爵に歩み寄る少女にアルドーの目は引き寄せられた。
周りにいる『芸術』一門の人々の声など耳に入らない。
ひたすらに彼女の姿を目で追う。
「あれは、誰?」
ひとりでに零れる。
「クローステール男爵令嬢、クリス・アンバーブロウでございます。今年学園に入学致します」
側にいる誰かが言った。
初めて会うはずなのに、どこか懐かしい。
瞳に影が差すと違和感を覚えた。
降り注ぐ光を浴びて輝く髪がアルドーの心をざわつかせた。
打ち捨てられたガラス細工のネクタイピン。
それを愛おしそうにおし抱く姿に心が震えた。
居ても立っても居られなかった。
「アンバーブロウ嬢」
突然の声に驚いたのか肩を跳ね上げさせ、恐る恐る振り返るクリス。
少しずつ現れる紫の瞳にアルドーは息を呑んだ。
「⋯⋯第二王子殿下」
慌てた様子でカーテシーをするクリスにそっと告げる。
「アルドーでいいよ。楽にして。あまり仰々しいのは好きじゃないし」
「承知いたしました。アルドー殿下のいらっしゃる場でお目汚し失礼しました。」
「あれは君のせいじゃないだろう? そのガラス細工、遠目から見てもとても美しいね。コルデラ侯爵家『芸術』一門の作品はどれも素晴らしい。コルデラ侯爵領は『虹の蜘蛛』の糸で名を馳せているが、君のクローステール男爵領のガラス細工だって負けてなどいないよ」
「あっ、ありがとうございます! 職人たちが聞いたらどんなに喜ぶか知れません」
クリスが頬を染めながら喜んだ。
自領の職人を大事にしているのだということがアルドーに伝わる。
アルドーは彼女との接点がもっと欲しくなった。
──何か作ってもらうのはどうだろう?
「私的なお願いなんだけど、私にも何か作ってもらえるかな? そうだな、ブローチをお願いするよ。勿論職人に報酬はきちんと支払うよ」
「は、はい! 必ず! お気に召していただけるよう頑張ります!」
「ああ、六日後の学園の入学式の後に時間を貰えるかな? 迎えにゆくよ。ふふ、ではね」
これでまた彼女に会えると心が躍る。
目の隅でコルデラ侯爵がこちらを気にしている様子が映った。
待たせてはいけない、そう思いながらその場を後にした。
そんな二人の様子を先の双子がずっと見ている事も知らずに。
「何ですの、あれは」
「気に入らないね、イブリン。そういえば第二王子はまだ婚約者がいなかったね」
「王太子殿下にお子様がお生まれになれば、第二王子殿下は空位のサピエンティア公爵を叙爵されますわ。王太子殿下の婚約者は『財務』の令嬢。クラーワ王妃陛下は『農務』。亡き王太后陛下は『エネルギー』。十一の部門のうち、この三つ以外から選ばれますわ」
「そうだね」ジュールはイブリンに頷き返す。
イブリンはちらり、とアルドーの後ろ姿に視線を移す。
「わたくし、狙いますわよ。ねえ、お兄様はクリスが欲しいの?」
「あれは手に入れておくと役に立ちそうだからね」
「あら、そう? わたくし、応援いたしますわ」
双子の密やかな笑いが風に消えた。




