42 リカルドの告白 1
エミリオは帰宅するなり、学園での高揚した気分が一気に下降した。
居間からドンという音と共に、叔父リカルドの悲鳴が聞こえてきたからだ。
家令の方へ顔を向けると「大旦那様がお呼びです」と無表情に告げた。
「ただいま戻りました」
家令の手によって開かれた扉の向こうで、ジュゼッペがリカルドを杖で突き飛ばそうと腕を引いていた。
止める間もなくリカルドの腹に杖は当たり、蹲るように昏倒した。
「帰ったか。どうだ? 『お披露目』で面白いものが見られたじゃろう?」
エミリオに詳細は知らされていなかったが、裏で糸を引いていたのが祖父だという事がすぐに理解できた。
「『聖女コンテスト』の事ですか?」
「そうだ。コルデラ侯爵の女を唆してやったわ。これで王家は『内務』より『芸術』に目が行くだろうよ。で、お前はキアラの娘が泣くのを宥めてやったのか?」
ほんのひと月前に手出ししないと言っていたのはどこの誰か。
そもそもキアラが王家に色々と証言していると思わないのか?
エミリオはどうにも理屈が通らない気がしてならなかった。
どう答えたものかと思案していると、リカルドが弱々しく立ち上がりジュゼッペの胸ぐらを掴んだ。
「まだキアラを追い込むつもりなんですか!? もうやめて下さい。ああ、僕が彼女に見入ったばっかりに⋯⋯」
──どういう事だ? リカルドの意思で後妻にした訳じゃない?
「お祖父様、ミニュスクール公爵令嬢が二着用意していたので、計画は失敗に終わりました」
「なんて事だ! ああ、忌々しい。リカルド! 離せ! お前が女なら王妃になれたものを。お前もだ、エミリオ。どいつもこいつも男に生まれおって」
もう一度リカルドを杖ごと押しのけ、ジュゼッペは息も荒く酒をあおる。
理不尽な物言いにエミリオは辟易した。
エミリオはひたすらこの老人をどう宥めすかすか考えていた。
「大旦那様、お身体に障ります。お部屋に戻られた方が宜しいかと」
家令がリカルドをソファに座らせ、ジュゼッペに杖を渡す。
怒りを滲ませたが、酒が回っているのだろう、部屋へと去って行った。
「キアラの娘は無事?」
エミリオが声のした方を向くと、リカルドがソファの上で腹を擦っていた。
医者を呼ぶかと聞いてみるも、「昔ほど力も強くないんだよ」というが、額に脂汗を滲ませている状態ではそうもいかない。
どうしようかと扉を振り返ると、母サラの侍女が音もなく居間に入って来て小声で告げた。
「貴き方と繋がっています。リカルド様の保護を頼みました」
「⋯⋯殿下?」
侍女は頷き、人さし指を口元に寄せた。エミリオはアルドーの周到さに驚く。
それから家令に、エミリオの代わりに医療施設への馬車を呼んだ事を伝え、到着までリカルドの世話を申し出た。
「叔父上、医療施設にお連れします。お気を確かに。ああ、アンバーブロウ嬢は無事です。」
「良かった。アンナとキアラを間違えてから、全部が悪い方向に転がってどうしていいかわからない」
リカルドはソファの肘掛けに首を置いて仰向けになり、何処とも言えない空を見つめて言った。
「間違えた?」
「アンナに初めて会ったのは、婚約式の数日前の夜会だ」
そう切り出したリカルドだが、じわじわと腹の痛みがあるようで、ゆっくりと語り出した。




