37 胸元にフリル
国王との謁見から半月、『お披露目』に向けて、生徒会は慌ただしい日々を送った。
学園側に提出した見積りは承認され、各方面に正式に発注された。
生徒に公募された会場設営等のボランティアスタッフも揃った。
家令や侍従・侍女、文官を目指す者たちにとって卒業時の実績に加えられる為、応募人数も少なくなく容易に採用出来た。
招待状の返答が続々と届き、出席者名簿やプログラムなども作られた。
クリスは帰宅後にマグノリアの花のコサージュの制作に時間を割いた。
ロミと護衛のチェルニーが見守る中、一針一針織り込んでいった。
シート状に織った九枚の白い花被片と、中央に黄色の花托についた雄しべや雌しべを模した大きめのビーズを、糸と細いワイヤーで繋ぐ。
葉の形のシートで包み、白い『虹の蜘蛛』のリボンとチュールをあしらえば完成だ。
ロミとチェルニーを手招きする。
二人から意見を求める。
「彩り的には花びらを開いて、黄色を見せるといいかなとは思いますが」
ガラス工房の組合長の娘のロミからは建設的な意見。
チェルニーはただ首を捻るばかり。
「生徒会があまり目立つのは良い事じゃないわね」
クリスは少し考えこむ。
時間もある事だし大きく開いたものも作ろうと思い立った。
布をふわりと詰めた箱にそっと入れ、上からも軽く布を被せて蓋を閉めた。
持ちやすいように手提げ袋にしまうと通学の鞄の横に置いた。
「間に合って良かったわ。明日帰りにミニュスクール公爵邸にドレスの試着でお邪魔するの。楽しみだけれど、公爵邸で粗相をしないようにしないと」
「いつもの笑顔で乗り切れば大丈夫ですよ!」
「私がご一緒いたしますので、何も心配いりません」
クリスは苦笑する。
ロミもチェルニーもアドバイスとして適切なのかさっぱりわからない。
「着きましたわ」
ミニュスクール公爵家の馬車で着いた先は、クリスが首をひねる程の大きな邸だった。
クリスの常識を大幅に超える敷地の広さと建物の巨大さだ。
ワンブロックすべてが『財務』のタウンハウス。
中に通されると内側に広い中庭があった。
「庭だけで我が家が十個くらい入りそうです」
「ほほ、大袈裟ね。自分たち家族が暮らすのはほんの少しよ。ほとんどが使用人の職場ですわ」
家令の案内を受け客間へ進む。
すれ違う使用人たちは歩みを止め、そこで頭を下げて通り過ぎるのを待つ。
セーレナには当たり前の光景なのだろうが、クリスには慣れなくて落ち着かない。
「まずは合わせてしまいましょう。それから一息つきましょうね」
セーレナの合図でクチュリエールと付き人がドレスを持って現れた。
フワフワの純白のエンパイアスタイルのシュミーズ・ドレス。
胸が控えめなので、襟ぐりに華美になりすぎない程度にフリルがあしらわれている。
クチュリエールがクリスの身体に合わせて、まち針でとめていく。
一通り済んだところで持参したコサージュを胸元に付けた。
「埋もれてしまったわね? 手首に着けたほうがよろしいかしら?」
控えめな胸元を隠すように付けられたフリルと競合してしまった。
それでも愛おしそうにクリスを眺めては、微笑むセーレナ。
「可愛いわ。アルドー様に早く見せて差し上げたいわ」
そんなセーレナの言葉に、『必ず守る』というアルドーの言葉をクリスは思い出した。
──とても嬉しいけれど、あれは、不憫な娘に対する同情なのではないのかしら?
クリスは少し不安に思う。
着丈や胸下の切り替えの位置などを調整してフィッティングは終わった。
手首からコサージュを取り、クチュリエールがクリスに問う。
「そのコサージュは貴女が?」
何となく気恥ずかしくなってクリスは頬を染める。
「はい。ブジェフのガラス細工はご存知ですか? 私、クローステール男爵が長女、クリス・アンバーブロウと申します」
「ええ、もちろん。わたくしも『芸術』一門ですもの。知っておりますわ。こんな小さなグラスビーズは初めて拝見しましたわ。タイルを並べて絵を描くように、この小さなグラスビーズでもできますわね。素晴らしいわ」
公爵家に出入り出来る様なクチュリエールに認めてもらえて、ヤクブの苦労が報われたと感じた。
「まだ色数は少ないのですけれど、職人が開発中です。もしお気に召していただけたら、いつでもご用命下さい」
「あら。可愛らしいコーディネーターさんね」
と、言いながらチラリとセーレナを窺い、クリスの耳元に口を寄せる。
「ミニュスクール公爵令嬢を手放しては駄目よ。今のうちからしっかりとね」
一瞬ドキリとしたが、力強いアドバイスだ。
クリスはクチュリエールと笑い合い「頑張ります!」と、両手を握りしめた。
セーレナは不思議そうに見つめていたが、「お二人ともお茶はいかが?」そう言って微笑んだ。
「毎年『聖女コンテスト』で『芸術』の方はとても素晴らしいお衣装を纏っていらっしゃるけれど、貴女はわたくしからの依頼で宜しかったの?」
「コルデラ侯爵家に近い方々が携わりますので、わたくしにお話はまいりませんの」
いささか怒りが混じった調子でクチュリエールは答えた。
確かにクリスは聞いたことがあった。
主家に近い分家筋やお気に入りから選ばれる事が多いと。
「そうなんですの? それならわたくしは幸運ね。貴女のような素敵なデザインをされる方が協力してくださって。わたくしの可愛いクリス様に、ぴったりのドレスを作ってくださるんですもの」
「まあ、セーレナ様のお気に入りなんですの?」
「ええ、わたくしパトロンになりましたの!」
眩しすぎる笑顔をクリスとクチュリエールに向ける。
クチュリエールは少しためらいがちに口を開く。
「噂でしかないのですが⋯⋯。コルデラ侯爵夫人が男爵令嬢をよく思っていないと、同業者から流れて来ました。どうかコンテスト本番にお気を付けください」
「⋯⋯ありがとう。貴女の勇気に感謝するわ」
付き人たちが荷を纏めたのを合図に茶の席は終わりとなった。
セーレナはクチュリエールの側に歩み寄り、何か囁いた。
クチュリエールは頷き、その場を去って行った。
「クリス様。本番が楽しみね」
扇で口元を隠すセーレナの微笑から、いつもに増して寒気のするような空気が放たれた。




