34 商魂
イシャーン・ティワリは『商務』アルゲンテア侯爵の次男である。
『商務』一門はマグノリア王国内の物流の基盤を整え、各地の商会の揉め事を抑える役割を担う。
また、あらゆる商品価格を適正に調整する事を仕事としている。
『財務』と情報を共有し、財源となる税金の交渉等も行う。
イシャーンは将来、相応な貴族に婿入りするか、空位となっている侯爵家所有の男爵位を継ぐかという立場だ。
両親は如才なく立ち回る彼に、他部門へ婿に出ずに男爵位を継いで欲しいと考えていた。
イシャーン自身は、まだ十六歳なのだししばらくは好きに生きようと思っていた。
彼は過去の帳簿や会計記録を見ては、世の中の出来事に当てはめるのが何より好き。
パズル感覚で楽しむ。
ある日、『科学』と『大神殿』からの受注が目に留まった。
前後の世情からは読み取れない数字だ。
首を捻っていると『内務』も何だかおかしい。
下手につついて握りつぶされるのは勿体ない。
二学年に進級し、一学年の時と同様に生徒会役員に選出された。
今年度は生徒会長がアルドー第二王子だ。
相談するなら彼に言うのが適当だろうかと悩んでいた。
そんな時だ。
『内務』のエミリオとアルドーの間に『芸術』の新入生がいて、何だか揉めている。
ミニュスクール公爵令嬢まで入って阿鼻叫喚だ。
尋常でない事態だ。
アルゲンテア侯爵家子飼いの密偵に調べさせた。
想定以上の面倒事が起きているのがわかった。
ひとまず密偵に内密にするよう念を押し、手を引かせた。
これは一つ王家に貸しだ。
と、イシャーンの頭をチラリと掠めた。
「アルドー殿下、少しお話宜しいですか?」
「殿下、資料室で報告したい事があります」
『お披露目』準備中で慌ただしく動く役員の中、一人書類仕事に精を出すアルドーに声をかけた。
同時にエミリオもやって来た。
「なんだい? ⋯⋯まずはイシャーンからどうぞ」
一拍おいてアルドーは順番を決めた。
エミリオの「資料室で」の一言で、彼の報告内容を察したのだ。
前日四人で資料室に入って何事か話し合っていた。
おそらくそれが関係しているのだろう、とイシャーンはピンときた。
「エミリオの話に関係するかもしれません」
そう言って先に準備していた紙切れをアルドーに渡した。
そこには『科学』『大神殿』『内務』の三文字。
アルドーが息をのむ。
エミリオに紙を渡すと頷き合った。
「やはりまずはイシャーンから。資料室へ行こう」
アルドーはフラッハに目配せしてから、イシャーンを資料室へと導いた。
「この三つはどういう意味?」
いつもと変わりない、穏やかな調子でアルドーは問う。
「ここ数年、『科学』からこれまでにない鉱石類の受注がありました。主に珪石、アルミ、樹脂です。特に珪石は『建築』と『芸術』より遥かに多い量です。あとは掘削用の機械も何台か受注しています」
「珪石というと、ガラス系? 『科学』の領地でも鉱物は採れるが、『建築』よりは少なかったはず⋯⋯。いや、あれか? 光を集める古代⋯⋯」
アルドーは口にしかけたが、目の前にいるのがイシャーンだったのを思い出した。
「古代?」
「気にするな。『大神殿』もなのか?」
「いえ、『科学』から大量の『虹の蜘蛛』の反物が品質を問わず大量の受注があり、納品が『大神殿』でした」
「なるほど。で、『内務』は?」
「色々調べまして」
イシャーンは少し勿体ぶって口の端を持ち上げた。
貸しにするか? と、悩む。
「将来サピエンティア公爵となった時に、色々と取り計らうと約束しよう」
本当は取引するつもりは無かったのだが、奥の手にでもさせてもらおうとイシャーンはほくそ笑んだ。
「先代マールム公爵ジュゼッペ氏が、何をしようとしてるかは知っています。あと、『科学』の事も」
瞠目した後、一息ついてアルドーはエミリオを呼んだ。
「イシャーンは自力で調べ上げてしまったよ。商取引の経過を見てね」
「はぁ? 勘が良すぎないか?」
「数字を見れば、色々解るんです。まあ、疑惑があったんで人を使って調べたんですけど。商売の子飼いは見方が違いましてね」
「いや、でも、祖父にバレてるぞ。昨日疑っていたからな。母とうまく誤魔化しておいたけど」
得意気なイシャーンに少しエミリオは苛立つ。
「エミリオの方はどうなの?」
「祖父に命令されました。アンバーブロウ嬢を籠絡しろと。依存するくらいなら尚良し、と」
アルドーの顔が一瞬固まる。
それから輝かんばかりの笑顔を見せた。
──バキッ!
「あああ、殿下! フリですフリ! しませんよ! って、手! 手にインクがっ」
「ああ、折ってしまったね」
アルドーは握りしめた手を開く。
折れたペンと青のインク。
凄惨な笑みを浮かべた。
ずいぶん可愛がっているなとは思っていたが、これは本気だったか。
何かに使えるかな?
イシャーンはちゃっかり記憶に留める。
「ともかく! 祖父が半年の間に何とかしろと。その間は手出ししないと言っていました」
「そう。ならばまず私たち学生がやるべき事は『お披露目』を無事開催する事だ。イシャーンは文書に纏めてあるかい? 国王陛下に報告させて欲しい。勿論君の手で調べられたと添えるよ。
⋯⋯が、一番大事な事を聞かせてもらっていいかな?」
ピンと来た。『内務』のやりたい事は一つだ。
王位の簒奪。
イシャーンは人好きする笑みを浮かべ、アルドーが一番聞きたいであろう言葉を口にした。
「『商務』は『内務』に付く事はありません」
「わかった、有難う。『商務』の協力は必ず陛下に伝えよう」
国が荒れて良い事など無い。
領主間で諍いが起きても武力を伴う争いが起きなかったのは、ひとえに国王の存在があったからだ。
諍いは国王の沙汰で平定した。
そもそも、初代国王から続く『平等であれ』が元老院で浸透しきっている。
国土の開拓は遅々として進まず、大型害獣の対策に今でも追われている。
開拓の先駆者たちは調査に行ったまま戻って来ない者も多い。
だが、彼らが遠方で国を作った話など聞かない。
もし国が出来て戦をもたらされたとしたら、一時的に軍需で儲かるかも知れないが、国は疲弊し経済どころではなくなる。
どう考えても今は現状維持が一番だ。
『商務』は得にならない波乱を望まない。




