32 - 3 クラーワと白い人形
四日後、クラーワは再び大神殿に向かった。
ベニニタスに彼女の名前を聞いたが、『聖女の人形』『人形』としか呼んでいないと答えが返ってきた。
──なんという事だ。私は彼女に名前を付けたい。でも、何がいいだろう。
神殿長に応接室に通され、人形を待つ。
どんな声で話すのか。
楽しみで仕方がなかった。
「王妃陛下。お待たせしました」
「⋯⋯思っていたより高い声なのね。ふふ。嬉しいわ、貴女とお話出来るなんて」
ふわり、と笑う彼女は透けるような美しさだ。
白い肌、白い髪。瞳だけ赤い宝石のよう。
「マグノリアの別名ってあるのかしら?」
「⋯⋯モクレンというのがございますね」
「不思議な響きね。今日から貴女の名前は『モクレン』よ。そう呼ばせてもらっていいかしら?」
「大変光栄に思います。⋯⋯とても嬉しいです。私だけの名前ですね」
心に深く刻むように胸に手を当て、瞼を伏せる。
淡い光を浴びて一枚の絵画のように美しかった。
自分ですらこんなにも見惚れてしまうのに、何故ベニニタスは彼女に──モクレンに惹かれないのか不思議だった。
同時に自分に向けられた愛情をとても誇らしく思った。
「早速で悪いのだけれど、良くない事が起きてるの。陛下を煩わせたくないから戻りましょう」
「何かございましたか?」
クラーワは庭での出来事をモクレンと神殿長に話す。
二人とも同じ様に無表情に思案し、目を合わせて頷きあった。
不思議な間にクラーワは首をかしげる。
「警戒を強化致しましょう。モクレン、でしたね? とは随時情報を共有致します」
共有とは? と思っていると
「城中からでも私は神殿長に情報を送れるのです」
とモクレンが答えた。
それから二十五年。
クレプスクルムが産まれるまで何人もの男が、クラーワに言い寄っては投獄された。
回を追うごとに依頼者の影は遠くなり、巧妙になった。
死なさずに解放しても結局、後を追うと何処かで命を落としていた。
そんな状態で精神的に負荷がかかりしばらく子を授かれなかったが、六年後ようやくクレプスクルムを出産した。
その三年後にアルドーも授かり、王家への妨害が止んだ。
もうすっかり相手も忘れたのかと思い始めた頃、彼女が来た。
キアラ・フォンターナが書記官として配属され、やっと尻尾が掴めた。
書記官としての能力に不足はなかったが、常に青白く無表情で口数も少なかった。
時折頬を腫らして来た。
理由を聞いても首を振るばかりだった。
四年ほど前、各部門で『春の顔見せ』のパーティが行われていた頃だ。
キアラは尋常でなく顔を腫らして出仕した。
クラーワは有無を言わさず保護した。
流石に黙っていられなかった。
キアラ本人は頑として理由を口にしなかったが、クラーワは諜報員を放ち家庭環境を調べた。
マールム公爵の推薦とあって、これまで身辺調査はされなかった。
しかし、その結果は壮絶であった。
クラーワはキアラの心を開かせた。
キアラは手にした小型の銃を床に置き、泣き崩れた。
だが、この証言だけでマールム公爵を捕らえる事は難しかった。
キアラが王家に囚われたと知れば、マールム公爵はより一層潜伏するだろう。
諜報員やエピ公爵家の情報では『内務』に付く元老院の部門は少ない。
王家を廃してまで今の地位を捨てたくない者が多い。
しばらくはこの均衡は破られないはずだ。
キアラを保護した翌々年にはアルドーが、さらにその翌年にはマールム公爵令息エミリオが学園に入学した。
おそらくエミリオを使うだろう、とクラーワは思案した。
彼はすでにクレプスクルムとは顔合わせが済んでいる。
アルドーがクラーワの思った通りに動かないのが難点だった。
しかし彼が最終学年で生徒会長になった時に、エミリオと接触できた。
予想外はキアラの娘が生徒会役員に推薦された事だ。
クラーワは気を揉んだが、結果的にクリスが目に届く状況になったのを歓迎した。
「クラーワ」
私室に案内もなく入って来たのはベニニタスだ。
流れるように自然にクラーワの頬に口づける
春先のこの時期は害獣の行動が活発となる為、連日対応に忙しくなる。
特に南の穀倉地帯、『農務』の領地では大型の獣が山間部から降りてくる。
疲労を滲ませソファにどっかりと腰を下ろした。
「お疲れ様です、陛下。少しお茶でも?」
頷くベニニタスに、背後に控えていたモクレンがチャノキで淹れたお茶を用意した。
今でも時折、チャノキの茶葉は神殿長から送られてくる。
「クレプスクルムはどうしています?」
「各地に私の代わりに討伐に出てもらっているよ。私と同じで身体を動かすのが性に合っているからな。ただ、少し、いやだいぶ直情型だから、即位後が心配だ」
飲み頃に淹れられた茶をぐっと飲み干す。
「人形ですか?」
チラリとクラーワはモクレンを見る。
クラーワより年上だというのに、あまり変わらない。
半年に一度、大神殿で医療的なメンテナンスを受けているからだ、とモクレンは言う。
「そうだ。私の様に最愛の女性がいればいいが、クレプスクルムとセーレナはそういうのでもなさそうだ。どちらも婚約者として大事に思っているようだが、それだけだ。セーレナはアルドーの方が仲が良いだろう?」
「──セーレナはちゃんと自分の責務を理解していますよ。それに侍従候補のフルーメン伯爵令息の報告では、セーレナはアルドーの初恋が実るように奮闘しているそうですわ」
「はあ!? なんだ、それは」
「アルドーからマールム公爵家絡みで面会の依頼があるはずですよ。ご自分で確認なさって」
「⋯⋯まあ、自分で見つけられたなら良しとするか」
口元を緩ませ、二杯目の茶を手に取った。




